ステレイタイプの色眼鏡

かきはらともえ

ステレイタイプの色眼鏡




 いつの間にか友達を作るチャンスを逃していることというのはあるだろうか。

 わたしみたいな消極的な女の子はそんなことばかりである。入学だったり新学期だったり進級だったり……タイミングはあるけれど、それを逃したばかりにグループに入れなくて、ぽつねんと教室にいることしかできなくなる。

 そんなわたしも別に友達がまったくいないわけではない。

 隣のクラスにいる。その子の名前はるいちゃんという。

 とはいえ、その唯一の友達である厽ちゃんとこれからも友達でいられるかとなると、どうにも一抹の不安がある。

 厽ちゃんのクラスでディベートというものが行われた。

『特定の命題について、肯定派と否定派に分かれて議論をする手法』とのことである。これを『第三者であるジャッジに対して理論的に説得する』というものである。

 それは昼休みに行われていた。

 食堂から帰ってきたわたしが、厽ちゃんのクラスの前を通ったときに、その光景を見た。

 どうやら『おばけが存在するかどうか』という命題だったようで、これが次第に水かけ論になっていき、収拾がつかなくなっていたときだった。

 肯定派も否定派も感情的になっていて、口喧嘩みたいなものだった。

「だったらわたしが今死んで化けて出れば存在することの証明につながるわよね!」

 厽ちゃんはカッターナイフを振り回して教室から飛び出してきた。教室内からは『厽ちゃんを止めてー!』と叫び声が聞こえてきた。わたしは無我夢中で厽ちゃんに飛びかかって、羽交い絞めにした。

「止めないで! わたしを殺して幽霊の存在を証明してみせる!」

「この場に霊感のある人がいなかったら証明できないでしょ!」

 咄嗟にそう叫んだ。そこで厽ちゃんはぴたりと止まった。

「それもそうね。失念していたわ」

 と言った。さっきまでの激情はどこにいったのか。

 ともあれ、そんなことがあってからわたしと厽ちゃんは話すようになったのだ。



     ■


「最近はめっきりステレオタイプのキャラクターって減ったと思わない?」

「ステレオタイプのキャラクターって?」

 ある日の帰り道。

 るいちゃんがそう言った。わたしはその言葉を繰り返す。ステレオタイプという言葉の意味がわからなかったからだ。

「イメージ通りなキャラクターって意味かしら。『日本人はお寿司が好き』とか『アメリカ人はピザばかり食べている』とか、『A型だから几帳面』とか、『眼鏡をかけているから頭がいい』とか、そういうの」

「偏見とかってこと? 色眼鏡で見ているとか」

「似てるけれど、ちょっと違うかもしれないわね。色眼鏡で見るっていうのは主観的な先入観だから」

「ああそうか」

「ツインテールなら幼女とか、眼鏡なら物静かな子とか、マイメロが好きな人はメンヘラとか」

「それは色眼鏡では?」

 どういう意味なのかはわかった。

 そういうのをステレオタイプというのか。

「それでそれがどうしたの?」

「わたしは嘆いているのよ。そういうテンプレのキャラが最近見られないことを。眼鏡をかけている地味な女の子が眼鏡を外して一歩前進みたいなのってあるじゃない?」

「あるね」

 そういう展開があるのはわかる。

 具体的にそういう展開をしている作品を憶えていないけれど、そういうものがあるのを知っている。

「わたしはね、眼鏡をかけた地味な子が勇気を出して眼鏡からコンタクトレンズに変えるシーンが好きなのに」

「へえ……」

 曖昧に頷く。

 わたしはどちらかと言えば、眼鏡をかけている地味な子が好きなので、眼鏡というアイテムを『地味な象徴』とか『可愛ない』みたいなパーツとして扱われるのは不本意だ。

 だけど、ここで議論を交わすつもりではない。下手なことを言って『わたしが眼鏡をかけたらどれだけ眼鏡が微妙なパーツなのか証明できるわよね!』と眼球を潰し始めたら収拾がつかなくなる。

「……い、意図的にそういうテンプレからズラしているっていうのは感じるよね。アニメとか漫画を見てても思うよ。ストーリーの展開とかも。裏をかくっていうのかな……、『意外な展開!』っていうのをやりたいんだろうなあって感じることが多いわよね」

「ウェブ小説サイトとかの『お題に応じて小説を書く企画』とか見ているとたまに思うわ。変わったことをしてやろうって思ってやってるのか、投稿者当人が変人なのかわからないけど」

 あるいは、普通の人が変人であろうとしているのかもね――と厽ちゃんは言った。

 わたしは、変人の真似をしている普通の人も立派な変人だと思うけれど、まあ、わざわざ言うことでもない。

「厽ちゃんはステレオタイプのキャラが好きなんだね。お眼鏡に適うキャラクターに出会えていないのね」

「いえ、別にそういうわけではないわ。ああは言ったけれど、正直なところどうでもいい」

「…………」

 きっぱりと厽ちゃんは切り捨てた。

 何だったんだよ、この会話は……。

「……いつ頃からそういう風潮ができたのでしょうね」

「そういう文化の変化を俯瞰ふかん的に分析できれば面白い発見みたいなのがありそうね」

 わたしはわたしでしかないので、この十七年間で触れてきた文化を主観的にしか知らない。



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