真実を見るグリーザー
LeeArgent
1話
「合わなくなってきたな……」
私は、眼鏡を外してぽつりと呟いた。
私こと、レラ・スプリングは、ダンジョンに潜る女冒険者。弓と半月刀を携えて、珍しいアイテムや宝物を探しに、ダンジョンに潜る。
最近、眼鏡の度が合わなくなってしまって、遠くが見え辛くなっていた。
ギルドのホール、その壁際にある机で、クエストの申請用紙を書いていたのだけど、すっかり手が止まっていた。
「レラ、まだ申請してねぇのか」
そう言って、私の手元を覗き込んでくる猫獣人は、シーラ・ビサコーネ。私とペアを組んでくれている女冒険者。ハンマーを担いで、男勝りな口調で私を急かしてくる。
「早くダンジョン行こうぜ」
「うーん……あのね」
「んん?」
私は黙った。
眼鏡の度が合わないと言ったって、切羽詰まってるわけじゃない。目を細めれば何とかなるし、一回ダンジョンに潜るだけなら大丈夫でしょ、多分。
「ううん、なんでもない。クエストはコレでいい?」
コルクボードに掲示されたクエストを指差す。そこに書いてあるのは討伐クエスト。
『巨大な鉄鋼鹿を討伐してください。
ダンジョンF3 銀針峠
この階層にはいないはずの鉄鋼鹿が、縄張りを主張して困っております。
本来の生息域であるF5に追いやるか、または討伐をお願いします。
報酬 青魔石×4、金魔石×5』
私達なら、きっと問題ない。
私達は、F6までの探索を許された中級冒険者。
討伐対象である鉄鋼鹿は、穏やかな気質をしている。
何より、報酬がいい。金魔石は光属性の武器に必要不可欠だけど、F8より奥でしか採取できない、希少な魔石だ。使うにしろ売るにしろ、手に入れて損は無い。
「レベルの割に破格の報酬……へぇ、いいじゃん」
「でしょ?」
私達は、このクエストを受けることにした。各クエストにふられた番号を申し込み用紙に記入し、受け付けに提出。そして、万一クエストがクリアできない場合の保険として、「離脱印」を受け取る。
これは、ダンジョンを一瞬で抜け出す、テレポート用のアイテム。ルーン文字が書かれたアンクレットだ。
「では、ご武運を!」
青い髪の受付嬢は、笑顔で私達にそう言った。
✩.*˚
その後、クエストのためにF3の銀針峠に行くと、確かに鋼鉄鹿がいた。
「あれで、間違いないよね?」
「あぁ、間違いないはずだ」
普通の森に住んでいる生き物とは違い、ダンジョンの中には一般常識では考えられない生き物が数多くいる。
鋼鉄鹿も例に漏れず、常識を逸脱している生き物だ。
鋼鉄鹿は、鉱物を食べる。
食べた鉱物は、大きくて綺麗な角になる。
鉄を食べれば鉄の角、金を食べれば金の角、宝石を食べれば宝石の角……といった具合に。
銀針峠は、銀が地面から針状に生えていて、差し込む光をキラキラと跳ね返している。
銀針の茂みに隠れて、私達は鋼鉄鹿を観察した。
鋼鉄鹿は、銀針峠の銀を食べていた。
ここには銀が豊富にある。だから鋼鉄鹿は規格外の大きさで、それに比例して角も大きかった。
「やべー、かっけー」
シーラは興奮して、鼻息を荒くしている。こんな鋼鉄鹿を見たことないから、興奮する気持ちもわかる。
「レラ、見えるか?」
「え? 何が?」
「目ぇ凝らしてよく見てみろ」
シーラが指差した先は、鋼鉄鹿の角。
私は目を細める。よく見えない。
「見えねぇの?」
「うーん……」
「角の根元。なんかあるだろ。私もはっきりとは見えねぇけど、鋼鉄鹿にあんな模様あるか?」
模様……確かに、右の角、根元がちょっと黒いような……?
鋼鉄鹿が、こっちを見た。
「あ、気付かれた」
鋼鉄鹿は穏やかな気質だから、そんなに焦りはなかった。
だけど、あの鋼鉄鹿は、他とは違った。目が血走っている。私を睨みつけて、嘶く。苛立っている……?
「なんかやべぇぞ」
「私がじっと見つめすぎたから、視線を感じたのかも」
「あー、かもしれねぇな」
鋼鉄鹿は、私達が隠れている茂みに向かって突進してきた。銀の角を振りかざして、私達を跳ね飛ばそうと。
「ぎゃー!」
私達は叫んで茂みから逃げ出した。直後、銀針の茂みは、鋼鉄鹿によって木っ端微塵に砕け散った。
「レラ、支援頼む!」
シーラはハンマーを構えた。戦闘モードに入ったんだ。
私は支援を頼まれた。後方から矢を射ってくれということ。
シーラは自ら囮を買ってくれた。象よりも大きな鋼鉄鹿を挑発するように、鋼鉄鹿の周りを駆け回る。鋼鉄鹿はすっかりシーラに気を取られてる。
私は、矢筒から二本矢を取り出した。一本は矢につがえ、一本は予備として、矢尻を薬指と小指で握り込む。
足を肩幅に開き、右手で弓を引く。狙いをつけ、集中。
……視界がぼやける。
目を細めると、ようやく視界がはっきりとした。
「レラ! 撃て!」
右手を離す。
パァンと音を立てて、矢が射出される。
風切音を立てながら、矢は鉄鋼鹿に向かっていく。
しかし、外れた。鉄鋼鹿の首を狙った矢は、首の後ろをかすめていく。
「おりゃっ!」
シーラは私のミスを取り返すかのようにハンマーを振るう。鉄鋼鹿の頭を狙ったハンマーは、惜しくも外れて角にぶつかる。
私は、予備の矢をつがえた。
もう一度、集中。弦を引き、狙いをつける。
駄目だ。視界がぼやける。
こうしている間にも、シーラは攻撃をしかける。でも鉄鋼鹿の体格に押され、苦戦している。
早くしなきゃ。焦る。
「撃て!」
シーラの声に、私は反射的に手を離した。
まずい。
「うぉおっ!」
矢はシーラの耳をかすめ、明後日の方向に飛んで行った。
「おい! 殺す気か!」
シーラが怒鳴る。
私は、やらかした失敗に体が震えていた。
きちんと狙えていないのに射るなんて。シーラを傷付けそうになるなんて。弓士として、あるまじきだ。
「帰るぞ!」
シーラが怒鳴る。アンクレットに書かれたルーン文字に触れている。
「うぅ……ごめん……」
これ以上の戦闘は無理だ。足を引っ張ってしまう。
私はアンクレットに触れ、ダンジョンから離脱した。
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