第41話 年の差なんて

「チッ、こんな時に限ってこれかよ」


 魔法の練習をと思ってMPを使い切ってからボス部屋に入ることわずかに3回目。

 最短の記録でスキルオーブが出た。

 しかし魔法の練習と言いつつも梓さんのことを考えていて、スキルオーブことなんてまったく頭から消えていた。

 物欲センサーが逆に働いたパターンである。


「【皿洗い】か?おじさん行きだな」


 宝箱から出てきたスキルオーブは光っていない。

 今日はなんだかうなくいかないし、もう帰ることにしよう。

 まあおじさんは【皿洗い】を神スキル呼んで欲しがってたし、まったくの無駄言う訳でもないだろう……。


「メール、か……」


 もちろん梓さんからだ。

 家に無事ついたから俺も気をつけて帰ってね、と。

 答えが出ないまま家路につく。

 




「おはよう、太助君。昨日はどうだった?うまく魔法は使えた?」


 顔を合わせるのが辛い。


「スライム相手だとうまくいかなかったよ。剣の先からは出せたけど……」


 梓さんは俺の話を一言一句逃すまいと真剣に聞いてくれる。

 その優しさを向ける相手は俺でいいんだろうか?





 放課後は梓さんから逃げるようにダンジョンに……。

 今日も切りのいいところで練習を切り上げる。

 スキルオーブが出るまで100回も200回も頑張ると疲れが残ってしまうので無理はしない。

 それでも体を動かしてモンスター相手にストレスを発散することで気はだいぶ紛れたと思う。


「ちょっと聞いてよ太助君、支部長ったらね……」


「やめてー茉莉ちゃん。太助君にだけは話さないでー」


 ダンジョンから出てくると、最近沈みがちだった支部長が楽しそうに話している。


「何かあったんですか?」


 だからつい、聞いてしまった……。

 長くなるのに……。


「さっき莉子が来ててね……」


「待って待って、自分で話すから。莉子ちゃんが紹介したい人がいるって言って来たのよ。あの子の様子も気になるし会うことにしたのよ。そうしたら莉子ちゃんよりもだいぶ年上のでね。莉子ちゃんよりも私に年が近いのくらいなのよ。だから反対反対って言ってまた莉子ちゃんと喧嘩になっちゃなったんだけどね。その男の人がねあー、命懸けで娘さんを守りますって頭を下げてきてね……」


 家からも出てたんだったっけ?

 黒川さんの家にいるって言ってなかったかな?

 実は男のところにいたのか……。

 いや、あの人まだ二十歳の誕生日前だよね?

 歳の行った男と一緒ってそれは事案では?


「それでオッケーしちゃったんですよね?」


「そうなのよ。てっきり結婚の許しを貰いに来たものだとばかり……」


 ん?


「違うんですか?」


「それがただのパーティーメンバーだったのよ。律儀な人でね。ダンジョンに連れていいかって聞きにきただけだったのよー」


 何じゃそりゃあ。


「家じゃなくて支部に連れてきた時点で普通は気付きますよ」


 黒川さんが横から突っ込む。


「だって莉子ちゃんったら真剣な声で会わせたい人がいるって言うのよ?誰でも勘違いしちゃわよー」


 あれ?なんでうれしそうなんだろう?


「よかったんですか?探索者になるの、反対してたんですよね?」


「実はね、正式に探索者になる訳じゃないの。協会の職員として席を残したまま探索者に同行するって形ね。そこが落としどころって会長が考えたみたいでね。しばらくはAランクの日野さんが面倒を見てくれるみたいだし、その間は様子を見ることにしたのよ」


 日野……、日野瞳、『【賢者】になれなかった魔法使い』、か……。

 蒼天から脱退したんじゃないかって噂になってるけど、莉子と一緒にいるってことは真実なのだろう。


「それにしても、あんなおじさんとの結婚を許すって方もどうかしてると思いますけど?」


「あら、それはいいじゃない。二人が愛し合ってるなら歳の差なんて関係ないんだから。莉子の為に頭を下げる彼を見て、私も見習わなくちゃって思ったのよ。負けてられないわーってね。太助君もそう思うでしょ?」


 愛し合う二人、か……。


「そうですね。やっぱりそういうのは本当に好きな人同士じゃないと……」


 ……決めた。





「別れよう」


「え?」


 放課後、電車から降りて、話があると梓さんを呼び止めた。


「俺から付き合ってほしいって言っておいて本当にごめん!」


「この前、お家にお邪魔した時から変、だったよね?あの時、何か気に障ることをしちゃったかな?弟さんとの遊び方がマズかった?ごめんなさい。直すから!何がいけなかったのか教えて!」


 頭を下げる俺に混乱した様子で、理由を聞いてくる梓さん。

 気が付いていたのか……。


「探索者業に集中したいんだ。たぶん学校も休みがちになると思う。だから一緒にはいられない……。別れてほしい」


 どうしたら傷つけないで別れられるか必死に考えて、俺なりに出した結論がコレだった。


「あ……。もしかして探索者のことに口を出したのが良くなかった?ごめんなさい。何も知らないのにわかったようなことを言ってしまって。謝るから……。だから……。どうしたら許してくれるの?……う、うぅ」


 どうして泣くの?

 だって……。


「俺のこと、そんなに好きじゃなったでしょ?付き合ったのも俺の方が梓さんのことを好きだからだよね。だから……」


 泣かないで欲しい、と虫の良いことを言いかける……。


「え?違う、違うよ?確かに最初はそうだったかもしれない。好きだって言われたのがうれしくて付き合ってみようと思った。でも今は違うよ?太助君のことを知ろうと思って探索者のことを調べたり、みんなで一緒に遊んだりしている内に太助君の良いところをいっぱい知ったの。好きなる努力をして、今は……。本当に太助君のことが好きなの……」


 聞きたくなった言葉を聞いてしまった。

 そうなる前に別れたかったのに……。


「もう、決めたことだから……」


 その場から走り去る。

 一方的に、勝手に決めて……。


『好きになる努力』


 その言葉が突き刺さる。

 俺はしたのだろうか?

 やったことと言えば、好きだと見せかけること。

 騙す為の努力だろう。

 最低の人間だ。

 やっぱり俺なんかがこの子の隣にいちゃいけない。

 優しくて、人の為に努力のできる子……。

 そんな梓さんの良いところをわかってくれるヤツがきっと現れる。

 梓さんのことを本当に好きになってくれる人と幸せになってほしい。

 レベル18になった俺のは今や自動車並みのスピードが出る。

 追いつくことは出来ない。

 そもそも梓さんは呆然と立ち尽くすだけで、追ってこようとしない。

 気になって回り込んで様子を窺う。

 駅のベンチに腰かけ、人目も気にせず泣きじゃくる。

 やがて中学の時の同級生が通りかかって梓さんに声を掛ける。

 知っている女の子だ。

 よく梓さんが話題に出す友達だ。


(よかった、彼女に任せておけば大丈夫だろう)


 モヤモヤした気持ちが残るが、その場を後にする。

 こういう時はダンジョンだ。

 この感情をぶつける相手が必要だ。

 強い奴がいい。

 Cランクダンジョン、マザーブラッディベア辺りか……。

 もう明日は学校を休もう。

 いや、しばらく顔は出さない方がいいかもしれない……。

 学校には志村さんもいるし、きっと梓さんは大丈夫……。





「太助君、お疲れ様。支部長が話があるって。ちょっと聞いてあげて」


 早くダンジョンに入りたいのに黒川さんに呼び止められた。

 そしてそのまま支部長室に通される。

 まあいいか、今日はこのままダンジョンに泊まり込む。

 時間はあるのだ。


「ごめんね。さっき本部から連絡があってね。会長が太助君に会いたいって言ってるの。会長とは面識があったかしら?」


 嫌な名前が出た。

 探索者協会の会長は父親の葬式に来ていたし、探索者になるための特別許可を得る時も会った。

 父親と同じように死ぬまで徹底的に利用してやると、言っていることは酷かったが、その言葉には優しさがあるという嫌な婆さんだった。

 しかし、あれから1ヶ月も経っていないのに?


「ええ、何度か」


「それなら話は早いわね。あの通りの人だから、言い出したら聞かなくてね。日程の調整をさせて頂戴。放課後でいいなら会長はこの日とこの日はいるみたいね。さすがに学校を休んでまでっては言えないからお休みの日でもいいのわよ。その場合は日曜日が……」


 あっという間に面会時間が決まる。

 なるべく遠くになるようになんとか抵抗したが、面会自体はなくなりそうにはない……。

 まあいい、この感情もダンジョンにぶつけよう……。


「支部長!大変です!さいたまダンジョンで特異個体、死者多数。応援を求めています。それと……」


 黒川さんが飛び込んできたが、何かを言い淀む。

 特異個体……。


「どうしたの?まさかダンジョンブレイク?」


「いえ、……現地で莉子を見かけたと。あっちに行ってる斎藤さんからです。地上には上がってきていないと……」


「嘘……。どうしてさいたまに?いえ、日野さんと一緒のなら大丈夫のはずよ!」


「それが……。一人だったと斎藤さんは言っていました」


 ガタッと支部長が崩れる。


「どうして、どうして……。あの子今日は遅くなるかもしれないけど家に帰ってくるって……。大丈夫、大丈夫よ」


 俺に出来ることは……。


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