第37話 尻から出る罪悪感

「本当にここまででいいの?」


「うん、いつも通ってる道だから大丈夫だよ。これから支部に行くんでしょ?戻るの大変だよ」


 梓さんを駅まで送ってきた。

 梓さんの家はウチとは駅を挟んで反対側にあるので、送るのは駅まででいいと言われてしまった。


(乗り切ったか……)


 【時間遡行】を使った後、カメラには手を伸ばさなかった……。

 2人の手は重なることはなく、当然その先もなかった……。

 直後、部屋に入って来た栄太を間に挟んで一緒にゲームをして、その後は母親と一緒にケーキを食べて……。

 意図的に距離を取って二人きりにはならないようにした。


「太助君、気を付けてね!」


 笑顔で手を振る梓さんを見送る。

 途中、振り返ってはまた手を振ってくるので、それに力なく応える……。


(あの子は俺のことが好きなんだろうか?)


 それはない。

 どうして告白にYESと答えたのか言えば、俺が好きだと言ったのが嬉しかったからだと、そう言っていた。

 自分を好きだと言うから付き合ってみることにしたのだ。

 ずっと好きだったと言う、俺の言葉を、そんなを信じて……。





「あれ?太助君どうしたの?これからダンジョン?」


 支部にやってきたところで中から出てきた黒川さんと出くわす。

 今日はもう仕事が終わったようで私服だ。

 普段の見ている制服姿とは違う大人っぽいその格好にドキッとした。

 梓さん相手には感じない感情だ。

 梓さんが笑顔を見せてくれる時、カワイイ仕草をした時、何気なく俺の隣に立った時……。

 そんな時に俺が感じるのは罪悪感である。

 そうした罪悪感を紛らわす為に梓さんに優しくして、気を使って、そうしてまた嬉しそうな笑顔を貰う。

 だからまた優しくして……。


「ええ、これからは放課後はMPを使い切るまで魔法の練習をすることにしました」


「そうなんだー。明日からはもう少し早く来てくれると嬉しいかな?でもよかった、ちゃんと支部に来てくれるんだね。Cランクに上がったらもう来ないって人がほとんどだからね。あ、遅くなっちゃうね。行って行って。がんばってね!」


 黒川さんと別れ、支部の受付で初めて会う職員にライセンスを見せる。


「Fランクダンジョンに入ります」


「はい、Fランクですね。えっ、C……?えっ?え?」


 Cランクの探索者ライセンスを見て驚く職員さん。

 こんな若造がCランクの探索者?見間違いか?とライセンスと俺の顔を二度見、三度見する。

 俺は余り大人びて見えないようなので、無理もないだろう。

 フフンと、ちょっとドヤ顔でFランクのダンジョンへと向かう。





「【ウインドカッター】!あっ、これはスライム相手じゃ無理か……」


 入ってすぐ、目に付いた水スライムに近寄って魔法を使う。

 だが失敗する……。


(いや、魔法自体はちゃんと出たから成功か?)


 【ウインドカッター】で入れたに剣での斬撃を加えると言う、ブラッディベアへの奇襲で使った手法を再現しようとしたのだが失敗した。

 スライムは魔法一発で死んじゃうからね。

 得られた結果は想定していたモノとは違ったが、魔法の練習という意味では成功かもしれない。

 何の練習をしているかというと、使練習である。

 普段【ウインドカッター】は手の平から出ているが、実は魔法スキルを出す場所は別に手でなくてもいいらしい。

 つまり手から魔法を出してから構え直して剣で斬りつけるという工程を、斬りつけながらも魔法で先に攻撃を加えると言う、ワンアクションで再現しようというのだ。


(【ウインドカッター】が無理なら、【ファイヤーボール】の方を試してみようか……)


 ちょうど【気配察知】で次のスライムを見つけた。

 こっそり近づいて


「【ファイヤーボール】!……ダメか?【ファイヤーボール】!……ダメだね。これは流石に無理だろう……」


 刺し込んだ剣の先から【ファイヤーボール】を出してモンスターを燃やせるらしいのだ。

 それこそ【魔法剣士】の斬った場所から魔法が飛びだす【魔法剣】のように……。


、ね)


 この魔法の練習を勧めてくれたのも梓さんである。

 探索者のことを色々調べて教えてくれる。

 栄太とも嫌な顔一つせずに遊んでくれたし、ケーキまで母親と一緒に食べてくれた。

 本当にいい子だ。

 いい子過ぎて辛い……。

 だって本当は俺はあの子のことが好きな訳じゃなんだから……。

 

「【ファイヤーボール】!」


 スライムから剣を抜いて、今度は剣の先から【ファイヤーボール】を出す練習を始める。

 こっちは成功した。

 本職の魔法ジョブの人たちは杖を持っているので、当然魔法は杖の先から出る。

 ならば剣の先から出るのも道理だろう。

 そう考えていたからか、普通に出せた。

 実際にやろうと思えば、魔法スキルを背中から出すこともできるのだとか。

 結構有名な話で、『ただし魔法は尻から出る』という背面から魔法を出す練習をする動画タイトルが人気だったりする。

 ただ、後ろに向けて魔法を撃つのはかなり難しいテクニックで、【ウインドカッター】を近くで発生させてしまって、服の後ろや、ズボンの押し部分を切ってしまうこともある。

 女の子がそれをやるのが特に人気の動画シリーズだ。

 【ウインドカッター】は扱いが難しく、近くから出そうと意識しすぎると手の平を切ってしまうことがある。

 同じように尻から……。


「【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!」


 【気配察知】でスライムを見つけては、邪念を振り払うかのように【ファイヤーボール】を剣先から放つ。


(このままでいいんだろうか……)


 お互いに本当に好きではないけど付き合う。

 若い時分にはよくある話なのかもしれない。

 それで痛い目に遭って成長する。

 それでいいのかもしれない……のは傷つくが自分だけ場合だけだ。


「【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!」


 俺は梓さんを利用してる側だ。

 栄太からの隠れ蓑と使い、クラスメイトからの盾としても使っている。

 更には探索者の情報を調べさせて、いいように利用して……。

 傷つくのは梓さんだろう。

 もし俺が梓さんのことを本当は好きじゃないってバレたら?


「【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!」


 Fランクのダンジョンは短い。

 1階層しかない上にボス部屋のゲートまでの道も覚えているので30分も掛からずにクリアできてしまう。

 MPもまだ半分も使っていないのに、もうボス部屋だ。


「【ファイヤーボール】!」


 剣の切っ先からボスであるビッグスライムに火球を見舞う。

 一撃で終了。

 ボス部屋の中心に現れた宝箱を足で乱暴に開ける。

 どうしていいかわからなくて、それを宝箱にぶつけてしまったのだ。

 中身はただの石だった。


「【時間遡行】!」


 景色が歪む。

 歪む前に見た景色……。

 梓さんの恥ずかしそうな笑顔を思い出す……。



~~~~



「【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!【ファイヤーボール】!」


 【時間遡行】で時間が巻き戻っても俺の記憶だけはそのまま残る。

 レベルは戻っても覚えた記憶した技術はそのままということだ。

 何度でも納得するまで練習することができる。

 さらに恐ろしいのは時間が戻ればMPも回復すると言うことだ。

 魔法の練習でネックになるのは1日に撃てる魔法の回数が決まっていること。

 しかし【時間遡行】を使えばMPは尽きることはない。

 つまり心行くまで練習できる訳だ。


(考えごとをするのにも持ってこいの能力だね)


 あの子を傷つけないようにするにはどうしたらいいだろうか?

 告白する前には戻れない。

 ならまだ傷口の浅い今の内に……。

 そもそも俺ことが好きじゃないなら傷つくことすらないのかもしれないが……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る