第9話 皿洗いのおじさん
今日は午前の内に四月から通う予定の高校に行って来た。
俺は特例で探索者をやっている。
探索者協会がウチの事情を考慮してくれて特別に許可してくれたからだ。
これはあくまでも探索者協会からの許可と特例である。
どこの高校も普通は探索者になることを禁止している。
見つかれば退学である。
だから母親と二人、学校に通わせてくれと頭を下げた。
結果から言えば条件付きで高校に通うことは許された。
テストの成績に順位はつかず、どんなに高得点を取っても常に点数は赤点ギリギリになること。
体育は見学。
問題を起こしたら即退学、などなど。
これらが学校側の出した条件だった。
探索者は普通の人間とは違い過ぎる。
ステータスやスキルはダンジョンの外でも効果があるのだ。
レベル7の俺はステータスの補正ですでにオリンピックの選手よりも速く走ることができる。
常人の2倍以上の動体視力と判断力に頭の回転、記憶力だって上がっているだろう。
(普通の人間がそれに嫉妬しないわけがない、か……)
教頭は高校時代成績がずっと2番だったと言っていた。
1番だったのは探索者をしていた生徒。
まだダンジョンが出現したばかりの頃の話だ。
法整備もされていない中で探索者はやりたい放題だったと……。
親の仇を見るような目で俺を睨んでいた。
今は厳しく取り締まってはいるが、それでも探索者や元探索者による犯罪は無くならない。
ライセンスを取得できない犯罪者集団は、闇ダンジョンという協会が管理どころか存在も知らないダンジョンでレベル上げをしているなんて噂もあるくらいだ。
海外だと探索者によるスパイや工作なんかも酷いと聞くし、今や兵士の訓練もダンジョンでのレベル上げが主流だと言う……。
(そう考えると通えるだけマシか……)
別に高校には行かなくてもいいと思っていた。
ダンジョンに入ってしまえば学歴は関係ないからね。
それでも母親の強い希望で今日はお願いしに行ってきたのだ。
最初は冒険者学校を進めていた校長が、最終的には味方に回ってくれたのが大きかった。
俺は冒険者学校には行けないのだ。
あそこは卒業するまではDランクからの昇格を許していない。
俺はすでにDランクだし、Cランクに上がってポーションの素材を集める必要があるからね。
(魔法大学を目指せ、か……)
校長が他の教師陣を説得する為に言ったことだ。
探索者は普通の大学にも進学は難しい。
だが、魔法大学という魔法物理学を専門に扱う大学が探索者を受け入れている。
そこは教授陣も高ランクの探索者で、最近では立て続けにノーベル賞受賞者を出すなどその活躍も甚だしい。
もちろん人間離れした探索者が挙って受験するのでそのレベルはずでに日本一と言ってもいいだろう。
とても一般の高校生が現役で合格できるものではない。
そことの繋がりが出来るなら俺を受け入れるのも悪い話ではないと……。
嫌な大人たちの無遠慮な言葉にさらされて、全員ぶっ飛ばしてなかったことにしようかとも思っていたが、教師にも校長のような人もいるんだと思えた日だったね。
(あちゃー。今日は黒川さんいないのか……)
お昼前に浦和支部に着いたけど、受付に黒川さんの姿はない。
しかも窓口に座っているのは口悪受付嬢の莉子だけ……。
あとその前におじさんが一人。
(面倒だな、着替えたらサッとライセンスを見せてダンジョンに入ろう)
ダンジョンに入る前にD、E、Fと支部に3つあるどのダンジョンに入るかを窓口に申告しないといけないのだ。
「おい、皿洗い!」
まずは着替えようとロッカールームに向かおうとしたら莉子に呼び止められる。
皿洗いはもしかしなくても俺のあだ名か?
コンビニじゃないんだからさ。
……黒川さんにもそう呼ばれてたらどうしよう。
戻るか?
「はい!何でしょう!」
突然受付の前に立っていたおじさんが大きい声で返事をした。
「きゅ、急にどうした?なんでアンタが返事するんだよ……」
これには莉子もビックリ。
俺もだけど。
「え?あっ、スイマセン!昨日までずっと皿洗いの仕事をしていたもので、私のことを呼ばれたのかと思いまして!違いましたか?」
このおじさん、リアル皿洗いの人か……。
「お、おう。皿洗いはそっちのヤツのあだ名だ。おっさんじゃない。おい、お前。このおっさんを連れてFランクダンジョンでスライム倒させてこい」
「え?なんで俺が?」
Fランクでスライム、そう聞いて理解する。
昨日俺も初心者講習でやったやつだ。
ランダムスキルかジョブを獲得して戻ってくる……。
このおじさん初心者なのか?
そっか昨日まで皿洗いの仕事してたって言ってたもんね。
「見てわかんねぇのか?今日はアタシしかいねぇんだよ。この前のダンジョンブレイクのせいで職員が本部に駆り出されてて人手不足なのに、さっき支部長まで呼び出しが掛かって誰もいねぇんだよ。アタシはここから離れられないからお前が代わりに行ってこい!」
この前のダンジョンブレイク……。
胸がキュッとなる。
つい10日程前に起こったばかりだ。
日本最大のダンジョンであるさいたまダンジョンで起こったダンジョンブレイクは周辺に甚大な被害の爪痕を残した。
新都心の駅前はグチャグチャで未だに駅は動いていない。
俺の家もそっちなのでここに来るのにも不便をしている。
そんな状態でも他の支部を稼働させているのは、他のダンジョンにもダンジョンブレイクの危険性があるからだ。
モンスターを定期的に間引いていかないとダンジョンブレイクが起こる。
まあ町中にある支部はどこもDランクまでなのでモンスターも弱く、銃とかでも倒せるからそこまでの被害は出ないだろうけどね。
じゃあなんでさいたまダンジョンのダンジョンブレイクがそこまで被害を出したかというと、さいたまダンジョンは世界でも7つしかない、Aランクを越える未踏破のダンジョンだからだ。
クリアできないから町中にあってもダンジョンゲートを消すことが出来ないでいる。
一生懸命間引いてはいるんだけど、今回はAランクパーティーが2つも長期不在だったのでダンジョンブレイクが起こったと言われている……。
「わかりました。やらせてください」
「え?嫌に素直だな。まあいいや。さっさと行ってこい」
これはラッキーだ。
この疑問が解ければ……。
︙
︙
「おじさん。始める前にお願いがあるんだけどいいですか?」
「はい!何でしょう!」
おじさんと二人でFランクダンジョンに入り、うまい具合に水スライムを見つけられたので時間を確認してから声を掛ける。
「実は俺のランダムスキルは【予知】なんですよ。未来のことがわかるんです。そのスキルでおじさんのランダムスキルの獲得のお手伝いをさせてもらえませんか?」
嘘です。
平気で嘘をつく悪いヤツになってしまったが、これも【時間遡行】で戻れば嘘をついてないということになる……、かな?
なんでこんなことを言ったかというと、ランダムスキルが天性のモノか、それともレベルが1になった時にランダムに覚えるモノなのかを調べる為だ。
莉子の横暴ともいえるお願いを聞いたのもその為。
もし天性のモノならば……。
父親を蘇らせることが出来る。
ちょっとドキドキしてきたね。
「なんと、本当ですか?それはすごい!ぜひお願いしたいです!」
うーん。
簡単に信じるね。
悪い奴に騙されないか心配になる。
おじさんの手には包丁。
元料理人らしいが、仕事は皿洗いばかりだったらしい。
先日のダンジョンブレイクでモンスターにお店がぶっ壊されて、クビになったんだとか……。
最後の給料が未払いだったとか、超ブラックな環境だったのは間違いない。
すでに騙されてましたね。
しかし騙しやすいなら好都合。
「一つだけお願いがあります。どんなスキルが出ても正直に話してほしいんですよ」
「なるほど!予知能力ですからね!私が何のスキルを覚えたか分からない未来を予知しても意味がないですからね!わかりました!約束しましょう!」
おお、今の一言でこちらの言いたいことを理解するとは、冴えない感じのおじさんなのに頭は悪くないみたいだ。
これで条件はクリア。
「あ、ちなみにおじさんの欲しいスキルってなんですか?」
「おじさんはこう見えて運動が苦手なので、遠距離で戦える魔法攻撃のスキルが欲しいですね!おじさんは魔法使いになりたいです!」
一人称が私からおじさんになったね。
気にしてるのかもしれない。
おじさん呼びはマズかったかな?
しかしこう見えても何も、運動は得意そうに見えない見た目だぞ?
「魔法スキルですね、了解しました。では始めましょう。俺が『今』って言ったらスライムから魔石を引き抜いてください」
ここでもう一度時間を確認する。
「行きます!」
おじさんが水スライムに手を突っ込んだ。
「……今!」
最初なのでどうでもいいが、雰囲気を出すために一拍置いてから声を掛けた。
「とりゃー!す、【ステータス】!おお、本当に見えた!スキルは……、さ【皿洗い】!【皿洗い】です!スキルでお皿が洗えるんですか?これは神スキルなのでは!?」
「え?」
まさかの都市伝説スキル……。
しかし、いかにもおじさんっぽいスキルだな……。
これは天性のスキル説に期待が持てるのでは?
「神スキルのようですが、攻撃魔法スキルではないようですね!あっ!もしかしておじさんがタイミングを外してしまいましたか?」
(【時間遡行】)
天性のスキル説があっているなら……。
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