5
あの女からの言葉に呆然とし、俺はその場から動けないでいた。
ずっと、動けないでいた。
長い長い時間、俺の部屋の扉に背中をつけたまま動けないでいた。
佐竹とあいつが並んで立っている姿ばかりが頭の中で回っていく。
身長の高いあの女よりもずっと高い佐竹の身長。
2人とも手足が長くスラッとした身体。
そんな身体を寄せ合いながら2人で嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
みんなが言っていた。
あの2人は付き合ったとみんながそう言っていた。
いや、鮫島せんぱいと岩渕課長、その相手の女の子達だけは呆れた顔で首を横に振っていたけど。
でも、それ以外のみんなはそう言っていた。
でも付き合っていなかったらしい。
あいつは断り続けていたらしい。
理由は知らないけれど、あんなに男前な男でもあいつは断りつづけるらしい。
そう思いながら扉の所で突っ立っていたら聞こえてきた。
たいして綺麗ではないホテルの中、あの女が入っていった部屋から聞こえてきた。
シャワーの流れる音が俺のいる部屋にまで聞こえてきやがった。
その音を聞いて・・・
ホテルの中、そんな音を聞いて・・・
胸が苦しくてどうしようもなくなる・・・。
この胸の中にいる俺の絵が走り出そうとしてくる・・・。
そんな感覚に陥ってくる・・・。
だって、俺は走り出したい・・・。
不細工な走り方だからあれからずっと走っていなかったけれど、俺はずっと走りたかった。
俺はずっと、走りたかった。
そう思いながら下を向くと見えた。
部屋で呑もうと思っていた缶ビールが2本、ビニール袋に入っているのが見えた。
それが見えた瞬間、それを両手に持ってあいつの部屋へと急いだ。
あいつの部屋の扉の前に立ち、両手で缶ビールを握り締めたままその時を待った。
長い間そんなことをしている俺のことを通りすぎた何人かはジロジロと見てきたけれど、そんなことは何も気にならなかった。
それくらいにあいつに会いたくて仕方なかった。
それくらいに“のっぺらぼうのタマゴ”に会いたくて仕方なかった。
そう思いながら、部屋の扉からシャワーの音が聞こえなくなってしばらく経ってから、ブザーをゆっくりと押した。
そしたら少ししてから、中から声が聞こえた。
「どうしたの?」
「酒・・・缶ビール2本あるから、呑む?」
俺がそう聞くと扉は無言になった。
無言の扉を見詰めながら、胸が信じられないくらい速く走っていく音が聞こえる。
「もう化粧落としちゃったから・・・。
また化粧するから少し待って、1分とは言えないけど5分くらい。」
「化粧なんてしなくていい。
二度と見たくないお前の顔がもっと見たくなくなる。
化粧して別人になったかと思ったら調子に乗りやがって。」
俺がそう答えるとまた扉はしばらく無言になり・・・
そして、ゆっくりとゆっくりと開いた・・・。
そしたら、いた・・・。
いた・・・。
素顔のこの女が・・・
俺の大嫌いなこの女が・・・
大嫌いで大嫌いで、二度と顔を見たくないと思っているこの女が・・・
別人ではない、“のっぺらぼうのタマゴ”が、ちゃんといた・・・。
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