第36話 ファーストキス

「今日は太助君の家に行ってもいい?」


 明けて月曜日。

 いつものように梓さんと駅で合流して登校中だ。


「え?ウチ?梓さんの家の方が……」


「あー!また梓さんって呼んでるー。もう、里香ちゃんがマネするからやめてよー」


 心の中では梓さん呼びなので、油断するとつい出てしまう。

 普段は呼び捨てにしてるけど、慣れないものだね。


「呼んだ?おはよ、梓」


 ここで志村さんも合流してきた。


「あっ、おはよー、里香ちゃん」


 この二人は、すっかり仲良しのようだ。

 俺の動画のお陰かな?


「何の話?」


「うん、新しく撮ってきてくれた動画を一緒に見たいんだけど、どっちの家出見るかって話になって……」


 土曜日に17階層で取った動画の話だ。


「あー。……梓の家、平日は親いないよな?田中の家は?」


「いるかな?弟もいると思う」


 母親はパートには出てはいるが、弟が学校から帰ってくる前には家に帰ってきているはずだ。


「じゃあ田中の家だな」


 別に何もしませんよ?

 志村さんはちょっと想像力が逞し過ぎると思います


「里香ちゃんも一緒に行く?」


「スライムの動画じゃないんでしょ?ならいかない」


 スライム好きだね。


「じゃあ明日にでもまたスライムの動画を撮ってくるよ」


「梓から色々聞いたけど、田中も忙しいみたいだしな。あんまりお願いするのも悪いからやめとくよ。梓にスライムの動画の探し方教えてもらったし」


「それなんだけど、いい方法を思いついたの。あのね……」


 ん?動画を探す方じゃないね……。

 おー、そんな方法が……。

 なるほど、ついでに動画の撮影ね。

 あれ?

 それってもしかして【時間遡行】と組み合わせると、とんでもなく……。





「いらっしゃーい、梓ちゃん」


 バッチリ化粧をした母親が俺と梓さんを家に招き入れる。

 はい、テイク2です。

 テイク1では散らかった家に梓さんを入れることになったので、【時間遡行】で戻りました。

 母親にも文句を言われたからね。

 そんなつもりで言った訳では無いけど、梓さんを歓迎していないようにも聞こえたかもしれないので戻ることにしました。


「お邪魔します」


「ケーキ買ってきたから後で一緒に食べましょうね!」


 歓迎し過ぎでは?


「なんで一緒に食べるんだ?部屋に持ってきてよ。栄太は?」


「まだ帰ってないわ。最近は友達の家に寄ってから帰ってくるから。今日ももう少し掛かると思う」


 弟がまだ帰ってないなら、先にダンジョンの動画を見た方がいいね。

 弟には俺が探索者をやっていることは話していない。

 帰りが遅いのは梓お姉ちゃんと遊んでいるからということになっている。

 いい隠れ蓑になってくれていて助かる。


「ここが太助君の部屋?へー。わ、ゲーム機がたくさん」


 う、俺の部屋は片付いてないね。


「まず動画を見よっか?栄太は俺が探索者やってることは知らないからさ」


「え?そうなんだ……。そっか……。うん、じゃあそのモニターに繋げるね」


 カメラも持ってたし、梓さん機械に強いよね?

 テキパキとケーブルを差して動画をスタートさせてくれる。


「あ、17階層までは戦闘ないから飛ばそうか……」





「え?今のって【ファイヤーボール】?しかも曲がった?」


 ん?

 動画の最後のところ。

 グレイウルフの群れとの戦闘で何か気になったようだ。

 今までは結構褒めてくれて、ちょっといい気分だったけど……。

 何かマズかったかな?


「どうかした?」


 全てのグレイウルフを倒し終わったタイミングで梓さんに聞いてみる。

 この後は魔石を抜くだけなので、もう動画は止めていいだろう。

 そういうのを見て喜ぶのは志村さんだけだからね。


「太助君、【ファイヤーボール】使えたの?前は【ウインドカッター】使ってたよね?2つも魔法スキルが使えるの?」


 おうおう、やっちまった……。


「……実は父親がスキルオーブを残しててさ。魔法に適性がなかったみたいで、後で【魔法使い】になって覚えるつもりだったのかもね」


 などと適当なことを言っておく。


「そうなんだ……。あ、今朝の話覚えてる?それね、【ファイヤーボール】にもあるの!」


 今日二回目のそうなんだ……が出ました。

 深くは聞けないけど、納得はしたという反応だ。

 無理矢理話題を変えてくれる。

 いやいや、それは流石に……。

 もう亮子さんが使うようなスキルですよね?

 出来るのか?


「杖とかの方が……。あっ」


 おじさんに杖を上げたのが悔やまれるね、と思いつつカメラを片付けようとしたら、梓さんと手が重なってしまった。

 しかも距離が近い……。


「あの、ね。この前、女子で集まった時に太助君とどこまで進んでるのかって聞かれちゃってね。もうキスはしたのかって聞かれたんだけど……」


「え?あ、うん」


 カメラの上で俺の手の上に自分の手を重ねたままの梓さんが話し続ける。

 振り払う訳にもいかず、返事も曖昧になってしまった。


「もうしたって答えちゃったの。だから……」


 今すれば、それは本当のことになるって……。

 あ……。


「梓お姉ちゃん来てるのー?あっ……」


「キャッ」


 唇が触れるか触れないかのところ。

 そのタイミングで栄太がドアを開けた。


「あー、お兄ちゃん、梓お姉ちゃんとキスしてたー!お母さーーーん!キスしてたよーーー!」


 コラーーー!

 なんでお母さんに言う必要あるの!

 しかし、弟が帰ってきたのにも気が付かないとはね。

 【気配察知】を覚えたら普段から使ってスキルの精度を上げろってよく言われているけど、俺の場合は疲労を蓄積させたくないのでダンジョンの外では普段は使っていないのだ。

 それが仇になるとは……。


「あの、ごめん」


 梓さんを見ると顔を真っ赤にして両手で大事そうに唇を押さえている。

 唇は確かに触れていたのだ……。


「ファーストキス、しちゃった……」


 唇から手を離し、小首を傾げなら笑顔でそう言われた……。

 俺は……。


「ごめんっ!【時間遡行】!」


 梓さんの笑顔が歪んでいく……。



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