今日も藤巻刑事は新人を育てる その六 最後の事件

久坂裕介

出題編

 奥野おくのは暗い表情で、つぶやいた。

首無くびなし死体って初めて見ますけど、インパクトがありすぎですね……」


 川べりの空き地に仰向あおむけになっている首無し死体を見て、藤巻ふじまき刑事もうなづいた。

「そうですね。久しぶりに見ますが、やはりインパクトがありますね」


 そして鑑識かんしき作業を見守っている、郡司ぐんじに聞いた。

ぐんさん、取りあえず死因しいんは分かりますか?」


 郡司は鑑識作業をしている、女性に答えさせた。彼女の説明によると、死因は腹部を刃物で刺されたことによる、出血多量死。傷の大きさからすると、おそらく包丁。さらにその包丁のようなモノで首をり、頭部を持ち去ったと考えられるという、ことだった。郡司は彼女の説明に、満足そうに頷いた。藤巻刑事は、更に女性鑑識官に聞いた。

「すると死体の身元みもとを特定するのは、難しいでしょうね」


 女性鑑識官は首をって、答えた。

「いえ。この名刺めいしが、手掛てがかりになると思われます。スーツの上着のポケットに、入っていました」


 藤巻刑事は、彼女から名刺を受け取った。

「えーと、片山かたやま修平しゅうへい。片山マネキン株式会社の、社長ですか……。するとこの首無し死体が高価そうなスーツを着ているのも、納得なっとくできますね。ちょっと土で、よごれていますが」


 と首無し死体のスーツを確認した後、スマホを操作した。

「えーと、片山マネキン株式会社は昨日きのう倒産とうさんしたようですね。多額の借金をかかえて」


 すると奥野は、真剣な表情で呟いた。

「うーん。昨日、倒産した会社の社長が、首無し死体で発見されたか……」


 それから藤巻刑事に、提案した。

「あっちの方に、ブルーシートとだんボールで作られた小屋が、三軒さんけんあります。おそらく、ホームレスが住んでいると思います。この事件で何か知っていることがないか、聞いてみましょう」


 すると藤巻刑事は、微笑ほほえみながら頷いた。

「そうですね。そうしましょう」


 その時、郡司は呟いていた。

「それにしても、にお遺体いたいだな……」


 奥野と藤巻刑事はまずは、左にある小屋に向かった。奥野が、聞いた。

「すみませーん、警察なんですけど。向こうに首無し死体があるんですけど、何か知っていることはありませんか?」


 すると小屋から出てきた男は、答えた。

「首無し死体? いや、知らないな。これから仕事だから、出かけたいんだが」


 小屋の奥には、かんが入った透明な袋がたくさんあった。おそらく街中まちなかから空き缶を拾って、売っているのだろう。奥野は、答えた。

「そうですか、ありがとうございました。でもたまには、お風呂ふろに入ったどうでしょう。ちょっと、臭いますよ?」


 それから二人は、真ん中にある小屋に向かった。警察なんですが、話を聞かせて欲しいと言うと、小屋の中で寝転がっている男はわめいた。

「警察? ふん、警察なんかに話すことなんか、何もねえよ!」


 それでも奥野は、食い下がった。

「あの、向こうに首無し死体があるんですが、何か知っていることは……」


 すると男は、再び喚いた。

「だから警察なんかに話すことなんかねえって、言ってるだろう! 首無し死体? 知らねえよ、そんなもん!」


 小屋の中には、男が寝ている布団だけがあった。他には、何も無かった。奥野は、礼を言った。

「そうですか、ありがとうございました。でもたまには、お風呂に入ったどうでしょう。ちょっと、臭いますよ?」


 そして二人は、右側にある小屋に向かった。奥野は、聞いてみた。

「あの、警察ですが、向こうにある首無し死体について何か知りませんか?」


 小屋の中で寝転がっていた男は起き上がり、答えた。

「首無し死体? いや、知りません。お力になれず、申し訳ない」


 小屋の奥には、十個ほどのマネキンの首がならんでいた。みんなこちらの方を向いていて一見いっけんすると地面から、首が生えているように見えた。だが一つだけ、土で汚れていた。奥野は、再び聞いてみた。

「あの、それらのマネキンの首、ちょっと気持ち悪くないですか?」


 すると男は、微笑みながら答えた。

「いえ、実は私、視線しせんに『目がね』えんですよ」


 当然、奥野は聞いた。

「えーと、それは一体、どういうことですか?」


 男は、説明した。私は人の視線が、大好きなんです。私に向けられる視線は、私が注目されているという証拠しょうこですから。でもホームレスになってしまうと、人の視線を感じる機会きかいはありません。なのでマネキンの首を置いて、その視線を感じて満足しているという訳です、と。


 奥野は一応、頷いた。

「はあ、そこまでしますか。そこまで視線に、『目がね』えですか……」


 死体があった場所までもどると、藤巻刑事は奥野に聞いた。

「さて、この事件、君はどう考えますか?」


 すると奥野は、キッパリと答えた。

「はい。犯人の修平が今どこにいるのか、分かりましたよ。『木をかくすなら、森の中』って言いますからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る