9

珠緒の両手を掴みながら、珠緒の両目を隠しながら、俺は腰を動かしていく。

少しいれたら終わりにするつもりだったけど、まだ終わりに出来そうになくて。




「竜・・・も、やめて・・・っ」




そんな言葉が珠緒から出て来て、俺は小さく笑った。




「何でやらせたんだよ、バカだなお前・・・。

酔っ払ったら誰とでもするようなバカな女だな・・・。」




「名前・・・名前、呼んで・・・。」




そう言われ・・・




そう言われて、俺は珠緒の両手を離してもう片方の手でも珠緒の両目を塞いだ。

見えないように。

絶対に、俺の姿が見えないように。




「珠緒・・・。」




俺が珠緒の名前を呼んだ瞬間、何だか珠緒の身体は更に力が入り少し震えていた。

それには少し驚きながらも暗い中で浮かんでいる珠緒の唇を見る。




この唇から初めて聞くような声が何度も漏れてくる・・・。




「竜・・・っ竜・・・」




俺の姿が見えないはずなのに、俺の名前を何度も何度も繰り返し呼んでくる。

俺の名前を呼び続けてくるこの唇に、俺はまた吸い寄せられていく。




腰を動かしながらもこの唇をギリギリの所で見下ろし、またキスがしたい衝動に駆られていく。

それでも我慢し見詰めるだけにする。




今しているこれはセックスなんかじゃないから。

愛の気持ちなんて丸っきりないただの気持ち良いものなだけで、愛の言葉を囁くとかキスをするとかそういうセックスではないから。




だからさっきから何度も我慢していた。

俺を呼び続けてくるこの唇にキスをするのをずっと我慢していた。




ちゃんと我慢していた。




ちゃんと我慢出来ていた。




それなのに・・・




それなのに・・・




珠緒は自由になったその両手で口を覆ってきた・・・。




珠緒がそんなことをしてきた。

俺はキスなんてするつもりもなかったし、ちゃんと我慢していたのに。

俺の顔が近くにあると分かったからかそんなことをしてきた。




電気を消しただけではダメだった。

両手で隠しただけではダメだった。




珠緒の記憶には俺の不細工な顔があるはずで。

だって“いつも描いている”と言っていた。

昔、珠緒は俺のことをいつも描いているとそう言っていた。




だからさっきだって俺のことを見ることなくあの絵が描けた。




どんなに黒く塗り潰してもダメだった。




珠緒は見えている。




珠緒には見えている。




俺の不細工なこの姿が見えている。




「何でやらせたんだよ・・・。

缶ビール半分で、何でやらせたんだよ・・・。」




何も気持ち良くなくなった。

何も楽しくなくなった。

何も幸せではなくなった。




少しは気持ち良かったのに。

少しは楽しかったのに。

少しは幸せだったに。




怒りの感情しかなくなり、俺は珠緒の中から自分のを抜いて背中を向けた。




「“お前”の中、全然気持ち良くなかった!!

こんなんじゃ最後まで出来る気がしねーよ!!」




そう怒鳴りながらスーツを着ていく。




傷付いてしまえばいい。




こいつの心なんて、傷付いてしまえばいい。




そしたら二度と俺のことを見ることはなくなる。




そしたら二度と俺の姿なんて思い浮かべることもなくなる。




「ごめん・・・私、初めてだったし・・・。

上手く出来なかった・・・。」




「上手い下手の問題じゃねーよ!!

お前の中は全然気持ち良くなかった!!

こんなんじゃ1回やったうちに入らねーよ!!

だから俺は可愛い女の子達に声を掛けてたんだよ!!」




「化粧・・・今、化粧するから待ってて・・・。

1分でいいから待ってて・・・。」




「化粧なんてしたって意味ねーよ!!

俺はお前の顔なんて二度と見たくない!!

“のっぺらぼう”の顔も化粧した顔も、俺はお前の顔なんて二度と見たくなかったんだよ!!!」




そう叫んでからこいつの部屋を飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る