第10話 裸の賢者
一分経ったのでさっきの地点に戻ってきた。
今からおじさんがスライムに手を入れるはず……。
「行きます!」
「待った!深呼吸しましょう。深呼吸してからお願いします」
さっきと同じ行動をすると同じスキルが出てもおかしくないからね。
タイミングをずらして何回かやってもらって、それでも【皿洗い】なら……。
その時は父親が、父さんが……。
「なるほど!落ち着くのは大事ですね!スーハー!スーハー!行きます!」
「今!」
逸る気持ちを抑えきれず、すぐに声を掛けてしまった。
結果は……。
「とりゃー!す、【ステータス】!おお、本当に見えた!スキルは……、し【身体強化】!【身体強化】です!」
あ……。
変わった……。
(ランダムスキルは、レベル1になった時にランダムに与えられるスキルだった、か……。そうか……、これで父さんは……)
俺が戻せる最大の時間は24時間、そこからさらに24時間も戻せるはずだけど……。
【時間遡行】を覚えた時間から24時間戻っても、次は【時間遡行】を覚えることが出来ないから、それ以上は戻ることはできない。
父親が死んだの10日も前……。
だから……。
「どうしました?顔色が悪いですよ?あ、魔法スキルじゃありませんでしたね!いえ、気にしなくてもいいんですよ!きっとおじさんが引き抜くタイミングが遅かったんです!だから……、だから泣かないで!」
え?
俺、泣いてるの?
自分の顔を触って初めて涙が零れていることに気が付いた。
そっか……。
俺は泣いているのか……。
「【時間遡行】」
~~~~
「行きます!」
おじさんが水スライムに手を突っ込んだ。
「………」
葬式の時にも泣けなかった……。
弟も、母親も、親戚も、他人である参列者達の多くも泣いていたのに……。
この後どうしたらいいのか、どうやって探索者になるのか……。
探索者になれたとしてうまくやっていけるのか……。
もしならならなかったらどうなるのか……。
そんなことばかり考えていたのだ。
悲しんでいる余裕がなかったのかもしれない。
父親との関係は良くなかったと思う。
弟が生まれてからは両親は体の弱い弟に掛かりっきりだった。
良い子にしてろと家に一人残されることも多かった。
そういうときは一人でゲームをしていたな。
もっぱらやるのはRPG。
セーブとロード。
【時間遡行】はゲームに似ているね。
今のところうまくいっているのはそのゲームの経験が生きているのかもしれない。
「あ、あの?まだでしょうか?」
「………」
弟の病気はすごくお金が掛かって、父親はいつも残業して帰りが遅かった。
まともに話すようになったのは俺が中学に上がってからだろう。
父親が探索者になったから頃からだ。
暗くなったらダンジョンは危ないので、早く帰ってくることが多くなった。
泊りでの探索も多かったけど、そのあとは大体長い休みに入ったりした。
夕食の後、酒を飲みながらダンジョンの話を俺と弟に聞かせる。
それが日課になっていた……。
今思えば、その時間が好きだったのかもしれない。
自分の部屋に戻らずにリビングで黙って話を聞いていたんだからね。
ポーションが手に入るようになって、弟は学校に通えるようになって反対に父親に学校の話を聞かせるようになって……。
うまく行っていた……。
全部うまく行き始めていたのに……。
「……泣いているんですか?」
「今!」
「え?あっ、はい!」
泣いていること気が付かれて、誤魔化すために合図を出した。
「スキルは?」
「は、はい!【ステータス】。【防具強化・鎧】ですね!申し訳ありません!合図の後、すぐに反応することが出来ませんでした!……あの、大丈夫ですか?」
おじさんが謝る必要はないのにね。
スキルを外して被害を受けたのはおじさんだろうに……。
それでも俺のことを心配してくれるこのおじさんはとてもいい人だ。
「【時間遡行】!」
~~~~
「行きます!」
本当はおじさんに【予知】なんて嘘を教える前に戻ろうと思っていた。
でも、このおじさんのお陰で父親を蘇らせることが出来ないことがわかったのだ。
俺のことを本気で心配してくれてたし、どこか憎めないところがある。
「今!」
「とりゃー!す、【ステータス】!おお、本当に見えた!スキルは……、【シールドパリィ】で……」
「【時間遡行】!」
~~~~
「行きます!」
恩を返そう。
「今!」
「とりゃー!す、【ステータス】!おお、本当に見えた!スキルは……、【スラッシュ】です!」
「【時間遡行】!」
せめておじさんが望んだ魔法スキルが手に入るまで付き合おうじゃないか。
~~~~
「【皮なめし】」
「【時間遡行】!」
~~~~
「【気配遮断】」
「【時間遡行】っ」
~~~~
「【武器強化・鞭・極】」
「【時間遡行】ー」
~~~~
【掃除】【吸血】【鍛冶】【闘気】【チャージ・槍】【伐採】【打ち返し】……
~~~~
魔法スキルが手に入るまで付き合きあう。
そう思っていた時期が思っていた時期が俺にもありました……。
(全く出ないじゃん、攻撃魔法スキル!)
滅茶苦茶疲れてきた。
いや、現実には2分も経ってないんだけどね。
100回もやったら疲れるよ。
もう最下級の【ファイヤーボール】でいいから出てくれ……。
「とりゃー!す、【ステータス】!おお、本当に見えた!スキルは……、いや、ジョブです!【賢者】です」
(ハイハイ、今回もダメだったよっと、【時間……。ふぇ?ジョブ!?)
「ま、魔法職っぽい名前ですね!すごいです!流石【予知】!」
全裸のおじさんが喜んでいる。
「す、ステータスは?魔力は?」
100回を超えて初めてジョブが出た!
「魔力は……5です!他は1だけど魔力5!魔法職ですよね?【賢者】は魔法使いのジョブですよね?」
5!
レベル1で5ってことはレベルが1上がるたびに5も上がるってことだ。
小数点以下は見えないのでそれ以上って可能性もある。
俺の【戦士】の一番高い腕力が2だけど、【賢者】は5!
間違いなく上級、それもBランク以上のダンジョンコアからしか出ないようなレアジョブだ。
「やったーーー!終わったーーー!」
全裸のおじさんと小躍りして喜び合う。
いや、タイミングが最悪だったね……。
あまりにも出ないから踊ってみたり、逆立ちしてもらったりしたんだけど、今回は裸になってもらってたんだ……。
いやいや、都市伝説にあるんだって、裸になったらいいアイテムが出るとかさ……。
そんなことを言ったらおじさんは躊躇なく脱ぎだした。
このおじさん、脱ぎ慣れている……。
「終わった?何を言い出すんですか?おじさんの冒険はこれからが始まりですよー!あ、何かお礼をさせてください!貴方のスキルのお陰で望んだものが手に入った訳ですから!」
「いや、お礼を言うのは俺の方です。ありがとうございました。俺もスキルの検証が出来て助かりましたからね。ただ俺のスキルの事は秘密にしてほしいんです。あまり目立ちたくないもので……」
ちゃんと口止めをしておけば、このおじさんなら大丈夫だろう。
「【予知】ですか!素晴らしいスキルですからね!わかりました!おじさんはこれでも口が堅いんです!前の職場で同僚がお店のお金をくすねているのを目撃してしまったのですが、おじさんが疑われても決してそのことは言いませんでした!だから安心してください!あ、今言っちゃいましたね!まあお店も無くなったのでセーフということで!はっはっはっはっは!」
おじさん……。
皿洗いばっかりさせられてたのはそれが原因です……。
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