【KAC20248】服が透ける眼鏡を発明したので公園に子供を見に行ったら警察のお世話になった話

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 テーマは【めがね】

 男なら一度は思った事があるはずだ。


 服が透ける眼鏡があったらいいなと。


 これさえあれば服の上からでも他人の裸を見放題。


 まさに夢のような道具である。


 え? 思った事がない?


 嘘つきめ!


 地獄で閻魔様に舌を抜かれてしまえ!


 ……失敬。


 取り乱した。


 ともかく、私は思った事がある。


 幼い頃から思っていて、いい歳をした大人になった今でもかなり真剣に思い続けている。


 そしてついに手に入れた。


 というか自分で発明した。


 何を隠そう私はちょっとした天才科学者なのである。


 そもそも私は服が透ける眼鏡を発明したくて科学の道に進んだのだが。


 そんな話はどうでもいい。


 ようやく念願の服が透ける眼鏡を手に入れたのだ。


 幼い頃からの夢を叶える為、早速私は服が透ける眼鏡を装着して近所の公園へと向かった。


 平日の夕方頃。


 公園は学校帰りと思われる幼子達で賑わっていた。


 みんなでサッカーの真似事をしたり、ギーコギーコとブランコを漕いだり、古びた木製のテーブルに集まって女子会モドキをひらいていたり、携帯ゲーム機で遊んでいたり。


 男の子もいれば女の子もいて、大勢で遊んでいる子もいれば一人の子もいた。


 もちろん全員裸である。


 実際には服を着ているのだが、私にだけはそのように見えている。


 あぁ、この時をどれ程待ち望んでいた事か。


 感動に震えつつ、私は幼子達を一人一人舐めるように観察する。


 と、その中に一人、私の目を引く子供がいた。


 低学年くらいの女の子で、今時珍しいおかっぱ頭だが、顔立ちは売り出し中の子役と言われてもおかしくないくらいには可愛らしい。


 その子は友達がいないのか、公園の隅に置かれた日陰のベンチに一人で座り、陰鬱そうな表情で小さな足を揺らしていた。


 私は彼女の裸に目を奪われた。


 彼女こそ、私が探していた存在だ。


 彼女のような子供と出会う為、私はこの眼鏡を生み出したのである。


 あぁ! 幼子よ!


 彼女への想いで私の胸はドキドキし、頭はクラクラ。


 どうにかして彼女とお近づきになりたい。


 出来る事なら今すぐ我が家へと連れ帰りたい!


 というか連れ帰ろう。


 彼女もそれを望んでいる筈だ。


 私には、今日この時彼女と出会えた事がある種の運命のようにすら感じられた。


 こみ上げる衝動を抑えきれず、私は少女へと歩き出す。


「はいストップ。悪いけど、ちょっとお話聞かせて貰えるかな」


 言葉遣いとは裏腹に威圧的な男の声に振り返る。


 痛いくらいに力強く私の肩を掴んだのは、警察官の制服を着たクマのような大男だった。


 不審者として通報されたのだろう。


 近くには、相棒らしき若い婦人警官が怖い目をしてこちらを睨んでいる。


「この辺で不審な男がうろついてるって通報があってね。あんた、なにしてたの」

「えっと、その……」

「あの子にイタズラするつもりだったんでしょ!」


 口籠る私を、婦人警官が掴みかからんばかりの勢いで責め立てる。


「ち、違います! 私は、そんなつもりじゃ……」

「嘘言わないで! あなたがあの子に近づこうとする所、バッチリ見てたんだから!」

「小林! ちょっと落ち着け!」


 中年の男性警官が宥めると。


「とにかく、一度署まで来て貰おうか」


 私の腕を掴んでパトカーまで連れて行こうとする。


 騒ぎに気づいたのだろう。


 おかっぱ頭の少女は怯えた表情でこちらを見ると、逃げるようにしてベンチから立ち上がる。


「ま、待ってくれ! 私はあの子に用があるんだ! ――がぁ!?」

「尻尾を出したな。この変質者め!」

「小さな子供を狙うなんて最低よ!」

「違う! 違うんだ! あの子は虐待されている! 嘘だと思うなら彼女の身体を調べてくれ!」


 中年警官にバカ力で地面に組み伏せられながら、必死になって私は叫んだ。


「そんな嘘に引っかかるかよ」

「もし嘘だったら刑務所でもなんでも入ってやる! ここであの子を帰したらいつか彼女は親に殺されるぞ!? あんたらはそれでもいいのかよ!」


 あまりの剣幕に二人の警官が顔を見合わせる。


「……小林。ちょっと確認してこい」

「でも」

「念の為だ。こいつなら俺一人で押さえられる」

「……わかりました」


 婦人警官がその場を離れる。


 しばらくして、おかっぱ頭の女の子の手を引いて戻ってきた。


「て事は、こいつの言ってる事は本当だったのか」

「はい。パッと見じゃわかりませんでしたが、服の中は酷い痣だらけでした……」


 陰鬱そうに婦人警官が呟く。


 隣では、おかっぱ頭の女の子がグスグスと泣きながら「ごめんなさい……ごめんなさい……」と繰り返している。


「どうしてわかった」


 と男性警官が聞く。


「……子供の頃、私も親に虐待されていたんです。彼女からは、自分と同じ雰囲気を感じました。それでもしやと思って見ていたら、たまたま服の間から痣が見えたんです」


 というのは嘘で、本当は服が透ける眼鏡のお陰だ。


 まぁ、親に虐待されていたのは本当なのだが。


 正確には、虐待されていたのは私ではなく、私達だ。


 私には三つ上の姉がいた。


 私達の母親は救いようのないクズで、再婚相手と一緒になって私達を虐待していた。


 今こうして私が生きていられるのは全て姉のお陰だ。


 姉は虐待から私を庇って死んだ。


 いや、殺されたというべきだろう。


 クソッタレの母親と再婚相手は逮捕され、私は長い間疎遠だった祖父母に引き取られた。


 あの頃の私達は、見えない所はどこもかしこも痛々しい痣だらけだった。


 それを証拠に出る所に出れば一発で全て解決したはずだ。


 でも、そんな事は考えもしなかった。


 子供にとって親は神も同然で、背く事なんて思いつきもしない。


 だから児童虐待は周りが気付いてどうにかしなければいけないのだ。


 祖父母に買って貰った漫画に服が透ける眼鏡が出てきた時の事は今でもはっきり覚えている。


 こんな道具が本当にあったなら、服の上からでもすぐに虐待に気づけただろうに。


 こんな道具が本当にあったなら、姉さんも死なずに済んだだろうに。


 こんな道具が本当にあったなら。


 もしあったならと思い続け、私はついに完成させた。


「そうでしたか……。申し訳ありませんでした!」


 事情を知ると、二人の警官は地面に頭を擦りつけそうな勢いで非礼を詫びた。


 私は気にもしなかった。


 私のような男が公園で小さな女の子を凝視していたら不審者を疑うのは当然だろう。


 むしろ、彼らのように職務熱心な警官がいる事に安堵さえした。


 彼らは責任を持って彼女を助けると約束してくれた。


「あの……。どうして泣いているんですか?」


 別れ際、婦人警官が私に聞いた。


「嬉しくて」


 と私は答えた。


 あの子は姉に似ていた。


 優しかった私の姉に。

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