3

1

社会人1年目 冬




土曜日の夜、俺は鼻歌を歌いながらポケットに片手を入れて歩いていて、慌ててポケットから手を出した。

もう社会人になり、大人の男としてこれではいけないと鮫島せんぱいから教えて貰ったから。

鮫島せんぱいもよく不良の名残が出ているけれど、お互いに指摘し合っている。




一升瓶を片手に向かった先はマツイ化粧品の社宅の1つ、鮫島せんぱいや岩渕課長が住んでいるマンションへ機嫌良く向かった。




インターフォンは押さないよう岩渕課長から言われているので、控え目に扉をノックした。

社宅の1番上から2つ目の階に岩渕室長と、俺より1つ上の物凄く可愛い女の子が夫婦として暮らしている。

鮫島せんぱいはもっと下の階に住んでいて、この社宅の1番上の階には2部屋だけがあり、役職が上がるにつれマンションの階も上がることが出来るらしい。




いつかこの上、1番上の階に住んでみたいなと思いながら扉が開くのを待っていると、扉が静かに開いた。

岩渕課長の娘さんが寝た後に大人達はリビングで夜な夜な小声で楽しんでいる。

今日も岩渕課長の奥さんが扉を静かに開けてくれたのかと思っていたら・・・

今日は見たこともない女の子が扉を開けてくれた。




「須崎君、いらっしゃい・・・。」




たどたどしい喋り方でそんなことを言ってきて、俺は「はい・・・。」としか返事が出来なかった。




「お、来たか竜。

酒持ってきたか、酒。」




リビングに入ると鮫島せんぱいが俺が持ってきた酒を催促してきた。

鮫島せんぱいの隣には信じられないくらい可愛い女の子、鮫島せんぱいの彼女である理菜さんが座っている。

あまりにも可愛いので俺より年下なのに“理菜さん”と呼ぶくらいだった。




「持ってきましたよ、酒!」




俺がそう言ったタイミングで岩渕課長がお猪口を人数分用意してくれた。

俺と鮫島せんぱいカップルと岩渕課長夫婦、それにさっきの女の子で6人分。




「この日本酒旨すぎだよな、これ呑んだら他の呑めなくなる。

売ったらバカ売れするんじゃないか?

宝多米店の店主、売るつもりないのか?」




岩渕課長に今日も言われて俺は首を傾げるしかない。




「どうなんですかね、趣味で純米酒作っちゃっただけの人なので。

今でも商店街の奴らにしかくれない酒なんですよね。

ラベルもなく、商店街では“乾杯の酒”って呼んでるだけで名前もない酒です。」




拘りが強すぎるタカラ兄が作った純米酒はこのメンバーから好評だった。

「売らないのは勿体無いな」と今日も岩渕課長が言ってきて、テーブルに酒のつまみを並べていく。




奥さんは娘の寝かし付けをしているのかまだリビングにいない。

まるで自分の家かのように綺麗な岩渕課長の家でくつろいでいると、リビングの扉が静かに開きさっきの女の子が入ってきた。




そして、岩渕課長と何やら話ながらテーブルに一緒につまみを準備していく。




なんというか・・・その様子が異様で。

岩渕課長は奥さんといる時よりもその女の子にベタベタとしていて。

それを鮫島せんぱいも理菜さんも何も指摘せず、普通にリビングの椅子に座りだした。




そして驚くことにその女の子はいつも奥さんが座っている所に座った。

岩渕課長の奥さんを待っているのか乾杯はせず、各々色々と話していくのだけど・・・。

岩渕課長がその女の子とずっとイチャイチャしているので何も話が入ってこない。




浮気も不倫もご法度の俺からするとこんなのは許せない。

何も言わない鮫島せんぱいにもイライラとしてきて、俺は声を抑えながら素直に言葉を出した。




「岩渕課長、見損ないましたよ。

あんなに可愛くて良い奥さんがいるのに何やってるんっすか。

こんな幸薄そうな女をこの家にまで入れて、奥さんは娘の寝かし付けしてるのに自分はこんな女とイチャイチャして。」




俺が入った頃にはもう奥さんは出産と育児で会社にはいなかったけれど、昔から付き合っていた年下の彼女を入社させてすぐに結婚までしてすぐに妊娠までさせた岩渕課長。

よく考えればやってることが最低な男だなと改めて思いながら岩渕課長を睨み付けると・・・




岩渕課長は笑いを堪えた顔になり、鮫島せんぱいと理菜さんは小さな声で笑い出した。




何も笑い事ではないのに何を笑っているのだと怒りが込み上げまくってきた時、幸の薄そうな女の子が控え目に口を開いてきた。




「あの・・・私、この人の妻ですけど・・・。」




と、そんな意味不明なことを言って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る