落ちこぼれ魔法使いの少女巫女と田舎からやってきた少年勇者

屯茶

初等部編

一章:一目惚れ、そしてダブルス結成の巻

001:白菫の君

 1945年、第二次世界大戦、終結。

 大日本帝国は敗戦を迎え、米国(GHQ)との条約より、一切の戦力を持たず、戦争を放棄する事が日本国憲法に加えられた。

 しかし、一方で、敗戦のトラウマを抱えた政府のごくごく一部の勢力が条約の法を掻い潜り、魔法の研究を推進し始めた。曰く「軍や武力を持つ事が駄目ならば、魔力を持てば良い」――と言う事である。

 そうして、ここから長きに渡り、魔法の研究が途轍もない勢いで進んだ。それは、魔法の概念の本場である英国が、助走をつけて熱い紅茶を投げつけてしまうぐらいには驚異的であった。ただでさえ、敗戦国なのに勝戦国の米軍にトラウマを植え付けた日本だ。他の国々からの注目度はどんな意味でも高かったであろう。


 ――そして、敗戦から500年の2445年。


 日本の魔法は著しい発展を遂げ、他の国が右に出ることすら許さない程に、世界随一の魔法国になりつつあった。


 魔法の素質は基本的に女性の方が高く、男性の適性は低い傾向にある。

 そんな理由から、都内の某所に設立された学校が、魔修闘習ましゅうとうしゅう高級専門学院という、魔法と格闘を専門にした、小中高大一貫校の施設である。女子は魔法、男は格闘。そうでなくても、各々の適性に合わせて教育を受ける事ができ、それらの個性を伸ばす事を第一目標にしている。

 魔法の研究が大きく進んだとは言えども、その能力を操れる者は素質を持つ者も含めて、人口の2〜3割ぐらい。その数はどちらかというと、少ない方だ。そんな中で、この学院の存在は非常に大きく、素質がある子供達を受け入れて教育する、という事に強い意味を持った。

 そして、学院の生徒数も設立当初からじわじわと伸びを見せ、今では全ての学年含めて万単位の人数を誇るマンモス校へと成長している。


 そんな魔修闘習高級専門学院に、年明けから通う少年の姿が一つあった。


 少年は校門の前に立つと、城と言わんばかりの学院の外装に、慄きを見せながら、これから自分が通う学舎を黒い学生服姿で見据えた。


(こ、ここが、今日からワシの通う学校か……聞いてるよりも大きいのう)


 少年の名は賀美河かみかわいさむ。田舎である某県から都内にやってきた、所謂「田舎少年」である。見た目からして、少々色黒で、眉も太く、少年らしさも合間ってどことなく野暮ったさが垣間見える。

 勇の魔法への適性自体はほぼ皆無であるが、実家が魔法の道場を営んでおり、その一環から、元々この学院への編入が決まっていた。本来なら小学校を卒業するタイミングでの編入の予定だったのだが、勇自身の事情で少し早めの編入となり、今に至る。

 勇は魔法こそは使えないが、喧嘩に関しては自信はあり、地元の方でもまぁまぁ有名なガキ大将であった。故に、格闘に関しても自信はあると言えばある。


(しっかし、ワシの事情が事情とは言え、こんな時期に東京にいたいけな子供を一人寄越すなんて、母ちゃんも子供使いが荒い)


 と、勇は校門を潜る。

 勇自身、別にこの学院の編入を早めるつもりはなく、何なら高校からこの学校に編入でも、全然問題なかった。魔法の素質がない自分が道場の当主になる予定もないし、魔法に触っておいた方がいい、という希望だけであれば、この時期にわざわざ勇をこの学院に寄越す理由もないだろう。しかし、親が今のうちに入っておけ、と言うのだから、勇はそれに従うしかないのである。

 勇は退屈そうにキョロキョロと辺りを見渡した。いろんな木々が生い茂り、芝生も青い。ゴミを一切見かけない辺りが、この学校がしっかり管理されている証拠である。

 一方で、今は昼時で、たまたま時間が空いているであろう学生達が学校のあちこちに点在しており、楽しそうにしている。

 勇はそんな学院の様子を眺め、一息。


(せめてワシ好みの超美少女がいれば、気合いが入るもんじゃがの〜)


 なんて、軽い気持ちで下世話な事を考える。

 そこに美少女が居れば、生活に彩りも出来るし、カッコつけるために勇の背筋だって伸びる。それに、今の勇は実質独り身状態の為、何かしらの目の保養が欲しかったのである。


(こんなにでっかい学校なら、学院のマドンナ的な美少女が絶対おる筈じゃ。そして、何かしらの手段で接触して……グヘヘ)


 ――一体何のためにここに来たんだ、と問いただしたくなるような内容であるが、異性に興味津々の勇にとっては、こういったことも今後のモチベーションに繋がるようだ。

 勇が周りからその表情を見られないように俯き気味に、ニヤニヤと口元を弛ませて、今後の展望に希望を委ねている最中だった。


「神社の娘の癖に、魔法全然使えないとかカワイソー」

「可愛いだけのお飾り巫女さんじゃん、役立たず」

「なんでこの学校にいるの〜? ウラグチってやつ?」


 そんな女子達の他人を見下すような会話が、勇の耳の中へと飛び込んできた。

 勇が何となくその声がした方へと振り返ると、どうやら、女子3人が誰かしらを木に追い詰めて、口々に好き勝手言っているようだ。


(あん? こんな所でイジメか? 趣味が良いとは言えんなぁ)


 勇自身もガキ大将で地元にいた頃はまぁまぁ他人を虐めていた筈が、それはそれ、これはこれだ。

 彼が彼女達の方へと近付いてみると、鈴のような可愛らしい声が聞こえてきた。


「あ、あの……私、これから用事が……」

「良いじゃん、ちょっとぐらい付き合ってよ。私らが何するかは知らないけどね〜」

「で、でも……」


 彼女達に絡まれて非常に困っている様子だ。三つのセーラー服の背中が邪魔で、該当の少女の姿は見えないものの、見る限り、この3人よりは小柄なようだ。

 勇はその様子から、ハムスターと蛇の構図が思い浮かび、居ても立っても居られず、後ろから話しかけた。


「ちょっとお前さんら。人目のつく所で、そうやって迫るのは趣味が悪いぞ」

「は?」


 そして、少女のうちの一人が勇へと顔を向けた。どうやら、この3人のうちのリーダー格のようで、彼女がそちらを向くと、他の2人も勇へと目を向けた。

 勇はそんな3人の視線に威圧される事なく、続ける。


「人目がなくてもダメじゃが、堂々と虐めてるのは感覚が麻痺しておるじゃろ」

「虐め? ちょっと遊んであげてただけだよ」

「ってかコイツ、もしかして梅部? 下級生が上級生に口答えしてるってマジ?」

「あ〜本当だ。ボタンの部分梅のプリントじゃん。生意気にも程がありすぎね?」


 しかし、女子3人は自分達より下だからという理由で、勇とまともに取り合おうとしない。それどころか、彼女らのターゲットは勇の方へと移ったようだ。


「ここでちょっとやっちまおうぜ〜。ウザいガキには痛い目見てもらわなきゃ」

「男だし、どうせ魔法も使えないでしょ。しかも梅部うめぶじゃね」

竹部たけぶのお姉さん達に勝とうなんて100万年早いってーの」


 なんて、ケラケラと笑いながら、それぞれ携帯している魔法杖をどこからか取り出した。現代の魔法杖はプラスチック製で、伸縮も可能であり、持ち運びがしやすくなっている。

 勇は「マジかぁ」なんて、思いながら、構えの態勢を取る。


(思ったより性格悪いなコイツら! 自分達の行いを改めんのか!)


 想定以上の維持の悪さだ、と、勇は内心呆れ返っていた。自分だって周りから注意されたら大人しく引き下がるというのに、そんな自分よりも底意地が悪いとは――マイナスの意味で、恐れ入る。

 とはいえ、彼女達が魔法使いである以上、先手必勝。

 勇が「仕方ない」と、小さく呟くと同時に、誰かの魔法杖まほうじょうが持ち上げられた。


「じゃ、最初は電撃でも喰らわせてやろーか。それっ!」


 真ん中にいる彼女の攻撃のようだ。魔法杖の先端からピリピリと電撃が走ると、それが勇に向かって勢いよく発射された。当然、この電撃を浴びれば、人間の体は焼き焦げるし、只事では済まされない。

 これでやってやったと少女はニヤニヤと笑みを浮かべた。所詮は小学生、大したことは無かった、と、魔法杖を下ろした所へ、上がる仲間の声。


「ちょっ! いつの間に!」

「なっ」「は――」


 他の2人が驚いて、そちらの方を振り向くと――彼女の魔法杖を取り上げている余裕そうな勇の姿と、そんな勇に手を後ろに掴まれた仲間の姿があった。

 勇は他の2人の視線を浴びるなり、キッ、と、眼光を光らせた。途端、2人はビクッと肩を跳ね上げた。

 そして、勇は続ける。


「悪いことは言わん。さっさとここから去れ。こっちはこの体一つで編入試験に合格したんじゃ、あまり舐めて掛かると、痛い目見るぞ」


 勇がそう言って、再び睨み付けると、2人はそそくさと魔法杖を片付けた。一方で、勇に抑えられている彼女も、彼から腕を離されると、魔法杖をさっさと取り返して、2人の元へと向かった。

 それから、3人揃って、駆け足気味にどこかへ立ち去っていった。その際に「覚えてろ」など「ガキが」などと、反省が見えない言葉がこちらに向かって飛び交ってきた気がするが、それは気にしない事にした。

 勇は彼女らに詰め寄られていたであろう少女の方へと駆け寄った。どうやら、彼女は緊張が解けたのか、その場でぺたりと座り込んで、俯いていた。


「お前さん、大丈夫か。怪我はないか?」

「あ……ぅ……、は、はい……」


 そして、少女が顔を上げると、


「ッ!」


 ――美少女が、そこに舞い降りた。

 白い肌に、白菫のグレーがかった青みを含んだ銀髪のロングヘアー。藤鼠色のグレーみが混ざる紫色の瞳は、おっとりとした垂れ目で、どことなくトロンとしている。

 顔だけ見れば、勇の理想の美少女だ。思わず息を呑んでしまうほどに、見惚れてしまう。

 美少女はそろそろ気持ちが落ち着いたようで、そこから徐ろに立ち上がると、勇に小さく頭を下げた。


「あ、その……ありがとうございます。私、移動教室で急いでますので……!」

「あっ! ち、ちょっと!」


 そして、美少女はさっさとそこから立ち去ってしまった。

 1人取り残された勇は、ポカンとしながら、その後ろ姿を眺めていた。


(な、名前……聞きたかったのに……)


 それから、午後の授業に入り、勇は早速担任に連れられて、教室へと入った。

 クラスそのもの自体は男女で分けられていないようで、そこはしっかり男女共学の雰囲気が感じ取られる。担任の方は爽やかな青年で、ぱっと見は優しそうな雰囲気だ。薄い色素の髪の毛に、東雲色の赤橙の透き通った瞳。如何にも女子から人気が出そうだ。

 担任・阿佐倉あさくらたつみは続けた。


「じゃ、今日からこのクラスで……と言っても、あと二、三ヶ月だけ一緒に勉強する賀美河勇くんだよ。仲良くするように」


 そして、クラス全体から「はーい」と声が返ってくる。

 勇は巽に案内されるがままに、空いている席へと荷物を置き、腰掛けた。

 と、同時に、


「君、随分遠くから来たもんだね。1人でこっちに来たのかい」


 前の席の男子から話しかけられた。勇が前を振り向くと、これまた凛とした成長途中の美少年が、眼前に映っていた。山吹茶の黄色みが掛かった茶髪に、錆鼠色の青みが混じったグレーの瞳。

 勇はいきなり話しかけられたもので驚いたものの、しっかりと返した。


「ああ、そうじゃ。親は魔法の道場を経営しておってな」

「ふーん、成る程」


 と、


「おれ、田仁口たにぐち颯汰そうた。なんだろう、君とは似たもの同士な気がするんだよなぁ」

「そうかぁ? ワシとお前さんとじゃ顔からして違うじゃろ」

「あはは、そうだね。でも、長い付き合いになりそうだ。きっとね」

「……」

(不思議なヤツじゃなぁ)


 颯汰は他の子供達に比べて、見ているところが何処か違うように見えた。爽やかに笑みを浮かべて、そこら辺にいる少年と変わらないように見えるのだが。

 それから、勇は彼なら知っているかと、聞いてみた。


「ああ、そうそう。ちょっと聞きたいことがあるんじゃが」

「ん? 何だ、おれの誕生日でも気になる?」

「そうじゃなくて」


 と、勇は引き攣った笑みを浮かべながら首を横に振り、


「この学校、銀髪のロングヘアーのすんごい可愛い女の子がいるじゃろ? その子とさっき話したんじゃが、名前聞けなくてのう」

「あ……あー……竹部の人かな」


 颯汰は顎に手を当てながら、自分の記憶を巡らせて、該当の少女を思い浮かべると、そのまま言葉を続けた。


「確かにアレは目立つよなぁ。でも、あの人についてはおれも詳しくは知らないんだよね。常に1人だし、誰かと話してると思えば虐められてる現場だったりするからさ」

「いじめられっ子……なのか」

「去年度まで初等部……っていうか、梅部にいたから、おれ達より一個上だね」

「と、年上……」


 勇はそれを聞いた途端、少し動揺してしまった。


(ワシより小柄だったから、てっきり同い年か年下かと思ってたぞ……なるほどのう)


 そして、颯汰は続けて、


「あとは噂だと魔法の成績がだいぶ悪くて、竹部への進級もギリギリだったとか、そんな事ぐらいかな。いや、あと、そうだ」


 と、何か思い出したように、


「この近くに伊和片いわかた神社ってところがあるんだけど、その人、そこの娘さんらしいんだよね」

「い、伊和片神社……!? 今、伊和片神社って言ったか」


 勇は嫌と言うほど聞き覚えがある神社の名前に、思わず顔を上げて、颯汰に聞いた。颯汰は、目を丸くして頷いて「そ、そうだよ」と、続けた。


「うん、伊和片神社だよ。どうしたのさ、いきなり」

「……いや、その実は」


 勇は若干言いづらそうに、しどろもどろに口籠もり、言葉に迷っていたものの、とりあえず口を開いて言い放った。


「その伊和片神社……ワシが今日から世話になる居候先、なんじゃが」

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