4話

 私は、太く高い木を選んで、それに登る。

 銀でできた木は、普通の木よりもよく滑る。何度も落ちそうになりながら、枝から枝に手を伸ばして、地上から3メートルくらいの高さまで登ってきた。

 枝に跨って、地面を見る。真下ではシーラが大きく手を振っていた。

 私は喉を鳴らした。別に、高いところが怖いというわけじゃない。ただ、これからやることを考えると、すごく緊張してしまう。


 シーラの考えはこう。


 鉄鋼鹿をF5に帰らせるためには、私達の指示が聞ける程に落ち着いて貰わないといけない。その為には、機嫌を直してもらわなきゃならない。

 鉄鋼鹿が苛立っている理由は、銀で覆われた角が痒いからだ。なら、その原因を取り除いてやればいい。銀を剥がしてやるんだ。


「だからと言って、無茶苦茶な……」


 私は弓を握ってため息をつく。

 シーラが囮になって鉄鋼鹿を引き付け、私が矢で宝石と銀の境目を射抜き、銀を砕く……

 本当に、シーラの作戦は無茶苦茶だ。

 だって、昨日私は、シーラの頭を射抜きそうになった。また同じことをしてしまうかもしれない。


 私はシーラに「自信が無い」と言った。そしたらシーラは


「私は、レラの弓を信じてる。だからレラは、私が信じるレラを信じろ」


 だって。

 ほんっと、シーラは馬鹿だ。そんなシーラを信じる私も馬鹿だ。

 だけど、シーラの信頼に応えたい。私は弓に矢をつがえた。


 シーラを見る。

 シーラは、茂みの奥から出てくる鉄鋼鹿に向かって挑発している。手招きしたり、中指を立てたりして。

 鉄鋼鹿の頭はまだ見えない。銀の枝葉が邪魔をしている。

 私はいつでも矢を放つことができるように、弦を右手でギリリと引き絞る。


 目を凝らして、集中。


 鉄鋼鹿が走り出す。シーラは、ハンマーを縦代わりにして角を受け止める。

 両者がぶつかり合った音は、ここまではっきりと聞こえてきた。

 ぶるりと、肌が粟立つ。

 失敗はできない。

 失敗したらシーラに当たる。

 そのくらい、両者の距離は近い。


 その時だった。

 グリーザーが焦点を絞った。

 視界は驚く程にクリアになり、鉄鋼鹿の角の根元をしっかり映し出す。根元の、青い本物の角を。


 絶対に、当てる。


「いけっ!」


 右手を放す。

 バシンッと激しい音を立て、矢が放たれた。美しい風切り音を立てて、矢は真っ直ぐに飛んでいく。

 そして、迷いなく、鉄鋼鹿の角を射抜いた。


 甲高い金属の音が辺りに響く。

 射抜いた根元から角の先端まで、一瞬で亀裂が入り、銀の角は砕け散った。うろこ状になった角の欠片は辺りに降り注ぐ。

 鉄鋼鹿は嘶いて、その場にどうと倒れた。


「やっ……た……?」


 グリーザーは焦点をひとりでにずらし、普通の眼鏡に戻ってしまった。だから私には、鉄鋼鹿がどうなったのかがよく見えない。私は銀の大木から滑るように降りて、慌ててシーラのところに向かった。


「シーラ、大丈夫?」


 一応尋ねてみたけれど、シーラに傷一つないことはわかっていた。だって私が放った矢は、鉄鋼鹿の角を射抜いた一射だけ。シーラは親指を立てて笑っていた。


「私は平気だ。それより鉄鋼鹿だよ」


 私は、倒れた鉄鋼鹿に近寄って手を伸ばした。鉄鋼鹿の角の片方は、銀がすっかり剥がれていて、その下にあったのだろう青く輝く角が姿を現していた。

 もう片方の角も、倒れた時の衝撃で亀裂が入っていた。私は矢筒から矢を取り出して、矢尻を亀裂にねじ込んだ。

 パキパキと音を立てて、銀の膜が剥がれていく。やがて全て剥がれると、その下から青く美しい角が現れた。


「レラの言った通りだったな」


 シーラは言う。

 私の見立て通り、鉄鋼鹿は青い宝石を常食している個体だった。多分、何かの拍子にF3にやって来てしまい、食べるものがなくて仕方なく銀を食べたんだろう。それが原因で角が銀に覆われ、その痒みで暴れていた、というのが、事の顛末だったんだろうと思う。


 銀をすっかり剥がしてあげたのだから、鉄鋼鹿はきっと穏やかになっているはず。


「鉄鋼鹿、起きれるか?」


 シーラの声掛けに反応して、鉄鋼鹿は頭を起こした。すっかり痒みはなくなったみたいだ。私達を見ても襲うようなことはなく、優しげな目でシーラを見つめた。


「これで痒くなくなったぞ。良かったなぁ、鹿ぁ」


 シーラが鉄鋼鹿に抱きついて、首の毛をワシャワシャと撫でた。鉄鋼鹿は気持ちよさそうに目を細めていた。


 その後の私達は、鉄鋼鹿を連れてダンジョンの奥へと潜って行った。

 普通の個体より一回りも大きい鉄鋼鹿は、他の生き物から襲われることがないらしい。綺麗な角を自慢げに見せびらかしながら、私達の後ろをついて歩く。


 F3の銀針峠を抜けて、F4の桃色沼地を抜けて、F5の鏡洞窟を抜ける。


 その先に、鉄鋼鹿の住処があった。


「うわぁ……」


 私達は思わず声をもらした。


 そこは森。

 森なんだけど、ただの森じゃない。


 地面には青色の花。漂う香りは爽やかなシトラス。

 辺りに生えているのは普通の木のように見えるんだけど、実っているのは木の実じゃない。雫の形をした青い宝石。

 ダンジョンの生き物は常識外れ。勿論知っていたけれど、こんなに変てこで美しい植物がいるなんて、思いもしなかった。


 森の奥から、鉄鋼鹿の群れがやってくる。助けた鉄鋼鹿よりも一回り小さいけれど、それが十頭以上の群れになると迫力が凄かった。

 どの子も青い目と角をしていて、とても綺麗だったんだ。


「ここが、あなたの住処ね?」


 鉄鋼鹿に尋ねる。鉄鋼鹿は、肯定するように鼻を鳴らして、鹿の群れの中に向かっていく。

 鉄鋼鹿達は、仲間の帰りを喜んでいるんだろう。お互いに鼻を、体を擦り寄せて、森の奥へと帰って行った。


 鉄鋼鹿を殺さずに済んで良かったなぁ。


「レラ、これ持って帰ろうぜ!」


 シーラに声をかけられ、私は振り返る。

 シーラは、青い宝石の木の実を握って、私に見せつけてきた。確かに綺麗だけど……


「シーラ。その実、虫食ってるよ」


「げ、まじで?」


 宝石に開いた小さな孔から、ピョコンと芋虫が飛び出した。虫嫌いなシーラは、「ぎゃああ!」と声を上げて宝石を放り投げる。

 私は大笑いしながら、両手で宝石をキャッチした。

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