解答編

 藤巻ふじまき刑事と奥野おくのは、右側にある小屋に向かった。そして奥野は、聞いてみた。

「えーと。あなた名前は、片山かたやま修平しゅうへいさんですよね」


 男はちょっと、うろたえたようだが答えた。

「い、いえ。し、知りませんね、そんな人」


 更に奥野は、聞いてみた。

「そうですか。でも、あなたは、ホームレスではないですよね」


 すると男は、明らかにうろたえた。

「な、何を言ってるんですか?! こんな小屋に住んでいるんですよ! 立派りっぱなホームレスじゃないですか?!」


 すると奥野は、答えた。

「あなたからは、においがしないんですよ。他のホームレスからした、臭いが」


 男はクンクンと、自分の臭いをかいだ。奥野は、続けた。

「さて、それで今日、ある首無し死体が発見されました。片山マネキン株式会社の社長の片山修平の、名刺めいしが発見されました。でも、臭いがしました。今、考えてみると、ホームレスと同じに臭いでした。なのであの首無し死体は、ホームレスの方でしょう」


 すると男は、わめいた。

「でもその死体には、首がないんでしょう?! それじゃあだれの死体なのか、分からないでしょう?!」


 奥野は、説明した。確かに、名前は分かりません。でもおそらく、ここに住んでいたホームレスの方でしょう。さて、修平さん。ここでこうしているところを見ると、会社が倒産とうさんしたあなたはホームレスになりたいようですね。でも、そのために人を殺しちゃいけない。ホームレスだって、生きているんだから。そして、聞いた。

「ホームレスの小屋を手に入れるために、殺したんでしょうか?」


 すると男は、再び喚いた。

「しょ、証拠しょうこはあるのか、証拠は?! 私が殺したという、証拠は?!」


 奥野は無言で、小屋の奥にある一つの首を指差ゆびさした。そこには、マネキンの首が並んでした。そして、告げた。

「一つだけ、土でよごれた首がありますよね。おそらくそれは、マネキンの首じゃない。人の首だ。ここに住んでいたホームレスの首でしょう。殺す時に地面でもみあいになって、土で汚れたのでしょう。首無し死体が着ていたスーツも土で、汚れていましたから」


 奥野は、自分の推理すいりを説明した。つまり、こういうことでしょう。昨日きのう、自分の会社が倒産とうさんしたあなたは、ホームレスになろうとした。多額の借金しゃっきんかかえていたため、借金取りから逃げるためでしょう。


 でも、住む小屋が無かった。そこでここに住んでいるホームレスの方を包丁ほうちょうで殺害して、小屋を手に入れた。殺害するときに地面でもみあいになり、土であなたのスーツは汚れ、ホームレスの方は顔が汚れた。


 でもそこで、死体の処理に困った。死体が発見されれば当然、警察の捜査そうさが始まって、自分が殺したことがバレてしまうことをおそれたのでしょう。


 どうしようかと考えたあなたには、名案めいあんがひらめいたのでしょう。死んだのは自分、片山修平にしてしまおうと。なのであなたはまず、服を取り換えた。そしてスーツの上着のポケットに、自分の名刺めいしを入れた。だがこのままではこの死体は、片山修平にはならない。顔が全然、違うからです。片山修平を知っている人が見れば、簡単に分かります。この死体は、片山修平ではないと。


 そこであなたは、包丁で死体の首をった。これでこの死体は、片山修平になると考えたのでしょう。片山修平が死んで、借金取りもあきらめると考えたのでしょう。でもやはり、問題が起きた。その首を、どうするかという問題です。


 どこかに置くことは、危険です。誰かに見つかってしまったら、首なし死体と関係を調べられが片山修平ではないことが、バレてしまうからです。そこであなたは仕方しかたなく、自分の手元てもとに置いておくことにした。


 でも小屋の中に首を置いておくのも、不自然です。なのであなたは、考えた。マネキンの首と一緒いっしょに、置いておくことを。『木をかくすなら、森の中』ってい言いますからね。マネキン会社の社長だったあなたなら、マネキンの首はいくらでも手に入れることが出来たでしょう。


 そしてマネキンの首を置いておく理由は、視線しせんを感じていたいからということにした。でもやはりあなたは、ミスをしました。それはあなたからは、臭いがしなかった。他のホームレスからは、臭いがしました。『たまには、お風呂ふろに入ったらどうでしょう?』と思わず、アドバイスをしてしまったほど。奥野は、目の前の男に聞いた。

「これが僕が推理すいりした、今回の事件です。どうですか、修平さん」


 修平は、うなだれてつぶやいた。

「くっ……。完全な犯罪はんざいだと、思ったのに……」


 だが奥野は、キッパリと告げた。

「この世に完全な犯罪など、ありませんよ」


 そして修平の両手に、手錠てじょうをかけた。藤巻刑事はそれを満足そうに、見つめていた。


   ●


 それから数カ月がった、ある日。警察署の入り口で奥野は、藤巻刑事に頭を下げた。奥野は明日から、警視庁けいしちょうの刑事になる。

「一年間、ありがとうございました、藤巻刑事。藤巻刑事から教わったことは一生、忘れません!」


 藤巻刑事は、微笑ほほえんだ。

「ありがとうございます。最高のおわかれの、言葉ですね」


 そして奥野はもう一度頭を下げ、警察署を後にした。すると鑑識官の、郡司ぐんじがやってきた。

「奥野は、出世しゅっせか?」


 藤巻刑事は再び、微笑んだ。

「はい、出世です。警視庁の刑事になるので。ところでぐんさんが育てた女性は、どうなりましたか?」

「ああ、こっちも出世だ。明日から、警視庁の鑑識官かんしきかんになるからな。もうこの警察署を、後にしたよ」


 そしてため息をついた後、郡司は続けた。

「なあ、藤巻。今日はもう早退そうたいして、酒でも飲みに行かないか?」


 藤巻刑事は、疑問の表情で聞いた。

「どうしてですか?」


 郡司は、しぶい表情で答えた。

「ガキの頃は卒業式の時、なんで教師きょうしが泣くのか分からなかった。でも新人を育てる、この立場たちばになってようやく分かった。自分が育てたヤツの巣立すだちを見送みおくるのが、こんなにツラいってことを。酒でも飲んで泣きたい気持ちを、ごまかすしかねえんだよ……」


 同じく自分が育てた新人の巣立ちを見送った藤巻刑事も、同意どういした。

「そうですねえ……。まあ、今日くらいは、いいでしょう。早退して、これから飲みに行きましょう」


 そして二人も、警察署を後にした。

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今日も藤巻刑事は新人を育てる その六 最後の事件 久坂裕介 @cbrate

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