第15話 ポプラの花
六月も終わり頃になり、ルーカスの挨拶も変わらず続いていたある日、オゼリエ邸に招待状が届いた。
「サマーパーティの招待状だね」
リシェリアと同じ招待状を受け取ったヴィクトルが、中身を確認してそう呟く。
サマーパーティーとは、王立学園の夏の一大行事だ。八月ごろに行われて、王立学園の生徒であれば参加可能だけれど、招待状が無ければ参加ができない。
学年を問わず交流ができる会でもあるから、多くの生徒がこのパーティに熱意を持っている。特に高位貴族と繋がりを持ちたい貴族たちにとっては願ってもない場だろう。
(今年は王族がいるから、例年よりも気合が入っていると噂で聞いたわ)
ゲームでもサマーパーティーは重要なイベントだった。悪役令嬢であるリシェリアがヒロインの招待状を盗んでしまい、ヒロインはパーティーに参加できないことを惜しんでいた。だけどパーティーまでの間に起こるとある出来事により、ヒロインは無事にパーティに参加することができるようになる。
「リシェのパートナーは、やっぱり殿下だよね?」
「……ど、どうだろう」
ゲームでルーカスは、婚約者ではなくヒロインをパートナーに選んでいた。
だからどうなるのかは、まだわからない。
「リシェは殿下の婚約者なんだからさ、そんなに不安がらなくても大丈夫でしょ」
「不安?」
そんな顔をしているのだろうか。
「なんだ、無自覚か。……殿下も、大変だね」
ヴィクトルはそう言って肩をすくめた。
◇
パートナーのことは悩みはしたが、それでも時間は進んでいく。
ルーカスからできる限り逃げ回りながらも、なんとか期末試験を終えることができた。これさえ乗り越えれば夏休みに入るため、ルーカスと顔を合わせる回数も減るだろう。
リシェリアはアリナと一緒に、掲示板に張り出されている成績上位者の確認に来ていた。
期末試験の結果は、学年上位三十名だけ張り出される。
試験結果は、ゲームとほぼ変わらずに、一位がルーカスで、二位がヴィクトルだ。
「はあ、さすがヴィクトル様……」
隣で一緒に掲示板を見上げていたアリナが、なぜか顔の前で手を組んで拝んでいる。
三十人の名前を眺めていて、「あれ」とリシェリアは首を傾げた。
「アリナの名前がない」
「当たり前でしょ。あまりはりきって勉強しちゃうと、ヴィクトル様の好感度が上がるかもしれないから」
ゲームでは、ミニゲームでいい成績を取ると、上位に名前が表示される。特に五位以内に入ると、ヴィクトルの好感度が上がる仕様だった。
ヒロインになりたくないアリナにとって、好感度が上がる可能性は排除したいのだろう。
「それにしても、リシェリアって頭が良いんだね」
リシェリアの名前は十位にある。
「一応、王太子の婚約者だもの」
婚約者としてだけではなく高位貴族の令嬢として、勉強の手を抜くことはできない。下手な成績だと家門ごと足元を見られて、掬われる可能性もあるから。
ゲームのリシェリアはどうだったのだろうか。いまのリシェリアみたいに毎日勉強をしていたのだろうか?
確かゲームでもリシェリアは成績上位に名前を連ねていた。きっとルーカスに釣り合う王太子妃になるために、苦労したのだろう。それなのに婚約破棄されて、裏切られて――。
少し同情してしまうのは、自分がリシェリアになってしまったからかもしれない。
「ねぇ、リシェリア。この後、ちょっと時間ある?」
「ええ。今日は午前授業で、後は帰るだけだもの」
「それなら着いてきて!」
アリナに腕を引かれるがまま、リシェリアは走り出した。
連れてこられたのは、中庭だった。それも人気がほとんどない、奥まったところ。
そこには、一本の背が高いポプラの木が生えている。
さらさらと震えながらも、ひとり逞しく生える落葉樹。
その枝の一つに、黄色い小さな花が咲いていた。ちょうど手が届く位置だ。
もう夏が始まっているというのに、季節外れの黄色い花はささやかながらもその存在を主張していた。
「春に確認しに来た時には見つからなかったのに、今朝確認したらあったんだよ」
「ほんとに、花があるのね」
ゲームでも、このポプラの木は季節を問わずに花を咲かせていた。
『時戻りの少女』で重要なキーアイテムで、時間を戻るために必要な花なのにゲームでもなかなか手に入らなかった。前世でリシェリアは、課金してポプラの花を手に入れていたことを少し懐かしく思い出す。
(ルーカスから逃げるのに忙しくて、すっかり忘れていたわ。実物は、さらに可愛らしいのね)
ゲームでデフォルトされたイラストしか知らなかったけれど、こうして見ると少し儚げにも見える。触れようとして、でも散ったら可哀想だと思って、リシェリアは手を引っ込めた。
「リシェリアどうする?」
「どうして私に訊くの?」
「だって、私が持っていても仕方ないし。リシェリアがほしいなら、取ってあげようか?」
「いや、それはあなたにしか使えないものじゃない」
【時戻り】の魔法を使うのに必要な花を、悪役令嬢が持っていても意味がないだろう。
「じゃあ、もう少しこのままにしておこうかな」
「ゲームと同じなら、散ることはないものね」
一段と強い風が吹いた。
さらさらとポプラの木が震えて、鳴いている。
二人して木を見上げる。しばらく耳をすましていると、突然アリナが「よしっ」と大きな声を上げた。
「それじゃあ、リシェリア。これから夏休みの予定について話し合おう!」
「え、予定?」
「だって夏休みだよ! 前世と同じで、一カ月ちょっとも休みがあるんだよ! 遊ばな損じゃん」
「そ、そうね」
「空いてる日はある? 具体的に言うと七月末とか」
「あ」
七月末と言えば、あのイベントがある時期だ。
「そうね、お父様に相談してみるわ」
「もしだめだったら、邸を抜け出してね」
「公爵邸の警備って厳重だから……でも、考えてみるわ」
いままでもこの時期に何回か家から抜け出して街に行こうとしたことはあったけれど、毎回邪魔されてそれが叶った試しはない。でもいまはあの頃よりも魔法の腕は上達しているから、どうにかなるかもしれない。
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