第20話 助走付けて反省
「良かったな、病気の弟がいて」
グーパンチ。
さっきより早いタイミングで完全に不意を突いたはず……。
にも拘わらず……。
「ぐへっ!」
「何すんだ、この野郎!」
「きゃあっ」
綺麗に顎にパンチをもらってよろける。
右のクロスカウンター……。
だが、今回は気絶しないで耐えられた。
でも痛い、さっきより痛いかも。
コイツ、最初から待ち構えていたのか?
煽って殴り掛かったのを、殴り返すつもりで?
なんてヤツだ!
(【時間遡行】!)
景色が歪む。
~~~~
「最近来ないと思ったけど、もう学校始まって……」
ならもっと前に戻ればいいだけだ。
煽られる前に殴る。
気付かれないように、なるべくノーモーションで、最速の突きを繰り出す。
(気が付いてない!もらった!)
スッ、と。
目の前に迫った俺の拳に気付いた様子もないのに避けてみせ……。
「グッ、へ?」
またも右のクロスが狙いすましたかのように俺の顎に決まる。
後ろに吹っ飛ばされて尻餅を突いたけど、意識はある。
「は?何してんだ、テメェ!ぶん殴るぞ!」
もう殴ってんじゃねぇか!
いや、コイツ、気付いてなかったのか?
無意識に俺の拳を避けて、無意識にカウンターを打ったと?
(そういうスキルか!?)
「ちょ、莉子!!アンタ何してんの!?太助君、大丈夫?し、支部長ー!!」
でもわかったぞ。
仕掛けがわかれば……。
(【時間遡行】)
景色が歪む。
次で終わりだ。
~~~~
「あ、太助君、久しぶ……」
協会に入って、黒川さんに声を掛けられる前に走り出す。
助走付けての右だ!
反応した莉子のスキルが回避を始めた瞬間、右手を引っ込める。
そしてカウンターとして出てきた莉子の右拳に被せるように左!
莉子の右拳が俺の顔面スレスレ、左肩の上を通過して、俺の左拳からはグシャリと嫌な感触が伝わってくる。
そのまま左を振り抜いて莉子を後ろの壁に叩きつける。
(俺のスキルの方が上だったみたいだな)
莉子のカウンタースキルを俺の【時間遡行】が上回った瞬間だ。
「お前、何してんだー!莉子、莉子ー!誰かー、早く来てー!支部長ー!!」
莉子は倒れ込んだままピクリとも動かない。
鼻先にめり込んだ左の拳は、そのまま鼻ごと顔面の骨も陥没させているように見える。
チョットやり過ぎたかな?
まあ俺も受付のカウンターにお腹をぶつけたけど、それより……。
左手の感覚がない。
代償として俺の左拳もグチャグチャに砕けているようだ。
ステータス差だな。
耐久値の差で俺の硬く握った拳より莉子の顔面の方が硬かったまである。
「どうしたの?え?莉子ちゃん?莉子ちゃん!キャーッ、どうしてこんなことに……」
支部長も出てきて大騒ぎに。
このまま罰を受けるべきなんだろうけど、それだと誰も得をしないからね。
(時間遡行……)
景色が歪む。
~~~~
「あ、太助君、久しぶりじゃない。昨日のオークションの結果は見た?」
いや、これダメだよね?
「はい、びっくりしました。これも黒川さんのお陰です。ありがとうございます」
黒川さんにも申し訳ない。
ずいぶん心配を掛けたと思う。
……覚えてないだろうけど。
「私は何もしてないわよ。普通に仕事をしただけなんだから。さあ、手続きしちゃいましょうか。書類持ってくるからちょっと待ってね」
俺がやったことは普通に犯罪だ。
折角すごいスキルを手に入れたのに、こういうことに使ってはいけない。
コレに慣れてしまえば、際限なく今回のようなこと繰り返すかもしれない。
「最近来ないと思ったけど、もう学校始まってたのか?お前って何年?3年じゃないよな?」
いや、実は途中で実際に殴る必要は無くなってたんだよね。
冷静に莉子のスキルを分析しだした時点で、冷静になってるからね。
冷静になって、それでも続けたのはスキルの有用性を確かめるためだった。
そこにもう怒りはなく、ただの理不尽な暴力だったのだ。
「1年です。明日入学式ですね」
さっきと同じ返答をする。
「はあ!?え?ってことはまだ中学生だったのか?嘘だろ?」
言わせないように誘導もできるけど、それじゃコイツが得をするだけ。
損得じゃないけど、なかったことにはさせない。
言いたいなら言えばいい。
ただ、後でちゃんとした方法で見返す。
「何?大きい声出して。また太助君に絡んでるの?やめてって言ってるでしょ!」
「いや、コイツ中坊だって!茉莉、知ってたか?」
俺はもう怒らない。
なんと言われてもやることをやるだけで、その為の【時間遡行】なはずだ。
「え?嘘でしょ?確かに若く見えるけど……。中学生に探索者のライセンスは発行されないって。ねえ?」
「はい。明日、高校の入学式なので高校生でいいと思います」
「ふえっ!?」
驚いてる黒川さんで癒される。
実は最年少のDランク冒険者なんですよ?
自慢したいけど、莉子の前なのでやめておく。
「どうやってライセンス取ったんだよ。歳誤魔化したのか?茉莉みたいに?」
「誤魔化しとらんわ!でもおかしいわね?高校生でも、4月に入ってからじゃないとライセンスって取れないわよね?」
黒川さんにそんな疑惑が……。
何歳くらいなんだろうね?
「だよな?まだ15か?茉莉の半分だぞ?」
「失礼な!まだ30じゃないわ!」
まだがやっぱり弱い……。
28歳か、29歳か……。
一回り以上は年上のようだ。
「特例で3月からダンジョンに入れるようにしてもらいました。病気の弟がいてポーションが必要なんです」
「えぇ、そうなの……大変ね。何かいい方法があればいいんだけど……」
これで次に莉子が……。
「特例?クソッ。なんでお前みたいな奴が探索者になれたかと思ってたら、特例かよ。はぁ。良かったな、病気の弟がいて」
良くはないだろう……。
「ちょっと莉子!言っていいことと悪いことがあるでしょ!アンタ、いい加減にしなさいよ!」
「病気ってことは薬草だよな?Cランク、それも未踏破ダンジョンのCランクエリアだ。やめとけ、お前じゃ死ぬだけだ。大体お前の親は何してんだ?ガキをダンジョンに行かせて、自分達はどこほっつき歩いてんだよ?」
本当に嫌な奴。
今に見てろ、すぐにCランクに上がって、この支部から出ていってやるんだからな。
「父はこの前のダンジョンブレイクで亡くなりました。冒険者で今まではその父が自分で薬草集めて弟にポーションを飲ませていした。弟はまだ10歳なので長時間は一人に出来きません。母か、俺か、話し合って俺が冒険者になることにしました」
事実だけを淡々と伝える。
そこに感情はない。
「え?」
「あっ……」
まだ何か言うかな?
「父親……、冒険者だったのか?ダンジョンブレイクで……、本当にこの前のことじゃん」
いや、コイツの父親も元冒険者。
元、つまり死んでるんだ。
最初からこれだけ伝えてれば、何も言ってこなかったかもね。
「嘘、私、何も知らなくて、ごめんね。Aランクになれるとか大変な時に期待を掛けるようなことを言っちゃって……、ごめんね。莉子、アンタも謝んなさいよ!」
黒川さんが莉子を責めるけどコイツには逆効果だろう……。
「……ごめん!悪かった、親を悪く言ったこと……、その、弟のことも……。謝る」
え?
謝るの……。
今更謝られると……。
俺は……。
「俺の方こそ殴ってごめん」
陥没した莉子の顔を思い出す。
左手に残る嫌な感触も……。
「「え?」」
コイツが謝ったのに俺だけ完全になかったことにするのは違うと思う。
だから謝るだけは謝っておく。
「な?コイツ、今から殴るぞってことか?先に謝っておくってか?」
「ちょ、ダメ!太助君!冒険者の力は人に使っていいものじゃないんだからね。落ち着いて!ライセンス剥奪されたら弟さんはどうするの?」
「いいぞ、掛かってこいやー!身の程をおしえてやるぜ!」
さっき教えてやったわ。
「ここにサインすればいいですか?」
スルーして黒川さんの持ってきた書類と向き合う。
「え?あ、そこにお願い。莉子の勘違い?そうよね。太助君がそんなことする訳ないもの。やだわ、もー」
ごめんさい、やりました。
でももう決めた。
【時間遡行】は悪いことには使わない。
莉子ですら反省して謝ることができるのだ。
俺も反省しよう。
理不尽な暴力を使ってそれを無かったことにするなど持っての他。
【時間遡行】はただダンジョンを攻略する為だけに使っていこう!
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