003:初めての集会

 魔修闘習高級専門学院は初等部を梅部、中等部を竹部、高等部を松部、と、少々独特な名称で呼んでおり、進級するごとに学習する内容の難易度も上がる。

 また、義務教育の期間中である梅部と竹部は、生徒会や総会、部活などを一緒くたに運営しており、特に生徒会のメンバーについてはこの二つの部共通で、この2つの部から選出されている。今年の生徒会は候補者がなかなかおらず、3人で運営している、という話であるが――これまた、個性的な面々が集まっていると聞く。

 特に副会長である羽間田佳奈芽はまだかなめは、本当に生徒会の人間なのかと周りが問いただしたくなる程度には、言動が非常に個性的である。


『副会長の羽間田佳奈芽だ。お前ら、新年早々こんなエロ女を拝める事が出来るなんて幸運だぞ。何故なら、こんなエロ女、二度とこの学院に入学しないだろうからな』


 そう、体育館の壇上に立ち、こんなスピーチをかましてくるのである。

 佳奈芽は蒸栗色の薄めの金髪の姫カットのロングヘアーに、葡萄色の涼しげな瞳が特徴的な美女であった。その上で、隠す気がない大きな胸がかなり目立つ。それは制服として身に纏っている伝統的なセーラー服が、可哀想になるぐらいのものだ。

 佳奈芽は壇上下に広がる竹部と梅部の生徒を見渡しながら続けた。


『じゃ、まず、漫研部とアニメ研究部だっけ? なんかオレがTSFしてる説で毎回こっちに凸ってるけど、それで興奮するならそういう事にしておいてやる。オレは寛容だからな、エロ同人でも何でも幾らでも出せ』

『佳奈芽さん……流石に小中学生がエロ同人誌を出すのは問題しかないかと』

『そうだったわ。まぁ、思春期で性に目覚めたばかりのお前らの妄想の手助けぐらいはしてやれる、って話だ。因みに、オレは生まれた時から女だ。これは戸籍謄本出しゃ一発だな』


 佳奈芽が好き勝手に壇上で振る舞う中、これを初めて受けた勇は、顔に青筋を浮かべて、口許を引き攣らせていた。


「な、なんじゃ、これは……学校の集会ってこんなんだったか……」

「ああ、アレはうちの副会長だよ」


 と、背の順でたまたま前にいた颯汰が苦笑しながら勇に教えた。


「見た目はすごい綺麗なのに、中身が中身だから、同学年の男子生徒からは恐れられてるってね。魔法の適性はないけど、格闘では学年トップとか」

「お、おう……アレで滅茶苦茶強いんじゃのう。あんまり近付きたくはないが」

「副会長になれる辺り、潜在的人気もまぁまぁあるみたい。勉強も出来るみたいだし、悪い人じゃないと思うよ」

「まぁ……そう、か……」


 勇は改めて佳奈芽を見た。

 確かに見た目だけなら、とても清楚そうで、こんな下品で男っぽい口調を操っているとは到底思えないだろう。口を開かなければ、大体の男は彼女の尻を追いかけてしまいそうだ。

 一方で、言動がぶっ飛んでいるだけで、悪い人ではない、という颯汰の見解もどこか納得してしまうかもしれない。先程の漫研部やアニメ研究部に対して、何だかんだで構っている辺り、根はマメな性格なのだろう。

 そうしている間にも、佳奈芽の話は終わったのか、締めに入った。


『まぁ、なんだ。性癖ってやつは巡り巡るもんだが、やはり金髪と巨乳の組み合わせが正義だ。それを忘れるんじゃねぇぞ。おしまい』

『では……ボクもこれにて。副会長の羽間田佳奈芽さんと、書記の真栄島まえじま義喜よしきでした』


 そうして、佳奈芽と同時に、坊ちゃん狩りヘアーが髪型に残っている少年が、壇上から立ち去った。

 嵐のような副会長に、生徒たちが疲れ切ったのか、空気は何となく重い。勇は周りの生徒たちの状況を見ながら「そりゃそうなる」と、非常に強く同情した。

 そして、颯汰に不安を持ちかける。


「しっかし、副会長がこれなら、肝心の生徒会長はさぞ個性的なんじゃろうな」

「いや、流石にうちの生徒会長は、ここまでぶっ飛んだ言動はしないよ。ほら、噂をすればなんとやら、だ」


 そう言って、颯汰が指差した。勇がそれを追いかけるように見ると、


「あ……」


 思わず見据えてしまった。

 彼は黒茶色の黒髪に近い濃いブラウンの長髪を後ろにまとめており、歩く度にそれが靡く。そして、壇上に立つと、その女性と見紛うような端正な顔立ちを竹部と梅部の全生徒に晒した。

 薄香色の柔らかい橙色をした瞳で生徒達を見据えてから、薄い桜色の唇を開いた。


『本日もお日柄よく――生徒会長、不知火しらぬいほむらじゃ』


 生徒会長・焔はにこりと笑みを浮かべながら、そう言い放った。

 先程までどんよりとしていた体育館内の雰囲気が、一気に戻ってきたので、生徒会長のこの一声は非常に効果があったようだ。実際、勇も先程までうんざりしていた感情が、どことなく晴れやかになったような、そんな感じがした。

 これが「人望がある」という事なのかと、勇の身に沁みて伝わった。


(はー、将来は生徒会長みたいな人から成功して行くんじゃろうなぁ)


 至って内容はシンプルで、そんなに面白い話でもないのに、周りの生徒達は生徒会長の無難な話をしっかりと聞いている。あの副会長の後である為、脳味噌への癒しを求めているというのもあるのだろうが、それにしたって、彼の話はどことなく染み渡るものがあった。

 それから暫く生徒会長として色々話した後、焔はどこか苦笑した様子で、先程の副会長の話について言及した。


『えーっと、で……さっきの副会長の話は完全に放送事故じゃ、申し訳ないのう。何かよく分からん文字列の羅列で、生徒の皆様方の精神に心労が来たしたことじゃろう。安心しんさい、ワシもじゃ』

(生徒会長も同じ気持ちだったか〜……)


 生徒一同が生徒会長に強く同情を内心で示したと同時に、自分達と同じ気持ちだったのかとホッとした。それはそうだ、普通はあんな話、聞いてるだけで頭が捩れる。

 副会長が自由に振る舞っているせいで、生徒会長が割を食っている訳なのだが、当の副会長は――


「放送事故じゃねぇよ! 丹精込めた思春期生徒向けのメッセージだろうが!」

「ま、まぁまぁ……」


 と、生徒会長の言葉に野次を飛ばしてくるので、自分の演説に問題を微塵も感じていないのだろう。集会で生徒会長に野次を飛ばす副会長、多分、この学園以外には存在していない。していたら困る。

 焔は副会長に対して返した。


『はいはい、そこの副会長、静粛に。丹精込めてるも何も、その丹精が伝わってないから、皆グロッキーになってるんじゃろ。見て分からんか』

「世の中によくある校長のよくわからん長話よりは全然良いだろうが。それとも何だ? オレの話は高尚すぎたってか〜?」


 ――自分の話がその「よくわからん校長の長話」以上の威力があるとは夢にも思っていないようだ、この副会長は。

 焔は呆れた様子で額に手を当てると、佳奈芽に言い放った。


『佳奈芽、昼休みに生徒会室に来んさい。説教じゃ。義喜もな』

「ぐぇっ! ママの説教だ!」

「はい……」


 義喜と佳奈芽は罰の悪そうな顔でそれを受け入れた。

 そんな2人の様子を見てから、焔は締めに入った。


『じゃ、今年もまだ始まったばかりじゃ。冬もこれから本格化することじゃろうし、各々体調管理はしっかりとするように』


 そんな感じで、勇はこの学校で初めての生徒集会を終えた。

 これからの授業の為、教室に向かわなければならないが、その前にと、とある姿をキョロキョロと見渡して探していた。


(折角じゃ、巫実さんにばったり出会えんかのう)


 彼女の側にいれるもんなら隙を見てでもいてやりたい、と、勇は思っているものの、やはりこの人数だとそう簡単には見つからなかった。

 勇は溜息を吐き、若干しょぼくれていた。


(なんでこう、学年が違うんじゃろうなぁ、ワシら。いつ何が起こるか気が気でないわい)


 巫実を取り巻く環境も環境でもあるし、今、自分が彼女より年下で、梅部所属という事実が若干憎く感じた。早く新年度を迎えて、竹部に進級したいと思いつつも、彼女が心配なのですぐに駆け付けたい、という気持ちが彼の中で交錯していた。

 そんな勇の表情を見ていた颯汰は、彼に話しかけた。


「勇、もしかして伊和片さんのところの子探してたの?」

「ああ……まぁ」


 颯汰に質問されるなり、勇は頷いた。


「巫実さん、いじめられているし、何より、友達もいないとか言っておったからのう。せめてワシが側にいてやれたら、その寂しさも紛れる、と思ってるんじゃが」

「あはは、相当熱を上げてるみたいだね。昨晩の電話もそうだけど、そんなに彼女が好みだったのかい?」

「そりゃもう。というか、男の好みをあの小さい体に粗方内包しておるぞ、巫実さん」


 勇は颯汰の言葉に強く頷いて、彼女を構成する要素を思い浮かべた。その度に、やはり、彼女の今の立ち位置は見た目にそぐわしくない、と、強く思うのである。

 颯汰はそんな彼の様子を見て「なるほどなぁ」と、苦笑しつつ、彼に提案した。


「そんなに彼女と一緒にいたいなら、ダブルス組んでみるなんてどうかな」

「だぶ……るす?」


 スポーツ用語でたまに聞く単語が、前提条件無しにいきなり飛び出てきたので、勇は瞳をぱちくりとさせて颯汰を見た。


「なんじゃ、巫実さんとスポーツでもやれっていう話なのか」

「あー、いや、違くて」


 颯汰は勇のその言葉に対して即座に否定し、続けた。


「うちの学校、格闘と魔法の学校だろ。で、格闘専門の生徒と魔法専門の生徒でコンビを組めるダブルス制度があるんだよね」

「へぇ、そんなものが。どんなもんなんじゃ、それは」


 勇が「ほへー」と感心していた。

 この学校、色々と特殊である為、色んな制度があると最初に聞いていたが、まさかそんなコンビ制度まであるとは夢にも思わなかったのだろう。しかも、今の自分が必要としているものに合致していると来た。

 しっかり食いついてきた勇に対して味をしめたらしい颯汰は、その制度について掘り下げて、説明した。


「まず、学年や性別は関係無い。片方が格闘、もう片方が魔法で、この学校の生徒であればなんだって構わない。強制でも何でもないし、成績にも関係無いんで、組んでない人も多いけどね」

「本当にお互い気が合い、かつ、協力関係が組めるならやっておいて損はない、という感じか」

「そういうこと。飲み込みがいいね」


 と、


「このダブルス、一度組んだら解消が面倒だから、滅多な事じゃ解消されないんだよね。片方が卒業するか転校するか退学するかすると、自動的に解消される感じで」

「この子にはずっと自分がついている、という証にもなるのじゃな」

「そういう事だから、君と伊和片さんにとっては悪い話ではないと思うよ」


 続けて、


「折角この学校に来たんだし、そういった制度も上手く活用してみてくれよ。何も活用しないまま卒業なんて、それはそれでつまらないもんだからね」

「それを言うなら、まずは自分で活用せんか。まぁ、教えてもらったからには、巫実さんに持ちかけようとは思うが」


 勇は一旦、このダブルス制度の活用を前向きに考えるつもりのようだ。巫実を一人きりにさせるよりは、ダブルス制度をうまく活用して、自分の存在を周りに知らしめておいた方が、いじめてくる人間に対する牽制にもなり得よう。後は巫実が了承するかどうかの話だが、彼女の場合、自分の実力どうこうで断ってきそうな為、そこは何とか説得しなければならないだろう。

 それから、勇は颯汰に質問した。


「で、颯汰。もし、ダブルスを組むとして、申請は何処でやれば良いんじゃ。学校の制度であるというなら、書類なりなんなり提出書類があるんじゃろ?」

「ああ、確か生徒会の方に提出するんじゃなかったかな。放課後は常に解放してて、誰かしらいるみたいだし、伊和片さんと行ってみると良いよ」

「せ、生徒会か……うーん」


 と、勇は思案した。

 あの生徒会長がいるのならば兎も角として、あの副会長もいる確率がまぁまぁ高いわけで、そうなると、胃が痛み始めると言うか、何と言うか。勇自身、佳奈芽が悪い人間ではないというのは分かっているが、あのフリーダムな演説を見てしまうと、出会さない為に行きたくない気持ちの方が勝ってしまうようだ。

 そんな勇の心情を察した颯汰は苦笑しながら、彼の肩を叩いた。


「さっきも言ったけど強制じゃないし、無理強いはしないよ。ただ、選択肢として念頭に置いておいて欲しいってだけだから」

「ああ……分かっておるよ」


 颯汰なりに気を遣ってくれているようだ。

 2人がそうして会話している間にも、教室に辿り着き、各々の席へと辿り着いた。授業が始まるまで時間はあるが、準備はしなければならない。


(うーん、昼休みにでも、巫実さんに話を振ってみるかのう……)

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