恋の目覚め――それ本当に目覚めていいのかな?

枝之トナナ

好きのカタチ――ちょっと病院呼んだ方がいいんじゃない?

 誕生日プレゼントに困ったのは生まれて初めてだ。

 そんなことを考えながら、僕は顔を上げて目の前の人物を見る。

 ふわふわの黒髪にニコニコ笑顔が眩しい、すこぶるつきの美少女。

 首に巻かれたリボンは緑。僕と同学年の証だが、そもそもこの学校に通っていて彼女のことを知らない奴はいない。

 伊戸織子いと しきこ

 ゆるふわ可愛い外見通りに二年連続で学園祭美女コンテストを制覇した逸材であると同時に、ゆるふわ可愛い外見にそぐわない孤高の少女。

『好きです』、『付き合ってください』、『友達になってください』、『我が部に入ってくれ』『君可愛いねアイドルデビューしない?』、『貴方は神を信じますか?』etc……

 あらゆる勧誘を即『ごめんなさい』の一言で切って捨て、当たって砕けた男女は数知れず。


 そんな彼女から放課後屋上に呼び出されて、


「ねえ、今日って小田君の誕生日だよね?」


 と尋ねられて、頷いてみたところ、おずおずと箱を渡されて。

 これで舞い上がらない人間がいるだろうか?

 いやいない。断言するが絶対いない。

 むしろこの世の春だヒャッホーイ! とウキウキワクワクで箱を開けるのが人情ってものだろう。

 僕の思い上がりだなんて、そんなことないはずだ――……と、言いたいけれど。


 僕は瞬きをし、目をこすり、深呼吸してから、もう一度開封したばかりの箱の中を見る。

 きっちりラッピングされ、リボンを巻かれ、もしゃもしゃした鳥の巣みたいな紙テープを底に敷き、どこからどうみても完璧に保護されたギフト。

 だが、――鼻眼鏡だ。


 デカイ鼻と、チープでダサい丸眼鏡がくっついた、鼻眼鏡である。


 僕は再び顔を上げた。

 雲の欠片もない、夏の快晴みたいな笑顔だ。


「良かったらかけてみて! 絶対似合うと思うの!」


 似合わねえよ。かけてみてじゃねえよ。

 なんだこれイジメか? 新手のドッキリか? 実はカメラが仕掛けてあるとか?

 ネガティブな考えがぽこじゃか頭に浮かんでくるが、周囲に他の奴の気配はない。

 それに彼女から嫌がらせを受けるような覚えもないし、『孤高の美少女』が他人のイジメに付き合うとも考えられない。


「あの、なんで、僕に?」

「小田君が一番かっこいいから!」


 ………。

 …………。

 ……………これ、僕、褒められてるの? バカにされてるの?

 どういうことなの? 鼻眼鏡フェチなの? そういう性癖があるの? どういうジャンルなの?

 思考回路が暴走しまくってまとまらない。

 水飲み鳥みたいに首を上下させるしか出来なくなった僕に気づいたのか、伊戸さんの顔から笑顔が消えた。

 現れたのは――恥じらいと、照れ。


「あ、あの。私ね、かっこいい人が鼻眼鏡かけてるのが好きなの」


 マジでフェチかよ。


「弟がゲームやっててね、かっこいいなって思った人がいてね。

 誰にも平等で優しいんだけど、実はすっごく強くて、弟も全然勝てなくてこてんぱんにされてたの。

 でもとうとう弟が勝って、その人死んじゃったって思ったんだけど、生きてて――鼻眼鏡かけてたの」


 なんでだよ。

 どんな展開なんだよ。


「それ見たら、胸の奥がきゅんってして……

 すごく強くてかっこいい人が鼻眼鏡かけるの、いいなって思って。

 それで私の周りで一番強くてかっこいい人って誰だろうって思ったら、小田君が思い浮かんだの」


 何だろう。

 メチャクチャ評価されてるし褒められてるはずなのにちっとも嬉しくない。

 それにこれ、もしかしなくても眼鏡フェチじゃなくて無様フェチの系譜じゃないか?

 話聞く限り、鼻眼鏡って負けた罰だよな? かけてるっていうか、かけさせられてるよな?


「それで今日誕生日だって聞いて、誕生日ならプレゼント渡してもおかしくないかなって……もしかして、こういうの嫌いだった?」


『こういうの好きな奴いねえよ!』と叫び出せれば良かった。

 だが考えてみてほしい。

 潤んだ目に涙の雫を纏わせた長い睫毛が、僕の目の前で震えている。

 陶器を思わせるほどに滑らかで透き通るような肌は驚くほど赤く染まり、耳たぶまでピンクになっている。

 全校女子生徒300人超をなぎ倒してきた圧倒的美少女が。

 誰とも付き合わず孤高を保っていた高嶺の花が、だ。

 今まで誰にも見せたことのないであろう表情で、誰にも言っていないであろう性癖をぶちまけているのだ。

 他の誰でもない、僕に。

 他の誰でもない、僕を。

『自分の周りで一番強くてかっこいい』と認めてくれたのだ。


 その事実の前では、僕のささやかな常識とプライドなど紙キレ同然だった。



「わぁっ、素敵! すっごい似合ってるよ小田君!!」


 安っぽいプラスチック越しに見た彼女の笑顔は、どんな宝石よりも輝いていて。

 この表情を独り占めできるなら、鼻眼鏡も悪くないかもな――と思ってしまう自分がいて。

 際限なく高鳴る心臓の鼓動は、『正気に戻れ僕! 鼻眼鏡は鼻眼鏡なんだぞ!』という声を、呆気なく握りつぶした。

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