002:伊和片巫実

「あはは、まさか本当に伊和片神社に世話になるなんてね! まぁ、勇なら大丈夫だろ。第一印象は絶対に良いから」


 帰り道、勇は街巡りのついでに、伊和片神社まで颯汰に案内された。颯汰は小さい頃からこの周辺に住んでいるようで、商店街や、大きめのデパート、それから、お行きつけの小さな喫茶店まで教えてくれた。勇が何でそこまでしてくれるのかと聞いたら、颯汰は「一緒に遊びたいから」と、サラッと返してきた。どうやら、これから遊人としてこの街を連れ回したいらしい。

 編入早々、非常に良い友人を持ったなぁ、と思いつつ、勇は颯汰に返した。


「でも、あれで年上だったか。だとしたら、もう少しこう……胸の大きさが欲しい所じゃが」

「あー、そういうタイプだったの、君。大丈夫だって、将来君好みになるかもしれないし。ほら、そろそろ行かないと」

「ああ、ありがとう! また明日」


 そして、勇と颯汰は離れて、各々の帰路へと足を運ばせる。

 伊和片神社は石段を登った先にある、よくあるタイプの大きめの神社である。こんな所にある為、大体お察しの通りだが、屈指の魔法の名家でもあり、それ故に、この神社のお守りは、かなり効くとも言われているようだ。

 勇は石段を登り切ると、今度は建物の裏手に回った。どうやら、神社の人間が普段棲家にしているのは、そこにある一軒家らしい。そこは如何にもな和風の建物ではあるが、広々としていて、棲家としてはかなり立派な方だ。

 そして、勇が呼び鈴を押すと、扉の向こうからパタパタと物音がした。


「あ……えっと、今、親は外に出てて――って、え?」

「!」


 ――先程、勇が助けた美少女が、早速出迎えてくれた。どうやら勇よりも早く帰っていたようで、服の方も可愛らしいワンピースに着替えられていた。

 その格好は非常に可愛く、彼女によく似合っていたが、勇の視線は彼女の胸元へと向かった。


(……え? デカすぎないか? えっ?)


 制服姿ではぺったんこに見えた彼女の胸だった筈が、今は爆乳が彼女の胸に備え付けられていた。それは、もう、今までに見たことがないような――いや、今後も見ないであろう大きさのモノだ。

 美少女は勇の顔を見るなり、顔を真っ赤にして「あぅ……」と、恥ずかしそうに口篭らせた。そして、思い出したように続けた。


「あの……その、もしかして今日からここに居候するのって……」

「あ、ああ、ワシじゃよ! 賀美河勇じゃ! 小6……じゃなくて、あの学校だと梅部6年って言うべきかの」

「そ、そうだったんだ……本当に私よりも年下の子、だったんだ……」


 美少女は顔を赤らめてもじもじと内股を擦り寄らせながら、名乗った。


「あ、あの……私、伊和片いわかた巫実ふみって言います……。さっきはその……本当にありがとうね、い、勇くん……」

「……」

(い、勇くん……呼び……)


 とんでもない破壊力だ、と、勇はたじろいだ。もう魔法なんかなくても、その可愛らしい存在だけで他人を惚れ殺せてしまうし、実際、勇の心拍数も急激に跳ね上がっている。

 巫実は勇に案内した。


「あ、あの、中、上がって……? 遠慮しなくていいから……」

「じゃ、お言葉に甘えて」


 そうして、勇は中に入り、巫実に客間に案内された。


 しかし、巫実は本当に身長が低い。勇は大体152cmだか153cmぐらいで、この年齢の男子としては平均的な身長だが、巫実はそれよりも10cmぐらい低く見える。と、なれば、145cmあるかどうかすら怪しくなるし、その中でこの爆乳なのだから、非常に目立つ。

 とてもアンバランスで、成長が偏っている、と、男の勇でも思ってしまうが、それ以上に、


(にしても、これでワシの好みを一通り揃えてしまったなぁ、この小さいお姉さんは。美少女で、とにかく可愛くて、清楚で、それでいておっぱいが大きいと……こんな運命あるか!?)


 こうやって要素だけ揃えると、勇どころか大体の男の理想は叶えてしまっている、と、唸ってしまう。身長だけは好みが分かれるであろうが、勇にとって、それは些細な要素でしかない。さっさとしないと誰かに取られてしまうと焦る気持ちと同時に、こんな美少女が学校ではいじめられっ子の立ち位置なのが、どうしても信じられない。

 テーブルの向かいに座っている勇から、ただならぬ視線を感じ取った巫実は、思わず顔を真っ赤にして、目線を逸らし、言葉を言い放った。


「あ、あの……さっきから、視線が……胸に……」

「いや、そりゃ気になるじゃろ。学校じゃなかったものが、ここにいるとあるんだから、そりゃのう」


 呆れながら勇がそう返すと、巫実は「そ、そっか……」と、続けて、


「胸のサイズに合う服がなくて……普段はサラシをつけてるの。お家だと服装は気にしなくて良いから楽にしてるんだけど……」

「なるほどのう。その大きさだと制服も着れんか」


 勇は納得したように頷いて、


「ところで、巫実さんって彼氏とか居たりするんか?」

「ふぇっ!? い、居ないです……」


 いきなりとんでもないことを聞いてくる勇に対して、巫実は首を横に振って否定した。


「私、その、魔法が使えなさすぎて学年中から疎まれてて……女の子の友達すらいなくて……」

「そ、そうか。そりゃ悪い事聞いたのう」


 彼女を取り巻く状況が想像以上に悪い、と、勇は頭を抱えた。これで自分が彼女と同い年なら、上手い具合に立ち回れるのだが、学年どころか部すら違うので、カバーが出来ない。余裕のある時に竹部の学年棟を覗くぐらいが精一杯だろう。

 巫実は続けて、


「だから、こんな私でも巫実さんって慕ってくれるの、凄く嬉しくて……」

「そりゃそうじゃろ。こんなおっとりデカパイ美少女、国が総出で国宝にすべきじゃ」

「でか、ぱい……? よく分からないけど、変なこと言うんだね……」

「そんぐらい巫実さんは大事にされるべきだと、ワシは言いたいんじゃ」


 よく分かっていない巫実を相手に、うんうん頷きながら勇は続けた。


「巫実さん。出会った初日でこんな事言うのも気が早いが、巫実さんはワシの理想の女性じゃ。頼む、ワシのお嫁さんになってくれ」

「……えっ?」


 巫実はあまりにも話の展開の速さに驚いて、その場で固まり、勇は続けた。


「いや、もう、これ以上にないデカパイ美少女じゃ。あれこれしてる間にも、そのおっぱいを他の男に奪われたくないんじゃ……頼む……」

「あ、あぅう……お、落ち着いて……顔も上げて……」


 気が付けば土下座をしていた勇。そのぐらいの気持ちで巫実を嫁に迎えたい、という事なのだろう。

 巫実は勇が顔を上げると続けて、


「で、でも、多分、なるとしたら婿養子になっちゃうよ……私、神社継がなきゃだし、そっちもお家の事情あるんだよね……? 確か、魔法の道場とか……」

「いや、ワシは別に。魔法が使えない以上、ワシじゃ実家継げんしのう」


 と、


「でも、そう言ってくれるって事は、ワシとの結婚前向きに考えてくれるんじゃな!? そうなんじゃな!?」

「ま、前向きに、というか……」


 巫実はおずおずと顔を赤めて、


「よ、よく分からないけど、これから同居するし、政略結婚の一種だと思っても良いかなって思ってて……それに、私、他の男の子と話すの怖くて……本当苦手だったから……」


 それから、


「でも、勇くんが相手だと話したい事、ちゃんと口に出来るの……私の魔法なんかより、よっぽど魔法みたいっていうか……」

「そうかそうか。だったら、もう決まりじゃのう」


 勇は彼女がそこまで言ってくれたからか、満足げに笑みを浮かべて、うんうんと頷いていた。初見でも確かに他人と話す事が苦手そうではあったし、そんな巫実を他の男に渡すより、自分の下に置いておいた方が全然良いだろう。

 そして、巫実は申し訳なさそうに言う。


「あの……でも、私、大半のお嫁さんが出来る事、本当に出来ないよ……? 炊事洗濯も、お掃除も……私がやると余計に状況悪化するから……」

「だったら、全部ワシに任せてくれ。大半のことは自分で出来る」

「そ、そう……? じ、じゃあ……お願いしようかな……」


 巫実は少し恥ずかしげに、ポツリとそう言い放った。どのみち、こんな何も出来ない自分に嫁の貰い手が付くとは思っていなかったので、これ幸い、というのもあるのだろう。見た目がいいところで魔法もろくに使えないし、家事も何も出来ない以上、嫁になったところで男の期待を裏切り、苦労するだけだ。

 しかし、勇はそんな期待、元からしていなかったのだろう。自分の側に好みの女性がいれば、ただ、それだけでいい。それが性欲由来のものだろうが、なんだろうが、それだけの価値があると勇は感じ取っている。

 巫実は再び勇の姿をおずおずと見た。茶褐色の焦茶色の癖っ毛に、伸びた髪の毛を適当に縛っている、ちょっと無造作な髪の毛。健康的な浅黒い肌に、溌剌としていそうな丸い目。髪の毛と同じ色の眉毛だって太く、ちょっと団子鼻気味で、巫実のような美少女の隣にいるには野暮ったい見た目であろう。けれども、巫実はそんな彼の野暮ったい容姿でさえも、魅力的だな、なんてぼんやり思ってしまう。


(も、もしかしたら、私……一目惚れ、してたのかな……)


 助けられた時に、彼からふと感じたものがあるが、それがそうなのだろうか。あの状況で異性が助けに来たら、その人物のことが気になって当たり前ではあるが、それはそれとして自分の勇に対する感情は思っているより先のところにあるのだと、自身で思う。


(勇くん……私……)


 巫実が何か彼に話しかけようとしたところで、勇が話を続けた。


「まぁ、なんじゃ。何も出来ないから気にすることは何もないぞ。そこにいてくれれば良い」

「は、はい……」

「何なら、ワシにそのおっぱい触らせてくれれば満足じゃ」

「あ、あぅっ……」


 巫実は顔を真っ赤にして、思わず自分の胸元に視線を落とした。何をするにも余計な肉だとしか思えなかったこの爆乳だが、勇はそんな肉に価値を見出してくれている。

 ――どのみち、好きな相手に触らせるのならば、減るものはない。

 そう思った巫実は、視線を恥ずかしそうに斜め下に落としながら、自分の胸を突き出した。


「い、良い、よ……。私、勇くんになら……体の何処触られても……歓迎するから……」

「……!」

(ま、マジか……)


 まさかの巫実の行動に、勇は思わず動揺してしまった。

 勇としてはほんの軽い気持ちで、口を滑らせた程度のものだった。しかし、それを本気で受け取ってしまうのだから、巫実の天然ぶりが尋常でないと思ってしまえる。と、同時に、自分以外の男の手に渡ったら大変だろう、と、真剣に考えてしまった。


(い、一生手放さそんぞ……巫実さん!)


 勇が決意して、差し出されたものに手を出そうとした瞬間、


「!」

「あっ……」


 途端、どこらか戸の開く音が聞こえてきた。先程、巫実が「親は外に出ている」と言っていたので、その親が戻ってきたのだろうか。何にせよ、これ以上先に進むのは危ないだろう。

 勇はすぐに自分を身を引かせて、姿勢を改めた。それから、巫実の親がこの部屋に来るまでは時間差があり、それまでの間、巫実と勇はジッと黙って待機していた。緊張が流れる間も、巫実はこそっと勇に話しかけた。


「い、勇くん……その、触りたくなったら、いつでも言って良いからね……。お外はちょっと恥ずかしいけど、家の中なら幾らでも場所、あるから……」

「……」

(あ、ああ……ふ、巫実さん……)


 勇は巫実のその言葉から発せられる色気にすっかりやられて、その場で頭をクラクラとさせていた。


 そして、その後は巫実の両親が部屋にやってきて、これからの事や、勇の部屋について色々と案内が入った。とりあえず、今は勇もまだまだ子供であり、学業に専念してほしいとのことで、家のことは何もしなくて良いと言われた。居候と言えども、子供に何かをさせるのは向こうにとっては抵抗があるようだ。

 勇はダンボールが数個置かれている自分の部屋に戻り、ベッドの上で折り畳み式のスマートフォンを取り出した。それから、教えてもらった颯汰の電話帳を開いて、電話を掛ける。

 颯汰も丁度時間が空いていたようで、それにはすぐ反応してくれたのか、ワンコールちょっとで出てくれた。


「お、出てくるのが早いな」

『こっちも暇だからね。で、どうした? あの人とは話せたのかい?』

「ああ……そうじゃのう」


 勇はそのまま背中をベッドに預けて、先ほどまであった事を思い出した。巫実の可愛さ、胸の大きさ、色気、その他性格の天然さや、小動物さなど――言及することは沢山あったが、勇はそれを一言でなんとか言い表した。


「ワシの股間、保たん」

『は?』

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