第2話 スーパーヒーローの息子

 少し時間を

 物語は俺、田中太助たなかたすけが何故探索者になったのか、というところから始まる。





「俺、探索者になるよ」


 父親の葬式が終わり、一段落したところで母親にそう宣言した。

 父親が死んだのは俺の高校の合格発表の日だった。

 ダンジョンブレイクが起こったのだ。

 ダンジョンブレイクとはダンジョンからモンスターが溢れ出してくる現象のことをそう呼ぶ。

 探索者だった父は緊急の出動命令を受け、現地に向かったのだとか。

 そこで逃げ遅れた子供を庇って死んだそうだ……。


『あの人らしい』


 弔問客は口を揃えてそう言った。


「太助!あんた、自分が何言ってるのかわかってるの?お父さんが死んで、あんたまで失ったら……」


「でもポーションは必要だろ?」


 俺には生まれつき心臓の弱い弟がいる。

 小学校に上がるまでは走ることもできない体だったが、ポーションと呼ばれるダンジョンから産出される希少な素材から作られる薬によって病状は劇的に回復した。

 10歳になった今では休まず小学校に通えていて、体育の授業も普通にこなしている。


「お金ならお母さんが何とかするから……。お父さんが残してくれた蓄えだってあるのよ?だから、ね?」


「金じゃないんだ……。わかってるだろ?抽選か、順番待ちか。何れにしても毎月は手に入らないんだ。なら俺が探索者になるしかない」


 ポーションは希少な薬だ。

 求める人はたくさんいても、供給がそれに追いついていない。

 ダンジョンを管理している探索者協会が毎月一定数を売ってはいるが、予約して何ヶ月も順番待ちしないと手に入らないのだ。

 偶に高額の売却を狙った探索者がオークションに出品したりするが、とても毎月使えるような値段ではない。

 弟には月に一度ポーションを飲ませる必要がある。

 それが学校には通える最低ラインだと医者に言われている。

 もしもこのままポーションが途切れれば、小学校どころかベッドで寝たきりの生活が待っているかもしれない。

 弟の症状が劇的に回復したのは、三年前に父が探索者になったからだ。

 自ら素材を集めてポーションを作る。

 これならばポーションは完全に自分のモノとなる。

 鮮度によっても効果が変わってくるので、弟に必要な効果を得るには、ポーションのメイン素材となる薬草を採取してから三ヶ月以内に飲ませないといけない。

 父親が死んだのは素材を薬草を採取してきて休暇に入っていた時だったので、あと三ヶ月は持つ計算になる。

 つまり三ヶ月以内に俺がダンジョンに入って新しいポーションの素材となる薬草を採取してくる必要がある。


「それなら、それなら母さんが探索者になるから……。あんたは……」


 無理を言う……。

 母親が運動をしているところなど見たこともない。


「母さんよりは俺が探索者になった方がマシだろ?俺が探索者になるには親の同意がいるんだ。学校に説明しないといけない。頼むよ」


 俺は部活にこそ入ってはいないが、短距離走なら運動部にも負けないし、それなり動ける方だと自負している。


「待って、この話は後にしましょう?栄太に聞かれるとよくないわ」


 栄太は俺の弟、田中栄太たなかえいたが名前だ。


「栄太は泣き疲れて寝てるよ。あの分ならしばらく起きないよ。ずっと泣いてたからね。……たぶん父さんは栄太にとってはスーパーヒーローだったんだろうね」


 弟は父親が死んだとわかってからずっと泣いていた。

 葬式の最中もずっと……。

 余程父親のことが好きだったのだろう。


「スーパーヒーロー?」


「ずっと苦しん出来た病気を治してくれたんだよ?医者でも治せなかったやつをさ。小学校に行きたいって言いだした栄太の為に仕事辞めて探索者になって、自分で薬の調合まで初めてさ。スーパーヒーロー以外の何者でもないよ」


 ダンジョンに泊まり込んで帰って来ないことも多い父親のことをいつも心配していた。

 普通は普段家にいない父親よりも一緒にいてくれる母親の方に懐くものだ。

 俺がそうだったからね。

 でも、弟はずいぶん父親に懐いていた。

 自分の病気を治してくれたのは父親だとよくわかっていたからだ。


「そうね。フフッ、テレビに出てくるヒーローみたいな人だった。まあ栄太の病気は完全に治ったってわけじゃないけどね……」


「だからなんだよ。父さんをスーパーヒーローのままにしておくには栄太の病気は治ってないといけない。ポーションを切らしたらいけないんだ。このままポーションが切れて小学校に通えなくなったら、父さんのしてきたことの意味も無くなる。だから俺が探索者になってダンジョンでポーションの素材を取ってくる!」


「……わかった。あんたを、太助を信じる。だって太助は……、スーパーヒーローの息子なんだから!」


 子供の夢を守るため、俺の戦いが始まった。





「じゃあ最後にこの書類にサインしてくださいね」


 意外なほどあさっりと申請は通り、俺は探索者となれた。

 後はこのにサインして実地講習を受けるだけ。

 この同意書は怪我をしたり、たとえ死んだりしても国や探索者協会を訴えないって内容だね。

 これにサインすると協会側に非が無い限りは訴えても無効になるのだ。

 サインしないとダンジョンに入る許可証となる探索者ライセンスが貰えないから、サインするしかないんだけどね。


(田中太助っと)


「はーい、ありがとうございます。じゃあダンジョンの方に入ってレベルを上げてもらって、その後はジョブの獲得ですね。ダンジョンには支部長がお供しますので、このままお待ちください」


 俺がサインをした同意書を持って探索者協会の職員が奥へと下がっていく。

 ここはさいたま市にある、D、E、Fランクの管理ダンジョンがある探索者協会の支部だ。

 ダンジョンはAランクが最高難度でFランクが一番攻略が簡単となっている。

 出てくるモンスターも一番弱いダンジョンってことだ。

 つまり、ここは初心者から中級者向けの支部ってことになるね。

 各ダンジョンに入るにはそれぞれのダンジョンと同じ探索者のランクにならないと入ることが許可されない。

 ポーションの素材が手に入るのはAランクのダンジョンだが、Aランクダンジョンだけは別で、ランクを問わず探索者なら誰でも入ることが出来る。

 だが、ランクごとに許可されている階層までしか立ち入ることができないので注意が必要だ。

 Cランク、それがポーションのメイン素材となる薬草が生えている階層に入ることのできるランク……。

 三ヶ月以内にCランクまで上がり、この初心者向けの支部を巣立ってAランクダンジョンのある探索者協会本部へ。

 それが俺の当面の目標となる。

 まあ、まずは今からFランクのダンジョンに入ってレベルを1にして、またここに戻ってこないとね。

 モンスターを1匹でも倒すとレベルが1になり、『ステータス』を見ることが出来るようになる。

 レベル1になるとスキルかジョブがランダムで一つ手に入るらしいので今から楽しみだ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る