第19話 王宮にて
祭りの翌日、リシェリアは王宮にある一室で目を覚ました。客人用の間の一室だけれど、オゼリエ公爵邸の自室よりも広く、装飾品も豪華絢爛だ。
王宮に努める侍女もいるが、身支度は顔見知りの方が安心できるという理由で、オゼリエ邸から数人の使用人にも来てもらっている。髪の手入れのためだ。
部屋に用意されていたドレスは、なぜかわからないけれどリシェリアにぴったりだった。
「リシェ~」
身支度がが終わってすぐ、部屋に来訪者があった。
半泣きの顔で入ってきたのは、リシェリアの父のオゼリエ公爵。
いつもは銀色の長い髪を後ろでひとつに束ねているのだが、今日は急いできたから結んでいないようだ。優しく抱擁されるとその長い髪が顔を覆って少し息苦しい。
何とか父親の体を押して離れてもらう。オゼリエ公爵は三十代後半だが若々しい見た目をしていて、社交界では彼の後妻を狙う令嬢も多いとかなんとか。
「まさか攫われるなんて。どうにか未遂で済んでよかったけれど、それでも我が娘に手を出した輩には、父さんの方から厳しい罰を与えるから安心するんだよ」
「お父様、司法に権力で介入するのは重罪だよ」
「うちの娘のためなら、罪の一つや二つぐらい、被っても文句言われないよ」
「いや言われまくるから、絶対」
父と一緒に入ってきたヴィクトルが、大きくため息を吐く。その様子を見ると、ここに来るまでもしつこく口にしていたのかもしれない。
(お父様のこの過保護さ……もし、娘が犯罪を犯したとしても隠蔽しそうね。いや、私は罪を犯さないけれど)
ゲームの悪役令嬢の結末を考えると、普通にあり得るだろう。
これでも一国の宰相のはずなんだけれど。
「リシェ、昨日はごめん」
ぐずる父親を押やりながら、ヴィクトルに謝罪された。
「護衛として傍にいたのに、一瞬気を取られて視線を外したから……いや、これは言い訳だ。リシェが誘拐されたのは、僕にも責任がある」
「ヴィクトルの所為じゃないわ」
「そうだぞ。悪いのは犯人だ。あいつら、やはり手の指の爪をすべて剥いでやらねば……」
ブツブツ物騒なことを父が言っているが、聞かなかったふりをした方がいいだろうか。
「ねえ、ヴィクトル。どうしてあそこに、ルーカス様がいたのか知っている」
いま思い返しても、リシェリアが攫われたのを知ってすぐに王宮から駆け付けたにしては早すぎる。正確な時間はわからないけれど、攫われてから三十分から一時間ほどしか経っていなかったはずだ。
「……あ、それは」
ヴィクトルの目が泳ぐ。何かを隠しているみたいだ。
「実は、祭りの途中で殿下と待ち合わせをしていて」
「え!?」
「リシェは殿下がいると逃げよとするでしょ。だから内緒にしてと頼まれて断れなかったんだ」
「そ、そうだったのね」
だからあそこにルーカスがいたんだ。抱きしめられたことを思い出して、顔が熱くなる。
しばらく家族水入らずで話していたけれど、三十分ほどして補佐官が父を連れ戻しに来たため、「リシェ、しばらく外出禁止だからねぇ~」という言葉を残して父は連れて行かれてしまった。
王宮の侍女が部屋の扉をノックして入ってくる。
「アンぺルラ様がいらっしゃいました」
案内をされて入ってきたのは、 紫色の長い髪を結んで肩から前に垂らした、三人目の攻略対象者であるシオン・アンぺルラだ。本来ならリシェリアが巻き込まれた誘拐未遂事件で、ヒロインを助けることによってその後にルートが解放されるキャラでもある。
「今回、誘拐未遂の捜査を担当することになった、シオン・アンぺルラでございます」
「オゼリエ公爵家のリシェリアです。それでこちらが弟のヴィクトルです」
リシェリアの隣で、ヴィクトルも頭を下げる。
シオンはもうすでに騎士の爵位を持っている。しかも学園に通いながらも、第三騎士団に所属している。第三騎士団は首都の警備や警護を担当しているから、それでシオンも祭りの警備に駆り出されていたのだろう。
シオンは伏し目がちな眼差しのまま、穏やかな口調で話し始めた。
「まず始めに、祭りでの警備の不手際があったことをお詫びします」
深々と頭を下げられる。
「頭を上げてください。今回は大事には至りませんでしたから」
今回の事件は公にされないことになっている。攫われたのが平民だったらともかく、貴族のそれも王太子の婚約者が誘拐されたのというのは、未遂だとしても傷がつく可能性がある。
だからこのことを知っているのは、オゼリエ家とオゼリエ家の数人の使用人、それからシオンを含む数人の騎士とルーカスぐらいだろう。国王には報告が行っているかもしれないけれど。
「言い訳になるかもしれませんが、実はオゼリエ令嬢が攫われた同時刻、別の路地で暴行事件があったのです。それにより数分だけ警備が手薄になってしまいました。その時を狙われたのでしょう」
これもゲームでも語られていた。確か後々の調査で、その暴行事件も誘拐犯と関係があったと語られていた覚えがある。
「……昨日の今日で申し訳ないのですが、当時の状況をお聞かせ願えないでしょうか?」
「わかりました」
「リシェ。無理だけはしないでよ」
「大丈夫よ、ヴィクトル。……アンぺルラ卿。お話しさせていただきます……」
リシェリアは口を抑えられて抱えられたあと、浮遊感があったことを伝えた。おそらく移動魔法だろう。もし魔法が使われていなければ、男たちはあの場で公爵家の護衛に捕らえられていたかもしれない。
移動魔法は距離が遠くなるほど優れた技術と魔力が必要になる。だからお祭り会場からはさほど離れていないところに移動したのだろう。
移動先には、商人が使うような幌馬車があった。いくら魔法が使えると言っても、リシェリアは攻撃魔法は不得手だ。ここで下手に刺激をするよりも、ゲーム通り助けが来ることを祈っている方がいいと判断した。そしてすぐにリシェリアは手を縛られて目を被われてしまったのだ。
「なるほど、移動魔法ですか。あの誘拐犯たちはどう見ても魔法使いには見えませんでしたが……となると、魔法を使えるものが背後にいる可能性がありますね」
「それから、彼らは依頼者から、黒髪で平民の女性を攫うように言われたようです」
「黒髪で、平民ですか」
「それって、もしかしてっ」
シオンは訝し気な顔をしているが、ヴィクトルはすぐに気づいたのだろう。
今回の誘拐事件で、リシェリアが攫われた本当の理由を。
「……そんな恰好をしているから」
ヴィクトルのぼやきがシオンに届いていないことを願いたい。
「確かにオゼリエ令嬢は黒髪ですが、平民ではありませんよね?」
「はい。私は間違われて攫われたようです。彼らの本当の狙いは私ではなく、一緒にいたアリナのほうかと」
黒髪で平民の特待生であるアリナの話をすると、シオンの顔色が変わった。
「なるほど……特待生ということは、王国に保護されている特別な魔法を持った方ですか。……となると、今回の事件、一筋縄ではいかないかもしれませんね」
ただの平民が狙われただけならそこまで大事にはならないだろう。
だけど王国に保護されている、特別な魔法を持つ者が狙われたのなら話は別だ。
「貴重な情報をありがとございました」
シオンは終始丁寧な態度のまま、部屋を後にしようとした。その前に呼びかける。
「今回は助けていただきありがとうございました」
「……当然のことですので、お礼は結構ですよ。……失礼します」
シオンは伏し目がちなまま頭を下げると、どこか寂しそうな顔をして部屋から出て行った。
ゲームのスチルと、同じ表情だった。
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