第14話 もしかしてリシェって


 ゲームの中で、イベントストーリーがない部分は、ミニゲームで進めることができた。授業などがいい例だろう。

 だけど現実はそうではなく、授業はオートプレイなどで進めることはできないし、時間もスキップできない。

 

 それを、武術大会からの約一カ月間、リシェリアは思い知ることになる。


 武術大会の後のイベントと言えば、ヒロインが助けてくれたルーカスに手作りのクッキーでお礼をするイベントがある。その選択権によってヴィクトルのルートも解放されるのだけれど、そのイベントは実際には起きなかった。

 なぜなら、ルーカスが助けたのはヒロインではなくリシェリアだったから。だめもとでアリナにクッキーを作らないのか訊ねたのだが、それだけは無理だと断られている。だからと言って、リシェリアがクッキーを渡すわけにはいかない。というか意味がないだろう。


 それにヒロインであるアリナが役目を放棄しているから、このままゲームのストーリー通りに進むとは思えない。何かとルーカスルートの予兆はあるものの、巻き込まれているのはアリナではなくリシェリアの方だ。


(このままゲームはどうなるんだろう)


 そういえば、アリナは事あるごとにリシェリアをヒロインにしようとしてきたのに、武術大会以降は大人しくなっている。前みたいに「ヒロインになって!」と口にすることはないから諦めたのだろうか? 


(ヴィクトルはゲームと違って自分の道を進んでいるし、ルーカスも……)


 あの馬車の中で、挨拶と言って唇をアレしてきた時から続いていることを思い出して顔が熱くなる。


「う、うう」

「リシェリア、どうしたの?」

「な、なんでもないわ」


 一緒に昼食の弁当を食べていたアリナに問われて、リシェリアは平静を装う。

 アリナとは、あれからずっと学園がある時は昼食を共にしている。教室や学食にいたらルーカスが近づいてくるので、逃げるように人目のあまりつかないほとんど使われていない準備室にこもるようになった。アリナは少し楽しそうにリシェリアについてきてくれている。


「あ、ルーカス様……」

「どこ!?」


 まさかこの教室も見つかったのだろうか? 図書室の二の舞になったりなんて――と一瞬そんな考えが脳裏を過ぎったが、アリナは窓から外を覗いているところだった。

 そっと横から覗くと、周りをキョロキョロしながら中庭を歩いている金糸の髪を見つけた。ルーカスだ。


「ど、どうやら見つかっていないようね」

「……リシェリア、なんでルーカス様から逃げているの?」

「それは――」


 もともとはヒロインに攻略されるルーカスと関わらないようにして、円満に婚約解消をしてもらうためだった。

 だけどいまは――。


「う、うう」


 またしても呻き声が出る。


「まあ、なんにしてもリシェリアはルーカス様の婚約者なんだから、あまり逃げ回っていたら変な虫がつくかもしれじゃない。ほら、いまも」


 本来貴族の教養としては下の身分の者から話しかけるのは、マナー違反なのだけれど、学園には身分を問わないという表向きの風習がある。それをいいことに、一人でいるルーカスに声を掛ける令嬢が後を絶たないみたいだ。何を話しているのかは距離があって聞こえないけれど。


 もしゲームのリシェリアがこれを見ていたら、ルーカスに声を掛けた令嬢に、嫉妬心を露わにして攻撃をするのだろうか?

 だけどいまのリシェリアは転生者で、ゲームとは違って地味な格好をしている。だからきっと、他の令嬢たちからは侮られているのだろう。実際リシェリア自身も、自分はどうせ婚約破棄されるからと気にしないように努めていたところもあるのだけれど。


 そんなことを考えていると予鈴が鳴ったので、リシェリアたちは教室に戻った。

 教室を戻る途中、向かいから来たルーカスと視線が合う。彼の口が開く寸前、リシェリアは顔を逸らすと一目散に自分の席に向かうのだった。



    ◇



「おはよう、リシェリア」


(しまった!)


 ヴィクトルと一緒の馬車で登校すると、校門の前でルーカスが待っていた。通りがかる生徒たちがルーカスに挨拶しているが、彼はまるで風が吹いたかのように聞き流している。


「まあ、リシェリア様よ」

「今日も地味ねぇ。美しいルーカス様の隣に立つとねぇ……」


 そんな会話も聞こえてくる。


 さすがにこんなに大勢のいる前でルーカスを無視するわけにはいかないので、制服のスカートを軽く摘まんで、リシェリアは挨拶をした。


「おはようございます、ルーカス様」

「おはよう。今日は逃げないんだね」


 そう言って近づいてきたルーカスは、徐にリシェリアの手を取るとその指に口づけた。


 キャーっと周囲で女子の黄色い悲鳴が上がる。

 うぎゃあと、口から出そうになった悲鳴をリシェリアは堪えた。


「挨拶だよ。今日は、一緒に教室まで行ってくれる?」

「あ、あああヴィクトル、そういえば大事な話があるって言ってたわよね!」

「……え? い、いや、そんなこと言ってな……って、うわぁ」


 困惑した顔のヴィクトルの腕を引っ張ると、リシェリアはルーカスに背を向けた。


「申し訳ございません、殿下。そういうことですので、またあとで~」

「ちょっと、リシェ、なんなのさぁ」

「いいからヴィクトルは黙ってついてきて!」


 チラリと背後を振り返ると、ルーカスが氷のような瞳でこちらを見ていた。ひんやりと背中が冷たくなる。

 リシェリアと二人きりの時とは違って、こうして人前だとまだ氷のような表情のままだ。


 ルーカスの姿が見えなくなって安堵していると、巻き込まれたヴィクトルから避難がましい金色の瞳が向けられる。


「なんでリシェって、いつも殿下から逃げるんだよ。婚約者なのに」

「だ、だって……」


 あの馬車での「挨拶」から、ルーカスはすっかり変わってしまった。

 いや、もしかしたら図書室での初めてのアレが原因かもしれない。


 あれ以来、唇同士の「挨拶」はないものの、それでも隙を見せるとすぐに手に「挨拶」をしてくる。人前だと手だけで済むものの、気を抜いて二人になろうものなら額や頬にまで「挨拶」が及んだこともある。


 それがリシェリアをさらに混乱させていた。


 すっかり顔を赤くして俯いたリシェリアを見たヴィクトルが、「はあ」と盛大なため息を吐く。


「そんなに顔を赤くしてさ……もしかしてリシェって、鈍感なの?」

「な、なによ」

「……何でもないよ。殿下と婚約解消するんでしょ? ……できるとは思えないけどさ」


 そうぼやくヴィクトルが目を細めているのに、リシェリアは気づいていなかった。

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