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そして、灰色の空の下を歩いていると商店街の中で嫌な姿を見掛けた。
肉屋で肉を買っている女、俺が1番大嫌いな“のっぺらぼうのタマゴ”がいた。
母親も結構昔に死んでいるので、今日も夜ご飯を作る為に肉を買っているのだろう。
そう思いながらもすぐに視線を逸らした。
本当は走り出したかったけど、あいつの前で走りたくなかったからいつも通りポケットに手を入れて歩いた。
走り方は不細工だろうけど、この歩き方は格好良い男の歩き方なはずだから。
強い男の歩き方なはずだから。
そう思いながら自信を持って歩いていると・・・
「須崎!!」
と、いつからか“竜”ではなく“須崎”と呼ぶようになった“のっぺらぼうのタマゴ”からまた声を掛けられた。
その声を無視して俺は歩き続ける。
「今、少し時間ある?」
「ない。」
「そっか、何するの?」
「帰って寝る。」
「それなら少しは時間あるでしょ、1分くらい。」
そう言われ・・・
そんなことを言われ・・・
俺は立ち止まり、この大嫌いな女を睨み付ける。
「お前にやる時間なんて1分もあるわけねーだろ!!!
俺にいちいち話し掛けるなよ!!!
そんな暇があるなら絵でも何でも描いてろ!!!」
俺がここまで怒鳴ると他の奴なら怯むのに、この女は今日も怯まない。
怯まないどころか・・・何故か俺の顔をこんなにも真剣な顔で見詰めてくる。
「描いたよ、だから見てよ。」
「お前の下手くそな絵なんて見ない!!」
「今回は下手くそじゃないはずだから、見てよ。」
「見ない!!!お前の絵は下手くそなんだよ!!!」
「下手くそかどうか見てから言ってよ。
いつもそう言って、賞を取った絵の時も学園祭にも見に来なかった。」
美術の大学に進学したこの女がそんなふざけたことを言ってくる。
「なんで俺がお前の絵なんて見に行くんだよ!!
俺はお前の絵が大嫌いなんだよ!!
お前のその“のっぺらぼうのタマゴ”みたいな顔も大嫌いなんだよ!!!」
俺がそう言うと、この女は傷付いた顔をした。
その顔にいつも安心するのに、こいつはそれでも俺に声を掛けてくる。
やめて欲しかった。
俺の顔なんて見ないで欲しかった。
今もどうせ俺の顔を見ながら“不細工だな”と思っているはずで。
こんなに真剣な顔をしながら俺の顔を観察して、今でも俺の不細工な姿を描いているのかもしれない。
「私、これ以上絵の道には進めない。
遅くなったけどこれから就職活動を始めるの。」
急にこの女がそんな話をしだした。
画家になるのが夢だったはずのこの女は、絵の道を諦めるらしい。
この女の家にはそんなに金はないはずで。
それなのに美術なんかの大学に通わせて貰ったワガママな女だった。
もう絵の道を諦めたらしい。
それは朗報だった。
これ以上ないくらいに朗報だった。
これできっと俺の不細工な姿も見られない。
この女は何度傷付けても俺の不細工な姿を見てくるから。
だから絵を諦めるのなら、もう俺の不細工な姿をこんなに真剣な顔で見てこない。
こんなに必死な顔で見てくることもなくなる。
「だから、最後の絵なの。
1分だけでいいから見に来て。」
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