第18話 誘拐未遂
待ち合わせ場所について、先に来ていたリシェリアと一緒にいた帽子を被った少年を見た瞬間、アリナは衝撃を受けてしまった。
帽子で顔を隠しているから髪色も瞳の色もわからない。だけどその佇まいに何か覚えがあった。
もしかして、と思って訊ねるとリシェリアが「護衛」と言ったのですぐに安堵した。
(まさかヴィクトル様じゃないよね)
挨拶をした時の声はどこかで聞いたことのある感じだったけれど、ヴィクトルの声はもっとこうくぐもっていて、囁くような感じで――いや、これはゲームでのヴィクトル様だ。この世界のヴィクトル様は……どんな声だったけ。
クラスは同じだけれど、なるべく彼の視界に入らないように動いていたから、いまいち自信がない。
帽子を被ったオゼリエ家の護衛はビリーと名乗った。リシェリアがヴィーヴィーと言っていたので一瞬身構えたけれど、発音を間違えただけみたいだ。
その後、リシェリアたちと露店を巡ったりしながら、祭りの時間を過ごしていた。その間、なぜか距離が近く思えるリシェリアとビリーの様子が気になったけれど。
(護衛って、こんなに距離が近くてもいいの?)
その疑問はあったけれど、ビリーはきっとアリナたちと同年代ぐらいだろう。歳が近いから気が合うのかもしれない。
ビリーは帽子を深く被って顔を隠している以外は、気さくで話しやすい人だ。
リシェリアが出店のアクセサリーに気を惹かれているのを見て、彼女が気になっているエメラルド色のイミテーションの付いた宝石を進めていると、突然ラッパの音が通りに響いた。つい、視線をそちらに向けてしまう。
通りの向こうから歓声とともに、大勢の人がこちらに流れてくる。
「あ、パレードの時間なのね。リシェリア――」
そうして振り返ると、そこにリシェリアの姿はなかった。
「リシェ、近くに居るなら返事して!」
隣でビリーが叫んでいる。
(もしかして、これはゲームで起こったイベントの……。でも、あの誘拐はヒロインの能力を狙ったもののはずなのに。どうして、リシェリアが)
この誘拐は未遂で終わる。だけど、だからと言って見過ごすわけにはいかない。
(それに、まだ逸れただけの可能性もあるし)
ビリーと一緒に周囲を探すが、リシェリアの姿はどこにもない。
露店の店主に声を掛けるが、見ていないという。
気がつくと、ビリーの傍に黒い影が近づいていた。よく見ると、黒いフードを被った人たちだ。少し離れたところで、ボソボソと会話している。
「……様。いま、追跡……」
「リシェは……そうか。……僕も行く」
内容はよく聞こえない。
会話を終えると、黒い影はどこかに行ってしまった。
「アリナさん」
「はい!」
ビリーの呼びかけに、なぜか背筋が伸びる勢いで返事をしてしまった。
「今日はお帰りください。寮まで護衛をひとり付けます」
「……でも、リシェリアは」
(私の代わりに……)
本来のストーリーなら、これは誘拐未遂で済むはずだ。だけど誘拐されたのがヒロインではなく、別の人物ならどうなるのだろうか?
「安心してください。リシェは――お嬢様は、無事に取り戻します」
「……はい。わかりました」
震えながらもそっと見上げると、帽子の下から金色の瞳が覗いていたような気がした。
◇◆◇
「こいつで間違いないよな?」
「ああ、黒髪だからあってると思うぞ」
「一緒にいた女も黒髪だったようなぁ……」
「頼まれたのは平民の女だろ? だったらこっちだ。地味だし」
「まあ、そうだろうな。地味だし」
(地味地味、うるさい)
自ら好んでこんな格好をしているけれど、それでもよく知らないやつらに口々に言われると腹が立ってくる。
リシェリアは、商人が使うような幌馬車の荷台に乗せられていた。両手は背中で縛られていて目隠しをされている。だけど耳は覆われていないので、馬車の外で話している男たちの声が馬車の布越しに聞こえてくる。
「それにしても今回の依頼はどうなんだ?」
「やけに報酬が高いのは気になったが、攫うのが平民の女なら楽なもんだ」
「そうだな。……それにしても依頼主、遅いな」
「ああ。――ん? 来たか?」
路地裏なのだろうか。祭りの喧騒はすっかり聞こえなくなっていて、男たちの会話以外は静かだった。
そこに、コツコツと足音が聞こえてくる。
「なんだ、おまえ!」
「警備の騎士だ! 逃げろ!」
「報酬どうするんだよ!」
「女だけでも連れて行け!」
馬車の布が捲られるような音がする。男たちだろうか? だったら頭突きでもくらわせようか。いまなら警備の騎士もいるし、誘拐犯たちはまだリシェリアのことを傷つけたりできないだろう。これがゲームのシナリオ通りで、彼らがアリナと間違えていることに気づいていないのなら、だけれど。
足音がどんどん近づいてくる。前に誰かが立ち止まる気配があった。
(いまだ!)
勢いよく頭を突き出そうとしたができなかった。
なぜなら、それよりも早く、温もりを感じたから。
(抱きしめられている!? だれ!?)
「リシェリア」
「……あ、ルーカス様、ですか?」
「ああ。ヴィクトルから聞いたときはどうなることかと思ったけれど、無事でなによりだよ。誘拐犯たちは、すぐに捕らえられるだろう」
耳元で、ルーカスの声が響いてくすぐったい。
目隠しをしたままだからルーカスがどんな表情をしているのかはわからない。だけど、声からは安堵を感じた。
「ルーカス様、その私、手を縛られていて」
「すぐに外すから」
手を縛っていたロープが解けたので、自分の眼元を被っていた目隠しを取る。
目の前に、ルーカスの端正な顔があった。エメラルドの瞳を至近距離で見て、やっぱりあのペンダントの色とは違うなと、どこか冷静に考える。
「リシェリア」
名前が呼ばれて、また抱きしめられる。
目隠しをしている時はわからなかったけれど、至近距離にルーカス様を感じてというかなんというか、心臓の鼓動がうるさいほど早くなる。
「ルーカス様、離れてください」
「おれが見ていないうちに、誘拐されるくせに」
「う、ううん、おほん。……その、そろそろよろしいでしょうか?」
どこか気まずそうに、咳払いと共に穏やかな声音が聞こえてくる。
「そろそろ事情聴取をお願いできたらな、と思うのですが……」
ルーカスの腕の力が弱まった瞬間に、魔法を使って離れる。幌馬車は公爵家の馬車より小さくて、すぐに壁に背がついてしまった。
(狭すぎて逃げられない)
「リシェリアは誘拐されたばかりだから、事情聴取は明日にして」
「……承知しました。では、また明日、公爵邸にお伺いします」
「いや、王宮で」
「え?」
「まだ実行犯しか捕まえれられていない。どこかに誘拐を指示した人間もいるはずだ。またリシェリアが狙われる可能性もある」
「それもそうですね」
「だから、リシェリアにはしばらく王宮に泊まってもらう」
「わかりました。オゼリエ令嬢もそれでよろしいですか?」
(なんか勝手に決められているけれど、ここで首を振ってもいいのだろうか)
迷っていると、それは肯定だと思われてしまったらしい。
月夜の中、紫色の長い髪が闇夜に少し溶け込んでいる。だけど穏やかな笑顔はゲームのスチルと同じで、こちらを安心させる効果があった。
【アンぺルラの貴公子】は、リシェリアに微笑みかけると、少し目を伏せた。
「それでは、明日王宮にお伺いします」
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