3話
次の日、シーラと一緒に、再度ダンジョンの銀針峠へと向かう。
昨日の失敗が尾を引いてて、やっぱりシーラは怒ってた。だけど、眼鏡を新調したと言ったら、私の目元をじぃっと見てこう言った。
「いいんじゃないか。ちょっとデザインが古くせぇけど」
「なっ……!」
古臭い、だって?
言い返そうかと思ったけど、踵を返したシーラの後ろ姿が目に入り、私は口を閉じた。
前を歩くシーラは、ゆらゆらと尻尾を揺らしてる。猫獣人は、機嫌が悪いと尻尾を揺らす。原因は、私。
昨日のことを思い出すと何も言えなくて、私は顔を伏せてしまった。
しばらく歩いていると、鉄鋼鹿の姿が目に入った。
緩くカーブした道の向こう。鉄でできた木々に囲まれて、鉄鋼鹿は私達を見つめている。
眼鏡のせいで、昨日は見え難かった鹿の顔。今日はグリーザーのおかげでよく見えた。
その目は深い青色で、まるでのサファイアように煌めいている。
私はそれを不思議に思った。鉄鋼鹿は、食べるものによって体質が違う。角もそうだし、その他の部位もそう。
銀を食べているのなら、目は銀色になるはず。
なのに、鹿の目は青い。
「レラ、また見えねぇとか言うんじゃねぇだろうな」
シーラが苛立ちを隠さず尋ねてくる。
私はそれに対して首を振った。
「見えてるよ。だから、ちょっと違和感、というか……」
「違和感?」
説明しようとしたその時、鉄鋼鹿が走ってきた。
銀の針を踏み締め、バキバキと折りながら、私達に向かって来る。
「レラ、今日こそ頼むぞ」
シーラはハンマーをかまえて走り出した。
鉄鋼鹿が角を振るう。シーラはハンマーで角を打ち返し、防御する。
私は矢をつがえて、鉄鋼鹿をじいと睨んだ。鉄鋼鹿の額を撃ち抜くつもりで弓を引く。
グリーザーが、勝手に焦点を絞った。
まるで、顕微鏡の解像度を弄るかのように。私の意思に反して。
「えっ」
私は弓を持つ手を緩めた。このまま矢を射れば、シーラに怪我をさせてしまうと思ったから。
「おい、レラ! 何してんだ!」
シーラの怒鳴り声が聞こえるけど、私はそれどころじゃなかった。
だって、勝手に視点を動かされてしまうから、シーラの姿どころか鉄鋼鹿の顔さえ見えないんだもの。
代わりに見えたのは、鉄鋼鹿の角。
二本あるうちの、向かって右側。銀でできた角の根元に、黒い何かが見えていた。
昨日、シーラが指摘したところだった。私はグリーザーが見せてくるものを、訝しみながら見つめた。
黒……じゃない。深い青色の何か。辺りの光を跳ね返してキラリと光っている。
まさか、いや、これは……
「レラ!」
我に返る。
グリーザーが私に視界を返してくれた時には、鉄鋼鹿が目の前に迫っていた。
「ひっ……」
私は思わず頭を抱えて屈み込んだ。でも鉄鋼鹿は、私に攻撃してくることなく私を飛び越えて、銀針の木々の中へと入っていった。
情けないことに、私は足が震えてしまって、自力で立ち上がることができなかった。
「レラ、大事か!」
シーラに手を差し出される。私はシーラの手を握って、ゆっくりと立ち上がった。脚が震えて仕方ないから、シーラの肩に寄りかかる。
「昨日といい、今日といい……お前なぁ……」
シーラは怒っていた。そりゃそうだ。二日連続で失敗続き。しかも、命に関わるかもしれない失敗なんだから、怒るに決まってる。
でも、私はシーラの言葉を遮った。
「シーラ、ごめん。でも違うの。さっきのは、この眼鏡が真実を見せようとしてくれてたんだよ」
シーラは眉を寄せる。
私は確信があった。グリーザーが見せてくれたものを信じるのであれば、私達は鉄鋼鹿を討伐するべきではない。
「とりあえず休もう」
シーラは疲れてるだろうし、私はまだ脚に力が入らない。
休みたいと提案したら、シーラは渋々頷いた。
✩.*˚
冒険者の食事は、簡素なものになりがちだ。
今日の昼食は、乾パンと干し肉だけ。私はマッチで火を起こして、二人分のコーヒーを淹れる。出来上がったそれをミルクと一緒にマグカップへ注ぎ、シーラに差し出した。
「で、レラ。真実って何だよ?」
マグカップを受け取ってから、シーラが尋ねる。
私は自分のコーヒーをマグカップに注ぎながら、シーラに説明した。
「あの鉄鋼鹿ね、普段は宝石を食べてるんじゃないかな」
「宝石を?」
シーラは顔をしかめた。
鉄鋼鹿は、縄張りにある鉱物を主食にする。そして、一生同じ物を食べ続ける。そして、食べたことのない鉱物を口にすると、途端に体調を崩してしまう。
体の一部が別の鉱物で覆われて、酷い痒みが出てしまうらしい。
「体が痒いとイライラするでしょ。だから、あの鉄鋼鹿は気性が荒かったんだと思う」
シーラはコーヒーをちびちび飲みながら、私の意見に反対する。
「あの鉄鋼鹿、図体がデカいだけで何もおかしくなかったろ?」
私は首を振る。
あの鉄鋼鹿は、明らかにおかしかった。
「銀を食べる鉄鋼鹿なら、目は銀色のはず。あの鉄鋼鹿は青い目をしてた。
それに、角の根元。シーラも見てたでしょ?」
シーラは眉を寄せて、首を傾げて、ようやく理解したみたいだった。猫耳をピッと真上に伸ばす。
「根元、黒かった」
「遠くて黒く見えただろうけど、あれは瑠璃色の宝石だったよ。多分、ラピスラズリとか、サファイアとか、青い宝石が本来の主食じゃないのかな」
シーラは納得した。
でも、だからといって私達がやることは変わらない。これはクエストなんだから。
「とはいえ、どうすんだ。討伐すんのか」
「可哀想だけど、誰彼見境なく襲ってくるなら討伐しないと……」
私はそう思っていた。
だけどシーラはまたも私の意見に反対した。
「元の縄張りに帰してやらないか?」
「……元のって、F5?」
「ああ。F5まで行きゃ、あとは自力で帰るだろうさ」
「そうは言っても……あんなに気性が荒い鹿を、どうやって誘導するの?」
私は尋ねる。
シーラはパチリとウィンクして、こう言った。
「機嫌を直してもらったらいいんだよ」
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