第17話 イミテーション


 町中は聖地巡礼をした時よりも賑わっていた。

 前にはなかった露店が通りの脇に多く並んでいる。行き交っている人も前回の比ではない。人の波に呑まれると、そのままどんどん進んでいきそうだ。


(これは、お父様が心配するのも無理はないわね)


 露店には前世でも見たことのあるたこ焼きや焼きそばなどの屋台はもちろん、串焼きやお菓子などまで並んでいて、つい涎が出そうになる。さすがゲームの世界。西洋をモデルにしているらしいけれど、日本的なものもいろいろあってついつい引き寄せられてしまう。



 並んでいる食べ物を眺めていると、背後からヴィクトルに声を掛けられた。


「屋台の食べ物は、食べたら駄目ですよ」

「わ、わかっているわ」


 お父様から屋台のものには手を出してはいけないと言われている。一応、リシェリアは未来の王太子妃だから。


 ヴィクトルの敬語口調に馴れなくて、背中がむず痒くなる。

 先導するアリナがリシェリアたちの会話に気づいたのか振り返った。


「ねえ、リシェリア。そちらの護衛の方って、名前なんて言うの?」

「え、名前? その、ヴィ、ヴィー」

「ヴィー?」

「お嬢様、発音が違いますよ。僕の名前は、ビリーです」


 ヴィクトルと呼ぶわけにはいかないので困っていると、ヴィクトルから助け船が出された。


「ビリーさんって言うのね。よかったら帽子を取って、顔を見せてくれませんか?」


 どうやらアリナは帽子を被ったヴィクトルに興味があるようだ。ヴィクトルはいつもよりも少し声を低めにして喋っているけれど、それでもアリナはオタクだ。疑っているのかもしれない。


 ヴィクトルは咳ばらいをすると、少し俯きがちに顔を逸らした。


「すみません。実は、幼い頃に顔に大きな火傷を負ってしまって……それで、帽子を取るのが怖いんです」


 声だけではなく、全身まで震わせている。

 名演技だ。


「そ、そうなのね。ごめんなさい、ビリーさん」

「それと僕はただの護衛ですので、気楽に接してください。名前も呼び捨てで大丈夫です」

「うん。わかったよ、ビリー」


 どうやらなんとか誤魔化せたみたいで、緊張して二人のやり取りを見守っていたリシェリアは安堵する。


 そのまま三人は、屋台を冷かしたりしながら通りを歩いていた。

 再び時計塔の前に戻ってくるともう十七時だった。夏だから陽が沈むのはまだまだ先だろう。


 時計塔の前の広場には大きな噴水がある。その前で、ピエロ服を着た人物により大道芸が行われていた。おどけて見せるピエロたちに、多くの聴衆が冷やかしの言葉を送ったり、手を叩いて喜んだりしている。

 

 これはゲームでも見たことのある光景だ。ゲームではルーカスかヴィクトル、どちらかを選択して、一緒に祭りを見学する。そして祭りのさなかにある事件が起こるのだ。

 だけどそれは今回は防げるだろう。なぜならここには、隠れていて見えないだけで多くの公爵家の護衛がいる。リシェリアに危害が及ぶことには敏感な護衛たちなので、一緒にいるアリナが危険にさらされたらリシェリアも巻き込まれかねないので守ってくれるはずだ。

 それに事件が起こるのはもう少し暗くなってからで、それもヒロインが人混みに流されてしまい、そのまま裏路地に迷い込んでしまうから起きること。


 だから大丈夫。



    ◇◆◇



 大道芸を観終わったリシェリアたちは、アリナがお腹が空いたというので屋台巡りを始めた。


「本当にリシェリアは何も食べないの?」

「屋台の食べ物は、お父様に禁止されているの」

「ええー。公爵令嬢だから? じゃあ、ビリーはどうする?」

「僕も遠慮しておきます。お腹は空いていませんので」

「そう。でも私だけ食べるのは忍びないから、少し分けてあげるね。私は毒見役ってことで」

「いけませんよ、お嬢様」

「やっぱりお嬢様って、いろいろ厳しいのね。私は平民でよかった~」


 各々喋りながら再び出店を眺めていると、ふと視線の隅に映った物に惹かれて、リシェリアは足を止めた。すぐにヴィクトルが気づいてアリナを引き留めると、リシェリアの傍にやってくる。


「どうされましたか?」

「い、いえ、ちょっと気になるのを見つけただけよ」

「気になるもの……ペンダント、ですか?」


 リシェリアの視線の先には、アクセサリーを中心に売っている出店があった。平民の客しかいないところで本物の宝石を売っているわけがない。だからここにあるのはすべてイミテーションのはずだ。

 その中の、ひときわ輝くエメラルドのような緑色のイミテーションの付いたペンダントを見つけた。貴族なら一目見てニセモノだとわかるそのペンダントに、なぜかリシェリアは視線を惹かれてしまった。


「……殿下の色ですね」

「え? あ、そういえば、そうね」

「夏休みに入ってから、殿下の招待を断っているそうですね。殿下も忙しくてオゼリエ邸には来られないみたいですし……。もしかして、寂しいのですか?」


 帽子の下から窺うような金色の瞳が問いかけてくる。

 リシェリアは首を振った。


「そ、そんなことないわ」

「わあ、そのペンダント、いいじゃない! ルーカス様の瞳みたいだよ」

「イミテーションですので飾りにしか使えませんが、エメラルドは幸運をもたらす宝石とも言われていますし、持っていてもいいかもしれませんね」

「しかもよく見て。四葉のクローバーの彫刻がされているよ!」


 目を凝らすと、確かに四葉のクローバーの模様が刻み込まれている。意外と手が込んでいるのかもしれない。


(だけど、ルーカス様の瞳は、もっと、こう)


 考え込んでいると突然、通りにラッパの音が響き渡った。

 何事かと三人一声に音の出どころを見る。


「あ、パレードの時間なのね。リシェリア――」

「これは、厄介ですね。リシェ、脇道にそれ――」


 アリナとヴィクトルが言い終わるよりも早く、リシェリアは背後からタオルで口を抑えられて、何者かに抱えられていた。

 

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