シャイニング・カラーズ・レンズ

幼縁会

シャイニング・カラーズ・レンズ

「やぁ、パン丸。一条だよ」


 一条と名乗った男は勢いよく眼鏡を取り外すと、今や飲酒運転にも等しい蛇行を見せる全てを破壊して突き進むバッファローの背へと跨がった。

 当然、パン丸側も無抵抗のままに手綱を握られることを良しとはしない。

 ただでさえ直線も困難なコンディションの中、無理矢理にでも男を引き離さんと加速する。

 一歩踏み込み、アスファルトが小気味いい音を返した。


「おいおい、これ以上無茶をするもんじゃねぇっスよ!」

「うっせぇッ。今更何の用だ!」

「何、かつての相棒が暴れてるってニュースで聞いてな。久々にロデオをしたくなったんだ、よっスと!」


 言い、一条が角を掴むと引き千切らんばかりの力で横を向かせて強引に軌道を修正する。

 勿論、パン丸も素直に方向転換へ従う訳もない。ないのだが、如何せん男の膂力は尋常ではなく、一六八〇万色のゲーミング煙幕で脳にダメージを負っている状況での抵抗はたかが知れていた。

 万全ならば、と歯軋りするバッファローの背。一条は満面の笑みで風を浴びていた。


「ハハハッ。やっぱりロデオはじゃじゃ馬ならぬ、じゃじゃバッファローに限るっスね!」

「クソッタレめ、全然離れねぇじゃねぇかッ。こっちはただでさえいい気分が台無しなんだよ!」

「それはなんでなんスか。自分で知り合いの住んでるマンションをぶっ壊したからスか?」

「……」


 一条の言葉にパン丸は口をつむんだ。

 暫しの静寂を肯定の意で捉えると、男は努めて優しい声音で語りかけた。


「どうしていきなり全てを破壊して突き進みだしたっスか。割とこれまでの生活に満足してたんじゃないんスか?」

「……してねぇよ」


 言い淀むパン丸の口調に詰まるものを感じ取ったのか。一条は促すように推論を語る。


「大方、全てを破壊して突き進むバッファローとしてこれでいいのか。とかそれらしいこと考えたんじゃないスか、お前のことだし」

「……知った風な口を」


 気づけばパン丸は自らの意思で煙幕の中を周回していた。外で待ち構えている戦車砲の嵐を意識してのものではなく、彼自身が一条との会話を続けるために。


「仕方ねぇだろ。俺は全てを破壊して突き進むバッファローで……だったらそうするだけだ」

「そんなのは色メガネっスね」

「……」


 パン丸の悩みを一刀の下に切り捨てる。端的な言葉は鋭利な刃にも似た切れ味を以ってバッファローの確信を切り裂き、彼の中身を切り開く。

 一条は身体を預けている男のことを知っている。

 確かに、確実に、全てを破壊して突き進むバッファローとしてのあり方に悩む男よりも間違いなく。


「俺は聞いたことないっスよ。マンションに住むバッファローとか、部屋に焼肉のプレイマットを飾っているバッファローとか。ましてや自分のあり方に悩むバッファローとか

「それは……!」

「お前が一人の男で、パン丸ってことっス」

「……!」


 散々悩みに悩みを重ね、街一つを壊滅させる惨事を引き起こすまでに至った男の苦悩を、一条は僅か数分で解決へと導く。天啓を受けたが如き男の表情が徐々に晴れやかなものに変わっていくのも、彼の言葉が持つ魔力を証明していた。


「それじゃ、お次はどうするべきか。分かってるっスよね」

「……あぁ、やらかした以上は死ななきゃってのも色メガネとか抜かす気だろ」


 パン丸は周回しつつ、徐々に踏み込む足に更なる力を加える。

 彼の回答を肯定するように一条がかけさせたサングラスもまた、ゲーミング煙幕の効力を弱める。が、一番はやはり一条自身が投げかけた言葉であろう。

 時として信頼は、心中より無限の力を引き出すものなのだから。


「振り落とされんなよ!」

「上等っス」


 互いに確認すると同時、全てを破壊して突き進むバッファローは直進を開始した。

 軽やかなステップを織り交ぜ、煙幕から脱出した黒光りの肉体めがけて降り注ぐは弾雨。一発一発が肉の鎧を粉微塵に粉砕する最新科学の暴力はしかし、本懐を成し遂げることなくアスファルトを蹂躙するに留まった。

 音の壁を突破し、ソニックブームが周囲の窓ガラスや飛来する破壊を迎撃する中、パン丸はどこまでも加速。加速。加速。

 やがて一陣の光が瞬いたかと思えば、既に街からバッファローの反応は消失していた。



 後に作戦に参加していた八王子は語る。

 あの時の光を直に見るのはかなりキツイ、メガネをしていて本当に良かったと。

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