3
「タオル、ありがとうございました。」
“のっぺらぼうのタマゴ”がタオルを岩渕課長の奥さんに返していて、それを奥さんはニコニコとしながら受け取っている。
それから“のっぺらぼうのタマゴ”が俺のことを見てきた。
澄ました顔で俺のことを見てくる“のっぺらぼうのタマゴ”に俺は口をパクパクと開けることしか出来ない。
「なん・・・っなん・・・っなんで、なんで・・・お前がここに・・・?」
「理菜ちゃんに声を掛けられたから。」
「なんで・・・?」
「マツイ化粧品で働かないかって。
電車に乗ってたら突然話しかけられて。
マツイ化粧品は須崎が働いてるって話をしたら、ここに連れてこられて色々と説明してくれたの。
後は化粧のことを2人から教えて貰ってたり。
顔の系統が全然違うからちょっと違ったみたいだけど。」
そんなことを言ってきたので俺は怒りが込み上げてきた。
さっきの岩渕課長への怒りなんて比べ物にならないくらいに、込み上げてきた。
「待ってろって言っただろ!!
何でそれを待たねーでお前まで同じ土俵に上がってくるんだよ!!」
「須崎が偉くなるのを待ってたら何十年も掛かっちゃうからね。
同じ土俵で待ってても別にいいでしょ?」
「そもそも理菜さんってまだマツイ化粧品で働いてないぞ!?
いくら社長の娘だからって勝手にお前のこと採用出来ねーだろ!」
「出来るよ、私。」
先に“乾杯の酒”で乾杯をしていた4人の中、理菜さんがそんなことを言い出した。
理菜さんは同じ人間とは思えないくらい可愛い顔で俺のことを見詰めてきた。
「私が引っ張ってきた人も既に何人か入社してるよ。」
「何でそんな権限が理菜さんに・・・?
いくら社長の娘だからってそんなの有りかよ。」
「“持ってる人がいれば引っ張ってこい”ってお父さんから言われてるからね。」
「持ってるって?」
「この胸に何かをハッキリと持って生きている人。」
そう言ってから理菜さんが右手で自分の胸の真ん中をおさえた。
何を言っているのかが分からず黙っていると理菜さんが続けた。
「何て説明したらいいか分からないんだけど、私は見えるんだよね。
お父さんと同じように私は見えて。
胸の真ん中らへんに、その人が何を持って生きているのかが見えるんだよね。」
「またまた~、俺そういうのは信じないんだよね~。
じゃあ、俺は何を持ってる?」
そういうのは全く信じられないので軽い気持ちで聞くと、理菜さんは笑いを堪えたような顔になった。
「竜君は自分の姿を持ってる。」
「自分の姿?・・・あ~、なんか社長からも出会った時に言われたかもね。
不細工なのに自分の姿持ってるのか、みたいなこと。
社長からそういう話聞いたの?」
「聞いてないよ、でもお父さんもやっぱりこれが竜君の姿だって分かったんだね。
やっぱりソックリだもん。」
そう言ってから可愛い顔を砕けた笑顔にして聞いてきた。
「駄菓子好きなの?」
商店街の店が家だと言ったことはあるけど、駄菓子屋の息子だとまで言っていない。
俺が“のっぺらぼうのタマゴ”を見るとこの女は首を横に振ってきた。
「俺は駄菓子屋の息子なんだよ。」
「そうだったんだ、よく両手に駄菓子を握って走ってたの?
この駄菓子、私も小さな時に好きだったやつなんだよね。」
そんなことを言ってきて、俺は驚きながら“のっぺらぼうのタマゴ”をもう1度見る。
そしたらまた首を横に振ってきた。
「理菜さん、本当に・・・?
本当にそれが見えてるのかよ・・・?」
「うん、見えてる。
どこをどう見ても竜君にしか見えない竜君の姿の絵が見えてる。」
その言葉にはもっと驚いた。
「絵・・・?」
「そう、絵なの。
竜君が凄く嬉しそうな笑顔で大急ぎで走ってて、その両手には駄菓子が握られてる絵。」
それには目も口も痛くなるほど開けて“のっぺらぼうのタマゴ”を見た。
それでもこの女は首を横に振るだけ。
「信じられない・・・。
そんなことがあるのかよ、すげ~・・・。」
「みんながみんな持っているわけではないし、多くの人は持っていないんだよね。
たまに持っている人がいても、それはうっすらしてたり。
だからお父さんからはハッキリと何かを持っている人がいれば会社に引っ張ってくるように言われてるの。
自分を持っている人だから、きっと強い空手家になれるって。」
そんな話に俺は何度も頷き、それから胸の真ん中をおさえた。
“のっぺらぼうのタマゴ”が描いたあの絵が俺のこの胸の中にあるのは何も嬉しくないが、凄い話を聞いたと興奮してくる。
その興奮した気持ちのまま、また聞いた。
「じゃあこいつは?
こいつは何を持ってる?」
“のっぺらぼうのタマゴ”を指差しながら聞くと、理菜さんはまた笑いを堪えた顔になった。
そして・・・
「卵みたいな絵を持ってる。
筆圧の濃そうな鉛筆で描かれてて、少し歪んでるけど卵みたいな絵。
その中に薄く顔みたいなのが描かれてる。
顔みたいなのは薄いんだけど、でもハッキリと持っているのは分かる。」
そう言っていた。
こいつの胸の中には、あの時俺が描いた“のっぺらぼうのタマゴ”の顔の絵が描いてあると、そう言っていた・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます