2話

 ギルドに帰った後、シーラからこっぴどく怒られてしまった。

 原因は私にある。それは紛れもない事実。眼鏡が合っていないのを、そのまま放置していた私が悪い。


「はよ眼鏡変えろ。じゃなきゃお前、誰か殺すぞ」


 強い言葉で怒ってくれるのは私のためだ。少なくとも、シーラは解散と言わなかった。ありがたい。

 それでも私はかなり落ち込んでしまって、トボトボと夜の町を歩いていた。


 ふと、見慣れない店があることに気付いた。


 雑貨屋だ。看板には「星降堂ほしふりどう」と書かれていて、窓からはオレンジの暖かな光が溢れている。

 こんなお店あったっけ? 私は不思議に思いながらも、足は自然と店の中に入っていった。


「わぁ……」


 中にあったのは、キラキラと輝く魔法具達。


 天井には魔石のシャンデリア。

 壁には水晶のドリームキャッチャー。

 机には宝石の粒が詰まった砂時計。

 他にもたくさんの魔法具達がひしめき合っていた。


「いらっしゃい」


 女性の声が聞こえて、私は店の奥を見る。

 そこには、黒づくめの魔女がいた。髪は長く真っ黒で、片方の目を前髪で隠している。着ているのは真っ黒のワンピース、頭には三角帽子。ステレオタイプな魔女の外見だった。


「何かお探しかな?」


「え? えーと……」


 どうしよう。私は、店の雰囲気に惹かれて入っただけ。だから、何かを買うつもりなんてなかった。

 どう答えようか迷っていると、魔女は更に質問を重ねてきた。


「困り事があるんだろう?」


 ギクリとした。

 魔女は、私の反応を見てなのか「くひゅひゅ」と変な声を出して引き笑いする。


「星降堂には何でもある。もしかすると、君の困り事を解消する魔法具が見つかるかもしれないよ」


 あぁ、なるほど。ここは魔法アイテムのお店なんだ。

 なら、もしかしたら……


「私、最近眼鏡の度が合わなくなって……

 今、ダンジョンのクエストに挑戦してたんだけど、見えないせいで酷い失敗しちゃって、パートナーにすごく怒られちゃったんです」


「……ああ、鉄鋼鹿のクエストかい?」


 私は驚いて魔女を見つめる。魔女は私をじぃっと見つめて、ニヤニヤと笑っている。

 私が鉄鋼鹿のクエストに挑戦してること、何で知っているんだろう。


「F3の鉄鋼鹿だろう。あの、気性の荒い子」


 その通りだ。鉄鋼鹿にしては気性が荒い、あの個体。私達に気づいて逃げるわけでもなく、むしろ茂みに突進してきたあいつ。


「あの子はね……

 いや、やめておこう」


 魔女はそう言って首を振る。何を言いかけたんだろう。


「そうだね。この魔法具を持って行くといい」


 魔女はそう言って、棚に飾られていた眼鏡を手に取り、私に見せてきた。

 フレームはべっ甲でできていて、半円のレンズは厚みがある。グラスチェーンには若草色の宝石飾りがいくつかついていた。ペリドットだろうか。


「『真実を見るグリーザー』、勝手に度を合わせてくれる眼鏡でね。真実を決して見逃さない魔法具だよ」


「度を合わせてくれる? 勝手に?」


「……かけてみるといい」


 私は自分の眼鏡を外し、『真実を見るグリーザー』を手に取った。

 裸眼の視力はすごく悪い。今目の前にいる魔女の姿がぼやけてしまう程に。


 私は特に期待せず、グリーザーをかけてみた。


「……わぁ」


 ……びっくりした。視界があまりにもクリアだった。魔女の顔どころか、その後ろにある魔法具が飾られた棚だって、はっきりと見える。

 さっき魔女は、勝手に度を合わせてくれると言っていた。ということは、どんなに目が悪くなっても、度が合わなくなるなんてことが、今後一切なくなるということ?


「あの、私、これ買います!」


「気に入ってくれたようでよかったよ」


 私は、魔女からグリーザーを購入した。

 しかし、お金は求められなかった。支払いに使ったのは、ダンジョンでよく採れる薬草・モーリュ。

 「こんなのでいいの?」って聞いたら、「ちょうど切らしていたから助かったよ」だって。


 私はグリーザーをかけたまま、いそいそと帰り道を歩いた。

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