第2章 夏祭りとサマーパーティー
第13話 転生したら、ヒロインでした
(転生したら、ヒロインでした)
鏡に映る自分の姿を改めて確認する。
腰ほどある黒髪にぱっつんの前髪。それからトレンドマークの赤いカチューシャ。
どこからどう見ても、前世ではまっていたゲームのヒロインだ。
「転生したら、ヒロインでした。――って、なんで!」
思わず天井を仰ぐ。
自分が死んだときのことはよく憶えていない。だけど、確かに一度死んで、この世界に生まれ変わったらしい。『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』のヒロインであるアリナに。
「なんで!」
思わずアリナは叫んでしまう。
オタクであったアリナにとって、好きだったゲームの世界に転生するのはとても光栄なことだ。あのキャラのあんなシーンやこんなシーンを生で見られるなんて、そんな歓び他にないだろう。
だから、ゲームの世界に転生できたのはいい。
問題は、転生したのがヒロインだということ。
このゲームは乙女ゲームで、ヒロインはイケメンヒーローから愛される主人公なのだ。
アリナは前世でのこのゲームをやり込んでいた。それこそ、解放率0.5パーセントと言われている、隠れキャラのルートを解放したことがあるほどに。
だからこのゲームのことはよく知っている。ヒロインになったからには、攻略対象者たちに寄り添って、みんなを救うことができる表ルートを攻略できるだろうというと自負もある。
だけど、それでも――。
(夢だけは、夢小説だけは、ダメ!)
中学生の頃の黒歴史が脳裏を過ぎって行って、アリナは「うおああ、うがあ」とうめき声を上げる。ヒロインとは思えない声だ。
何とか呼吸を落ち着けて、鏡の自分を見る。
(うん。どこからどう見ても、ヒロインね。どうしよう)
壁のカレンダーを確認すると、一週間後の日付に花丸が付けられている。
どうやらいまは、入学式の一週間前らしい。
【時戻り】の魔法はこの世界では珍しく、ほぼ王命として王立学園に入学することが決まっているので、逃げ出すこともできない。
親指の爪を噛む。これは前世の癖だ。
よく親に注意されたっけ……中学はあの黒歴史以来学校に行ってなかったから、引きこもっていて……それで、知らずに爪を噛む癖ができてしまった。
「ヒロインが爪を噛むなんてありえない。私のバカ」
いくら爪といえども、ヒロインに傷を作るわけにはいかない。
「ヒロインはやりたくない。特に、推しのルートだけは……阻止しないと」
だけどゲームのスチルで見たあんなシーンやこんなシーンは、この目に焼き付けたい。
「だったら……!」
妙案を思いつき、アリナはニヤリと笑った。
◇◆◇
学園に入学してすぐにアリナがやったことは、席の交換だ。このまま推しの隣の席だともしかしたらルートが解放されるかもしれない。それに、隣だと普通に気まずいという恥ずかしいというか居たたまれないというかなんというか、まあそんな感じの理由で席を交換してもらった。
交換したのは斜め後ろの席だ。この席だと推しの横顔を拝むことができる。席を交換した相手は子爵家の令嬢だったけれど、喜んで席を変わってくれた。「オゼリエ公子の隣になれるのなら喜んで!」と笑顔で受けてくれたのが印象的だ。
アリナの前世の推しである、ヴィクトル・オゼリエ。
彼はクラスメイトと打ち解けることなく、暗い印象のキャラだったはずだ。だから教室に入ってすぐに件の令嬢に声をかけた時、断られるだろうと思ったのにどうしてあんなに喜んでいたのか。その理由は、ヴィクトルが登校してきた瞬間に分かった。
思わず口に手を当ててガン見をしてしまう。
ヴィクトルと言えば、長い前髪で瞳を隠していて、灰色の髪に陰気な雰囲気のあるキャラだったはずだ。そんなキャラが少しずつヒロインと打ち解けていくことにより、コンプレックスである金色の瞳を隠していた前髪を切り、少しずつ前を向いて歩いて行く。それが魅力的で、憧れのキャラでもあった。
そのヴィクトルが、入学した段階で前髪を切っているなんて。それもなんだかゲームの立ち絵よりも凛々しく思える。
感動してじっと見つめすぎたのかもしれない。視線を感じたのか、こちらを見たヴィクトルから慌てて顔を逸らす。
(直視できない)
なぜかわからないけれど、ヴィクトルはこのまま攻略しなくても、表ルートでエンドに迎えそうだ。だけど念のため、自分の代わりにヒロインになってくれる人を探さなければ。
(できればヒロインと同じ黒髪がいいんだけど)
このゲームの世界では、黒髪は珍しいものとされていた。これはおそらくゲームに置いて、ヒロインの存在を際立たせるための設定だろう。それがこのゲームの世界で、少し歪んだ形として残っている。
だから学園中をいくら探しても、黒髪の生徒はなかなか見つからなかった。
(どうしよう。早く代わりにヒロインになってくれる人を探さないと)
そんなある日、出会いは突然訪れた。
入学してから数日後。学園の寮から登校したアリナが見つけたのは、黒髪をおさげに結って、眼鏡を掛けた大人しそうな女子生徒。
(あの子だったら……!)
気持ちが逸り、周囲の光景が見えていなかった。視界に映っているのは、黒髪におさげの女子生徒のみ。
その女子生徒に近づくと、アリナは興奮のあまり手を取っていた。
「あなた! 私の代わりに、このゲームのヒロインをやってくれない?」
この後自分の熱い思いを精いっぱい伝えたのだけれど、おさげの彼女は「無理です」と断るだけで頷いてくれなかった。まあゲームの世界だし、いきなりヒロインと言われてもよくわからないだろう。
そしてその後なぜか彼女の傍にいたヴィクトル様に冷たい目で見られてしまったけれど、入学してから初めて間近で見る顔面に圧倒されてしまい――その後の記憶はほとんどない。
そしてその後、いろいろあった結果、黒髪おさげの女子生徒とは仲良くなることができた。
しかも彼女の正体が、転生してからいちばん懸念していた悪役令嬢リシェリア・オゼリエで、なおかつ自分と同じ転生者だったなんて思わなかったけれど……これで、平和な表ルートを攻略できそうだ。
しかもリシェリア自身は気づいていないだろうけれど、たぶん彼女はもうすっかり【氷の王太子】ルートに――。
「ふふっ。これからも二人を近くで見守らなくっちゃ」
これも至高なるオタクライフのために。
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