第22話 探索者になったら彼女ができました

「過労ですね」


 だそうです。

 高校生が過労とかありえないだろうみたいな話をされたが、よく覚えていない。

 それどころじゃないからね。


「お姉ちゃん、またね」


 弟はすっかり懐いてしまっています。

 僕のお姉ちゃんってことだよね?と言われましてもね。


「またね。栄太君」


 渡辺も満更でもない様子。

 弟が欲しかったんだとか……。


「梓ちゃん、いい子じゃない。それにしてもアンタが女の子とねー」


 梓。

 それが渡辺の下の名前らしい。

 そう、俺にとってはその程度の認識しかない相手なのだが……。

 今や俺の彼女らしいですよ?

 学校が終わって俺の様子を見に来てくれたらしい。

 確かに健気でいい子ですね……。

 探索者になったら彼女ができました!


(次は宝くじが当たりそうな勢いだね)


 俺は【時間遡行】の使い過ぎで倒れたらしいのだが、なんと丸一日、30時間程気を失っていた……。

 【時間遡行】で戻れる時間は最大で24時間。

 眠っている時間に戻ったとしても、意識が戻るのは次に目が覚めた時間となる……。

 つまり俺は今から何回【時間遡行】を使っても、さっき目が覚めた時間よりも前には戻ることができなくなってしまったのだ。

 【時間遡行】の意外な弱点を発見したのはいいが、それ以上に戻れない過去の時点で渡辺という恋人ができてしまったことの方が大きな問題である。

 しかも渡辺の御両親が昨日病院に付き添った渡辺を迎えにきたらしいね。

 母親はしっかり挨拶しておいたわよ、だってさ……。

 お互いの親が認識してしまっていて、冗談でしたとも言えない状況。

 ハイ、完全に詰みました。


「帰ってもいいって?」


「ええ、無理しないようにって。帰ったら話があるからね」


 栄太がいる前では探索者のことは話せないからね。

 過労で倒れるなんてただごとじゃない。

 やめろって言われるかもしれないな。

 こちらも一つ手を打っておかないとね。





「これを見てくれ」


 先手必勝。

 怒られる前に母親に通帳を差し出す。

 帰る途中でATMに寄って記帳してきたのだ。

 明日の昼には振り込まれると黒川さんは言っていたのが一昨日の話だから、昨日俺が気絶したくらいの時間に振り込まれていたはずだね。

 【ファイヤーアロー】の代金、803万円から2割の手数料を引いて642万円が入金されている。


「アンタ、これどうしたの?」


「このニュース見て、これ見つけたの俺」


 パソコンで探索者のまとめサイトを開いて、【ファイヤーアロー】が落札された記事を指さす。

 【ファイヤーアロー】のスキルオーブの出品は珍しかったらしく、探索者界隈では結構な騒ぎになってたみたいだね。

 落札したのは名の通ったBランクの探索者で、女性だけのパーティーのリーダーらしい。

 【魔法剣士】のジョブに就いているらしく、剣と魔法、両方を使う彼女にはピッタリのスキルだって書いてある。

 これで彼女達のパーティーはAランク間違いなしだとかなんとか……。


「オークション?いつの間にこんなことを?」


「先週かな?振り込まれたのは昨日だけどね。コレの結果が気になってずっと寝れてなくてさ……」


 結果として過労で倒れましたよ、ってね。

 言い訳をしておく。

 実際には帰ったらすぐ寝てたけどね。

 それにしても、あれだけ寝てたのに過労とはね……。

 【時間遡行】の使い方に気を付けないといけないのは間違いない。

 倒れたのがダンジョンだったら死んでいただろう。

 むしろ今回は無傷でそれを知れたのはラッキーだったということで。


「お金のことはわかったけど、それで倒れてたら意味がないでしょ?」


 もう一押しだな。

 これだけだと、探索者になったら宝くじが当たりましたって自慢しているだけだ。


「このお金があればポーションのオークションにも参加できるだろ?もしもう2ヵ月で俺が薬草を見つけられなかった時は、このお金で頼むよ。一ヶ月余裕が出来たんだ。これからはもう少しゆっくりやれる。俺はもうDランクになったし、今月中にはCランクに上がられると思うから間に合うとは思うけどね。通帳は母さんが持ってて」


 ポーションの相場は300万程度。

 オークションなら倍の600万円あればなんとか買えるだろう。


「今月中にCランクって……、お父さんは半年も掛かったのよ?」


 父親が初めて薬草を見つけるまでに掛かった時間が半年だった。

 Cランクになったの事態はもう少し早かったと思うけど、Dランクダンジョンをクリアするのにずいぶん苦戦してたね。


「まあ残してくれた装備もあるし、ノウハウも聞いてたからね。大丈夫、学校もあるしこれからは無理しないで頑張るから」


「学校だけじゃなくて、梓ちゃんのことも大切にしないとダメよ?せっかくいい子を見つけたんだから、心配させるようなことは……。大体いつから……。ちゃんと相談して……」


 うわーーーー。

 そっちの問題の方が俺にとっては頭が痛いね。

 いつからってそりゃ昨日からですよ。

 向こうは俺が探索者だって知ってるのかな?

 ヤバイ、寝込みそう……。


『ペロリーン!』


 電話の通知音が鳴る。


「あ、渡辺だ。ちょっとごめん」


 向こうの両親にちゃんと挨拶して来いって辺りでお説教を切り上げてもらう。

 お説教か?

 倒れたことはもうどこへやら……。

 渡辺の話しかしていない。


『体調は大丈夫?明日は学校に来れそうかな?』


 うーん。

 いい子そうなんだよね。

 いい子だけに申し訳ない……。





「おはよう、太助君!」


「おはよう、……梓」


 この子すごい積極的で、今日から一緒に登校することになった。

 最寄り駅は一緒だからそこで待ち合わせです。

 そして名前呼び……。

 もちろん渡辺……梓さんの希望です。

 今まで渡辺って呼び捨てだったんだから、梓と呼び捨てにしてほしいそうです。


「帰りも一緒に帰れるかな?クラスの子達にカラオケに誘われたちゃってて。一緒に行ってくれる?私、友達と行ったことなくて……」


 意外なことによく喋る。

 黒髪を二つに束ねた地味な見た目で、眼鏡を掛けた大人しい女子のイメージだったんだけどね。

 電車に乗り込んで隣に並ぶと、背は低い。

 周りの女子達に比べても低い部類だろう。

 細身でお胸も莉子と同じくらいだと思います。

 お皿ですね。


(ただこっちはまだ15歳、成長の余地がですね……)


「それでね。お昼なんだけど……」


 おっとっと、見てませんよ?

 どうも渡辺……梓は陽キャグループに絡まれている、というかそのグループに入ってしまったようだ。

 彼氏持ちの女子のヒエラルキーは高い。

 一昨日は救急車が出動してしまったらしく、すでに俺のことは全校生徒が知るところになってしまった。

 入学式の日に告白して、うれしさのあまりに気絶して運ばれたヤツがいると……。

 しかも教師たちが俺が探索者だと話をしているのを盗み聞きした生徒がいたらしく、その噂は俺が学校に来ていない1日で全校に広まったのだとか。


(つまりこの梓さんも俺が探索者だとすでに知っている訳ですね)


 探索者と言えば、卒業間近になると進学しない不良の生徒がなるものとしてイメージは良くない。

 良くはないが、不良がなるものなのでこれまたヒエラルキーは高い。

 ヒエラルキーの高いジョブの恋人であるこの梓さんのヒエラルキーもまた鰻登りで、どこのグループからも引手数多なのだ。

 この子の傍にいれば地位が約束される、わかりやすいスクールカーストの上位キャラだからね。


(それにしても困った)


 この梓さんのこともだが、スクールカーストを決める大事な期間に俺はいきなり休んでしまったのだ。

 しかもヤバイヤツだとの噂が立っている。

 同じ中学出身の生徒はクラスにはこの梓さんだけ。

 友達、出来るかな……。



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