第4話 遺されしモノ
女はめがねをとりだすと、俺に手渡してきた。
「これはお母様の元婚約者、
恐らくその西脇は俺の遺伝子上の父親なのだろう。
決して裕福とは言えなかった俺たち
その存在を知っていながら手を差し伸べなかった男を素直に父親と認める訳にはいかない。
そんな思いから思わず俺は皮肉を口にしていた。
「で、その西脇って人の遺品をわざわざ俺に届けに来たって訳か。」
わざわざをあえて強調して話す。
「はい。 それがわたし達の仕事ですので。」
「忙しいことだな。」
真面目に返す女に俺は間髪入れずにさらに非難の言葉を続ける。
「大体、自分の子を産んだ元婚約者の面倒も見られないとはさぞ、落ちぶれたヤツだったんだろうな。」
「あれ? 西脇さんをご存知ない。」
女が珍しいものを見るように聞いてくる。
「おふくろから一度もそんな男の存在聞いたことねえよ。」
「いえ、お母様の婚約者としての西脇さんではなく、もっと世間一般的なところで。」
一般的?
俺は頭を捻るが思い当たらない。
「あ〜、存じ上げないと。」
なにか勝ち誇る様な女、だんだん馴れ馴れしくなってきている。
「『再発明王』西脇賢吾。多数の 大災厄で失われた技術を再現した研究者ですよ。」
そこまで言われて気がつく。
俺が点検修理を行っている公共回線もその西脇
つまり俺は親父が作ったモノを保守していたのか?
「しかし、そんな大層な御仁が、なんで婚約者を捨てたんだ?」
俺的には研究費が工面できなくて極貧生活になったため、婚約が破談になったんだろうと考えていた。
「いえ、捨てたのでは無いです。 公言ははばかれる事ですが、周囲の人間に別れさせられたと言うトコロです。」
女が語る破談の経緯はこうだった。
既にいくつかの技術を再現していた西脇に縁談が舞い込む。
その相手が俺の母親だった。
元々、おふくろは大学時代に西脇の助手だった事もあり、二人の交際は順調に進んでいた。
しかし、ある日おふくろ達は事故に巻き込まれた。
研究所の火災だったらしいが、運悪くおふくろのいたフロアが火元だった。
西脇は研究所内におふくろが来ていることを知っていたため、火の手が上がる中で必死に探したと言う。
結果、おふくろと西脇は救助隊に助け出されたが、西脇は倒壊した柱に押しつぶされ右手足を失うこととなった。
軽傷で済んだおふくろは、事態を知ると献身的に婚約者の看病をしたという。
しかし、世間は火元にいたおふくろを火災の原因、もしくはその関係者とみなした。
既に名声のある西脇の手足を奪った女が婚約者では体裁が悪いと西脇の親族はほうぼうに手を回し、婚約を破談にした。
その後、西脇は政府の施設で研究を続け、おふくろは破談後に妊娠していたことが分かったが、西脇の家の援助を受けることなく、生まれた子つまり俺を育てた。
「婚約が破棄された経緯は分かったが、その西脇って人はなんで俺を知っていて、おふくろも相手が死んでから遺品の回収なんてしたかったんだ?」
一通り話を聞いた後に出た感想は、「何故、今なのか?」だった。
おふくろは元婚約者が死んでから探し求めた理由は何だったのか。
「理由は色々ありますが、お母様へのヒアリングを行った際に語られたのは《《約束》だったらしいです」
「約束?」
「お母様と西脇さんは破談後にも密かに連絡をとっていた様で、そこである取り決めをしたそうです。」
おふくろは西脇と年に1〜2回程度連絡をしていた。
それは主に俺の成長報告。 そして二人はある取り決めをした。
『息子が成長したら二人の秘密を渡す』と。
「それでその秘密が、この『めがね』ね。」
説明を聞いた俺は眼鏡を持ち上げて確認する。
ちょっと縁は大きいが特段変わったところのない眼鏡。
どこかに紙やメモリチップを隠すような隙間は無いようだ。
「ああ、それただの眼鏡じゃなく❘AR《強化現実》グラスですよ。」
回天堂がそう言うと眼鏡の内側、右のレンズ下を指さす。
そこには針がとおる程度の小さな穴が開いている。
「網膜投影と骨伝導を利用したシステムです。 着用者にしか内容は分かりません。」
そう言いながら、眼鏡を取った回天堂はそのまま、俺に眼鏡をかける。
そして椅子に座ると右手を挙げて「どうぞ」と合図を送る。
俺は恐る恐るスイッチを入れる。
眼鏡からレーザーが照射され、視界の右端にウインドウが開く。
そこには年老いた一人の男。 この男が多分、西脇だろう。
「これを我が息子「伊佐里和寿」と最愛の人「伊佐里鈴音」に向けて残す。」
やせ細り生きるのもやっとと思える男とは思えないしっかりとした声で話を始めた。
「まず始めに二人には、つらい人生を歩ませたこと大変申し訳ない。 たとえそれが鈴音の意志だったとしてもだ。」
ゆっくりと頭を下げながら謝罪を口にする。
「その上で、君たちにはこれまで非礼の謝罪として、私の資産の一部を譲渡しようと思う。 恐らくこの
どうやら回天堂は親父ともつながっているらしい。
しかし、遺産とはいったい何なのだろうか。
「また遺産の中には私と鈴音の間を裂いた者たちの事についての記録もある。 それをどうするかは二人で決めた前。」
なにやら話が不穏な方向に向いてきた。 しかしそれを聞いてむしろ興奮している自がいた。
「最後になるが和寿。 私は父親としては最低の部類の人間だ。しかしお前の事を母さんから聞くたびに会いたいと思っていた。 結局それは叶わなかったがたくましく育ったと聞いて安心しているよ。 君がどのような人生を送るかはわからないが私の遺産がその道の一助となることを願っている。」
親父はそこまで言うと疲れて来たのか仰向けになり呼吸を整えていた。
「ではお別れだ。この世の理の外で会えるかもしれないことを願っている。」
それだけ言い切るとモニターは閉じた。
俺はそのまま回天堂をみる。
全てを察しているかのような力強い笑みを浮かべて新しいファイルを取り出した。
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