第7話 無傷の勝利
Eランクダンジョン1階層。
ここもフィールドダンジョンなので野外で太陽が見えるエリアになっている。
どういう原理かはわからないけど、外の時間と連動して日が沈んだり、登ったりするらしい。
(まだ午前中だから、あっちが東でいいのか?)
そういうのは冒険者学校に行けば教えてくれるんだろうけど、俺が春から通うのは普通高校だ。
探索者になるって決めたのもごく最近、高校の合格発表が終わった後だったからね。
(迷子になりそうだな)
周りには木々が生えていて、深くはないが森といった感じ。
次の階層のゲートを見つけられずに迷子になる、なんてこともありそうだ。
でも安心してほしい。
俺には【時間遡行】があるので迷子になったらこの時間に戻ってくればいいだけなんだよね。
腕時計で時間を確認。
これで大丈夫……。
「うわっ、ゴブリン……。キモっ!」
顔をあげたらその先にゴブリンを見つけたけど、その姿は醜悪そのものだ。
肌は緑で、禿げ上がった頭に尖った耳。
眉はなく三角な目の中には紫の瞳。
開きっぱなしの口から牙が飛び出している。
そして何より頭から二本の角が突き出ている。
二足歩行ではあるけど、人間ではないのが一目でわかる見た目だ。
「Gururu!」
あ、キモいなんて言ったから怒ったのかも……。
ゴブリンが棍棒を振り回しながら襲い掛かって来たので、俺も剣を抜いて振りかぶりタイミングを合わせる。
「どりゃ!」
1階層のゴブリンは子供サイズなので間合いも俺の方が広い。
当然先に攻撃できるのも俺。
思いっきり振り下ろした剣は棍棒で受けられたが、それでも肩口に深々と食い込んだ。
これは致命傷なはず。
(気持ち悪い……)
ゴブリンの顔が、ではない。
スライムとは違う、肉を斬った感触……。
そこから噴き出した紫の血の臭い……。
思わず距離を取っていた。
「ま、魔石……。魔石を取らないと……」
声が震える。
モンスターの心臓の付近には魔石が埋まっている。
魔道具の燃料になる、探索者の飯の種だ。
ゴブリンの死体からこれを取り出さないといけない……。
Eランクの一階層に出てくるモンスターの魔石なんて買い取り額は10円程度の物。
しかしながら魔石の代わりにスキルオーブが入っている可能性があるのだ。
得異個体というモンスターがいる。
何時も出てくるモンスターとは見た目が違ったり、持っているはずのないスキルを使ってくるモンスターのことだ。
その得異個体は青い魔石を持っていて、それがスキルオーブとなる。
普段使ってこないスキルを使ってきたら、そのスキルで確定だね。
ただ、足の指が一本多いとか、パっと見ただけでは得異個体というのがわからないことも多いし、【皿洗い】みたいな戦闘には役に立たないスキルを覚えていたら使ってくることも無い。
胸を開けて魔石の色を確認しないといけないのだ。
「うっ、ッ、おえっ」
剣を突き刺して切り開き手を突っ込んむ
嫌な感触を味わいながら魔石を取り出す。
抜き出した手を開けば、魔石の色は赤。
ゴブリンの紫の血がこびり付いて酷い臭いがする……。
「うげっ、おえっ、――――」
吐いた。
靴や足に付けた鎧にも掛かった。
手はゴブリンの血でグチャグチャ……。
最悪だ。
【時間遡行】で戻りたいところだけど、今のままだと同じことの繰り返しになる気がする。
(慣れるしかない……)
俺にはグロ耐性はなかったようだ。
『お前、才能ないよ』
口悪受付嬢の言葉を思い出す。
仰る通りで……。
でも、やめる訳にはいかない。
反骨精神でなんとか歩みを進め2階層へのゲートを探す。
何匹もゴブリンを倒しては魔石を確認する、そして吐くのを繰り返して進むこと1時間……。
フラフラになりながら、ようやく2階層へのゲートを見つけた。
(意外と近くにあった……)
暗くなる前に帰って来いと支部長は言っていた。
なら最短で進むべきだろう。
「【時間遡行】」
視界が歪む。
先は長そうだ……。
~~~~
一時間以上掛けて次の階層のゲートを見つけ、モンスターの配置も覚えたら戻って20分でクリアする。
それを繰り返して6階層。
ゴブリンにも慣れてきたと思ったら、ここから犬のモンスターが出てくるようになった。
ゴブリンテイマーが連れているブラックドッグだ。
その名の通り黒い犬だね。
こいつが厄介。
モンスターの配置を覚えているので、2回目は不意打ちが基本になっていたんだけど、ブラックドッグは後ろから近づいてもこちらに気が付く。
ワンッと一鳴きしたら、一緒にいるゴブリン達が一斉に振り返る。
面倒なので、犬を連れた集団とは戦わないことにした。
集団戦にも慣れてきた。
集団戦と言うか多対一なんだけどね。
不意打ちで数を減らし、もし怪我をしたらすぐに【時間遡行】で戻る。
相手の動きがわかれば次は怪我をしない。
ゴブリンの動きは単調でフェイントに引っ掛かりやすい。
踏み込むふりをして武器を振らせれば、楽に倒せるのだ。
これはホブゴブリンでも一緒。
大きいだけのゴブリンだ。
7階層。
ワイルドボアに乗ったゴブリンライダーに轢かれた。
もはや交通事故だった。
跳ね飛ばされたまま空中で【時間遡行】を使ったけど、あの時は足が折れていたかもしれない。
戻っても違和感があったからね。
幻肢痛というヤツだろうか?
8階、9階、10階ともモンスターの数が増えて森も深くなる。
ゴブリンアーチャーは配置がわかっていれば怖くない。
ゴブリンメイジも一緒。
一回火だるまになりそうになってからは最優先で倒してる。
この時に【時間遡行】の時間をセットしてスタンバイ状態にすることを思いついた。
これなら一瞬で使える。
視界はちょっと塞がるけど、安全第一だ。
「よしっ!ここまで5時間掛かってないな」
10階層にあるボス部屋のゲートを見つけた。
実際には15時間以上かかっているので、物凄く疲れた。
【時間遡行】は体力や怪我は元に戻るけど、精神的な疲れは溜まっていくようだ。
ちょっと頭が痛い。
でもボスを倒せば一気に地上に戻れる。
もうひと頑張りしよう。
「【ステータス】」
名前:田中太助
ジョブ:【戦士】
Lv:6
HP:91/180
MP:44/90
腕力:12
耐久:12
敏捷:12
魔力:9
スキル:【時間遡行】【皿洗い】
スキルポイント:6
怪我はしてないけど、レベルが上がってもHPは回復しないので、自然回復した分しかないね。
レベルは6まで上がっているけど、少し足りないかもしれない……。
急ぎ過ぎたからね。
モンスターのレベルは出現した階層と同等というのが一般的な説だ。
得異個体やモンスターパレードで下の階から上がってくるモンスターは別だけどね。
モンスターパレードとは下層のモンスターが地上に向かってゲートを抜けて上がって来ることだ。
普段モンスターはゲートを忌避して近くには寄って来ないのだが、モンスターパレードの際には一直線にゲートに向かうらしい。
モンスターが地上に出ればダンジョンブレイクと呼ぶ。
そして地上に出たモンスターは見境なしに人を襲って大惨事となる。
嫌なことを思い出したな……。
「……行くか」
時計を確認して、【時間遡行】もスタンバイ。
一分経つごとに【時間遡行】の戻る時間も1分進めるのを忘れないようにしよう。
ボス部屋のゲートに入れば、部屋の中心には大きなゴブリンが一匹。
浦和支部Eランクダンジョンのボスはゴブリンチャンピオンとなる。
大きいと言ってもゴブリンにしては、だ。
俺よりは少し小さいくらいで160センチはなさそうに見える。
だが手には背丈ほどもあろうかという大剣を携えている。
(まずは様子見。動きを覚えるんだ)
レベル差はあるかもしれないが、俺には【時間遡行】がある。
動きのパターンを覚えて、カウンター狙いなら何とかなるはずだ。
10階層まではそれで問題なく戦えていた。
(速いっ!)
そして大きな剣を片手で難なく振り回す力。
受けてもダメだ、吹っ飛ばされて隙が出来る……。
(時間遡行!)
~~~~
横薙ぎの攻撃は避けられない。
不用意に懐には入れない……。
(時間遡行!)
~~~~
縦の振り下ろし。
これだ。
地面に剣が突き刺されば一瞬隙が出来る。
これを誘うんだ。
(時間遡行!)
~~~~
間合いが足りない。
もう一歩踏み込みたいけど、それだと簡単に躱される。
何かないか?
(時間遡行)
~~~~
まず振らせる。
(ここっ!手首だ!)
振り下ろされた大剣を持った手首に、俺も剣を振り下ろす。
(よしっ!武器を落とし……グボッ)
反対の手で殴られた。
素手もイケるらしい……。
(時間遡行)
~~~~
何回戻ったのかは覚えていない。
でも無傷での勝利です。
なんかボコボコにされた気がするけど……。
(今怪我してないんだから無傷でいいよね?)
横たわり、もはや虫の息のゴブリンチャンピオンだが、まだ生きてはいる。
死なれると宝箱を厳選できないからね。
もう少し付き合ってもらおうか。
時計を確認して戻る時間を決めたら、剣を振り下ろす。
……慣れるもんだね。
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