第2話 奇妙な訪問者
自転車を指定の駐輪場に止めて、会社のゲートをくぐる。
オフィスに入れば見知った顔が退勤の準備をしている。
それが俺たちの仕事である。
とは言え、人々の就寝時間が夕暮れ時なったかと言えばそんな事はない。
多くの人は夜遅くまでネットワーク経由で提供されるコンテンツを楽しんでいるのだ。
そうともなれば、公共回線のトラブルは市民生活にとって死活問題となりえる。
その為、回線保守は1日3交代制で24時間365日対応を行っている。
俺は比較的夜間勤務を多く希望している。
それは単純に金が欲しいこともある。
やはり深夜勤務は手当てが多い。
そして、もう一つの理由は……。
P!P!P!P!
突然、内線のコール音が鳴る。
周りを見ればすでに日勤組の姿はなく、オフィスには俺一人だった。
もうそんな時間かと思いつつ、俺は内線の受話器を取る。
相手は会社と契約している警備会社の担当。
なんでも俺あてに人が来ているという。
今日は特に外部との打ち合わせなど予定にないのだが、来訪者について気になった。
ありえない話だが、夢に出てくる人が訪ねて来たのではと思ったのだ。
担当者には接客スペースに通すように連絡し、俺は会社の社名入りのジャケットを身に着け、足早に接客スペースへ向かう。
途中で給湯室で接客用の飲料水のペットボトルを取り出す。
コーヒーの1杯でも出せればいいのだが、意外とこの辺りの経費は渋られている。
ともかく2つのペットボトルを片手に持ちながら廊下を進む。
接客スペースは複数あるが、夜間に使えるのは1箇所のみ。
そのスペースについた俺は、ノックをした後にドアを開け中に入った。
そこにいたのは恐らく俺より少し下くらいの年齢の女性。
短く整えた髪と勝気そうな瞳が特徴的だ。
そしてパンツルックのスーツを着ている、というより着られている感じがいかにも新人らしさを醸し出している。
と、一通り相手の姿を確認してみたが、まったく覚えがない。
どこかでセールス勧誘を受けた覚えも無いのだが……。
そんな感じで対応に困っていると、目の前の女性が近付いてきた。
「はじめまして。 私、株式会社 回天堂より派遣されてきました。」
挨拶をしながら出してきた名刺を受け取る。
そこには「古物商 回天堂」と中央に書かれており、個人名の記載はなく、屋号にも聞き覚えがない。
「申し訳ないのですが、御社に弊社からご依頼などさせていただいてないか思います。お間違えなのでは?」
失礼とは思いつつも、言い切るかたちで切り出した。
もし怪しげな勧誘なら一蹴するに限る。
しかし、目の前の女性は穏やかに微笑んで切り替えした。
「いえ、間違いではありません。
いきなり俺のフルネームを呼ばれ思わずたじろぐ。
相手の意図がどうあれ、俺の個人情報は握られている。
つまり逃げ場は無いということか。
俺は慎重にドアの方を見る。
ドアは閉まっており防音に問題はない。
それを確認して俺は本気になる。
「んで、おたくさん。回天堂だったけ? わざわざ表の職場に来てまでなんの様よ?」
普段はそれなりに好青年を装っているが、本気ならつくろう必要はない。
この程度の脅しで屈する理由はないと思うが、威嚇しながら真意を探る。
「いや、うちは名刺に有るとおり
平然と答える女は、あくまでも真っ当な商売人だと言い張る。
「だったら、なんでこんな深夜にわざわざ職場にまで押しかけてんだ。」
「結果報告は迅速にと言うご依頼ですし。」
あくまで冷静さを失わないようにしつつ尋問する俺だったが、どうもペースを外される。
どうにも話が進まないので、ここ一旦折れることにした。
「おたくがそう言うならそう言うことにしておくが、一体なんの要件だ?」
「てすから、結果報告です。 ご依頼主の伊佐里鈴音様からの。」
唐突に出されたお袋の名前。
もう何年も顔を合わせる事はおろか、連絡一つしていない母親の依頼だと?
「んで、なんの結果報告なんだよ。 大体お、……母親とは何年もあってないんだが。」
深夜とは言え話が長くなってきた。
誰かに聞かれてもまずいので、粗暴な言い方を控えた。
「お母様からは、ご依頼内容の説明も含めてお願いされていますのでご安心を。」
なぜか自慢気に話す女に、俺はなにか憎めないモノを感じた。
そして、どこか懐かしさもある。
「今回ご依頼頂いた調査はコチラについてです。」
そう言いながら女はカバンからある物を取り出した。
女が持つそれは『めがね』だった。
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