します、させます、させません

木村雷

第一章 まず服を脱ぎます

第1話 風が吹けば桶屋が儲かる

(1、2、3。ここだ!)


 ドラゴンが体を起こしたら3秒後に尻尾攻撃が来る。

 まったく同じ動作だ。

 大縄跳びにしては太すぎる尻尾を真上に全力ジャンプして回避する。

 着地をすればドラゴンは後ろを向いてを晒している。

 酔った父親が冗談交じりで言っていたドラゴンの弱点……。


「【バースト・ジャベリン】!」


 至近距離からドラゴンの槍を投げ込む。

 【バースト・ジャベリン】は槍の穂先に込めた魔力が突き刺さった後に爆発するように広がるだ。

 突き刺さりさえすれば、必殺の威力を誇る俺の切り札。


「グギャーーーーッ!!!」


 然しものドラゴンも体内からの爆発には耐えられなったようで、叫び声を上げて崩れる。

 だがまだコイツは死んでいない。

 ここで油断して死人が出た。

 武器を無くしたので、足元に落ちている剣を拾い上げてドラゴンの背を駆け上がる。

 もちろんだ。

 

(急げ!起き上がったらブレスで死人がでる!)


 目標は翼の間に一枚だけ逆に生えている鱗。

 ドラゴンの本当の弱点を守る逆鱗……。

 逆鱗の位置はドラゴンの個体ごとに場所が違う。

 でもコイツの逆鱗の位置は


(ここ!)


 小さい、この巨体を誇るドラゴンからしたら本当に小さい、掌ほどの鱗。

 その逆鱗からほんの少しだけ見える地肌を目掛けて拾った剣を振り下ろす。

 逆鱗はドラゴンの鱗の中で最も硬い一枚だ。

 普通の鱗でさえ低レベルの俺では貫くことは不可能。


(でも今なら!)


 痛みに体を丸めている今だけは体と鱗の間に僅かな隙間が出来ている。

 そこに剣を思いっきり突き立てる。


「グォーーーーッ!!!」


 再びの断末魔。

 ドラゴンが体を仰け反らせた反動で背中から振り落とされるが、勝負はあった。

 レベルアップだ。

 仰け反ったドラゴンが地面に崩れ落ちる前にHPが0になり経験値が入った。

 終わったはず。

 ……。


「「「うおーーーっ!!!」」」


 に歓声が上がる。


『アイツ、本当に一人でやりやがった!』


『初めて見る顔だぞ?Aランクの探索者か?』


『若くねぇか?大学生にも見えないぞ』


『ラッキー、何もしてないのにレベル3つも上がったぜ』


『おい、分配どうなるんだ、分配』


 俺も今のでレベルがずいぶん上がってる。

 分配に関しては心臓が貰えれば後は好きにすればいいさ。

 これでが……。


「和美ーーー!目を開けて!」


 歓声を掻き消すように響き渡る叫び声に、誰もが口を閉じてそちらに視線を向ける。

 叫び声の主の女の子は倒れ込んだもう一人の女の子を抱えている。

 周りに3人、女の子だけの有名パーティーだ……。

 あれは【ファイヤーアロー】の人……。

 倒れているのはさっきの剣の主……。

 ウソだろ?

 いつやられたんだ?

 尻尾攻撃か?

 いや、その前から剣は落ちていた。

 俺がここに来る前か?

 駆け寄った別のパーティーの探索者が倒れた女の子の脈を確認して首を振った。

 という意味だろう。

 あるいはもう死んでいる、か……。


「イヤーーーーッ」


 4人の女の子が絶望の表情を浮かべる。

 か?

 いや、無理だ。

 

 このセーフエリアに辿り着くのも最速だったし、これ以上早くは倒せない。



 それは出来ない。

 俺にはどうしてもドラゴンの心臓が必要なんだ。

 でも……、でも人が死ぬのは……。


「【時間遡行】」


 そう呟いた瞬間に意識は遠のき、別の場所へと移動する……。





 目が覚める。

 カレンダーを確認すれば日曜日の朝だ。

 

 

 50時間くらい寝てなかったから、起き上がるのもしんどい。

 この分だと、もし間違って寝てる時間に戻ってしまっていたら、そのまま一日寝たままだったかもしれない。


(時間がない。急がないと……。ここから最速でセーフエリアに向かう)


 今まではドラゴンがが、今は湧くずいぶん前だ。

 

 それならそれでしょうがない……。

 人が死ぬよりはずっといいだろう。

 歯磨きもそこそこに、手櫛で髪を直しながら家を出る。





 俺の名前は田中太助、16歳の高校一年生だ。

 高校生ではあるけれど、探索者というダンジョンでモンスターを倒す仕事をしている。

 モンスターを倒すことによってレベルが上がりスキルを覚え、普通の人間には出来ないことが出来るようになったりする。

 覚えられるスキルは様々だけど、俺は初めてモンスターを倒してレベルが1になった時に【時間遡行】というスキルを覚えた。

 もうお気付きかもしれないが、俺の意識だけを一定時間戻す、というやつだね。

 一回に戻れる時間は最大24時間だけど、そこから更に24時間戻ることが出来るので、実質無制限ではある。

 無制限ではあるけど、このスキル、使うとかなり疲れる。

 未来から跳んできた俺の記憶が一瞬で脳に書き込まれるからか、使い過ぎるとすごく眠くなるし、偶に鼻血を出したり、倒れたりしたこともあった。

 ちなみにレベルとかも戻ってしまうから、無限にレベル上げとかはできない。

 低レベルでドラゴンとまともに戦えない。

 それが目下の悩みである。


「到着、と」


 日本最大のダンジョンである通称『さいたまダンジョン』にやってきた。

 ここの15階層にあるセーフエリアにドラゴンが湧く、……かもしれない。

 風が吹けば桶屋が儲けるとはよく言ったもので、現在の行いで未来が変わる様に、過去の行いで現在も変わる。

 特にダンジョンは魔素と言われる魔力の元となる微粒子の流れで、モンスターが湧いたり、湧かなかったり。

 アイテムが落ちたり落ちなかったりする。

 今まではドラゴンが湧いたというに戻っていたので、【時間遡行】を使ってもドラゴンがいないなんてことはなかった。

 しかし今回はドラゴンが湧くより前に戻った。

 湧かない可能性もあるが、湧く可能性もあるのだ。

 その時、俺がいなければあそこにいる人たちは全滅する。

 いや、

 今からセーフエリアに向かっても前回までにドラゴンが湧いていた時間より1時間は早く辿り着くだろう。

 1時間もあれば他の冒険者に注意喚起をしたり、罠だって仕掛けられる。

 今回こそ、死者を出さずに倒しきる……。 



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