第17話


 眼前にはフライパンと大量のスーツケースで犇めく平地が広がっている。

 どうやらスーツケースの複製に成功したらしい。

 フライパンは恐らくおうちの人が使ったものだろうか。


(比率としてはスーツケースの方が圧倒的に多いね。有効性があった武器の方が優先して複製されるのかな)


『そんな感じだな』


 見渡す限り複製物で埋め尽くされた平地を見れば、ところどころに白い影がゆっくりと練り歩いている。

 目を凝らすと、白い布を体に巻き付けた人型のモンスターが見える。


「ふむ、あれはマミーという魔物のようだよ」


 浦霧さんによると、あれはマミーというモンスターらしい。

 マミーといえばハロウィンなどでよく見る包帯を巻いたミイラの怪物だろうか。

 当のマミーは包帯というより純白の布のような物を幾重にも体に巻き付けているが。


 というか、僕がスライムに溶かされた白いワンピースだあれ。


 [安田14:このモンスターが身に付けてる布、なんか見覚えあるような……]


「忘れようね?」


 [安田14:あっハイ]


「さてミキくん、どう戦う?」


 モンスターに対する攻撃は次の層以降でそれに適応したモンスターを産み出してしまう。

 かと言ってモンスターを倒さずに次の層を解放すると、次の層のモンスターが著しく強くなってしまうと前に視聴者から雑談中に教えてもらった。


 遠距離攻撃で倒すと次の層が面倒そうだし、なるべくなら近距離攻撃で倒したいな。


「うーん、ナイフで行こうかな」


「了解した」


 スーツケースを開き、ダンジョンに潜る前にショップで購入したナイフを取り出す。


「地面がこれだと戦いにくいから綺麗にするね」


 次元収納を発動しスーツケースとフライパンを収納。

 地面を埋め尽くしていた複製物が消え去り、初見の人達の驚きのコメントがいくつも流れていく。


 異変に気が付いたマミー達がスーツケースやフライパンを担ぎながら、足を引きずりゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。

 ロキが言っていた通り、侵入者の人数に合わせるかのようにそれぞれのマミーは2体でペアを組んで行動しているようだ。


(次元収納、スーツケース内からゴブリンとポプレムのスキル結晶を100個ずつ取り出し)


 そう念じると200個に及ぶ虹色のスキル結晶が僕らの周りに出現する。


「まずは僕が戦ってみるね。浦霧さんはこのスキル結晶で必要なスキルがあったら習得しちゃって」


「了解。気を付けるんだよ」


 転がるスキル結晶を踏み分けて、モンスターと浦霧さんの間に入るように前へ出る。


 [biscuit:この虹色のクリスタル何だろう。初めて見る]


「これはスキル結晶だね。モンスターから低確率でドロップするみたい」


 [P帽子:実物は初めて見たな。一度倒したモンスターのスキル結晶ならショップで買えるみたいだが……]


「そうなんだ。ダンジョンから出られたらチェックしてみよう」


 視聴者からの耳寄り情報を聴きながら前を向く。

 マミーは歩くような速さで僕を目掛けてにじり寄ってくる。


『オマエの物理破壊耐性はあくまで肉体の損壊を防ぐもので、殴られた衝撃は素通りだ。当たりどころが悪けりゃ死ぬから気ぃ付けろ』


 殴打に気を付けろというロキの忠告に、僕は静かに頷く。


(分かった。ついでにマミーってナイフ効くよね?)


『物理破壊耐性が付加されてなきゃ効くぞ。物理衝撃耐性もポプレム程は高くないから、お前の筋力なら殴っても少しはダメージを与えられるかもしれん』


(耐性獲得具合もモンスターによって違うんだね)


 恐らくは攻撃の威力の違いか。

 50メートル近い高さからボウリングの球程度の重さのものを相手の急所にぶつけるのと荷物を詰めたスーツケースで殴るのとでは、前者の方が高威力とみなされ、高い耐性を獲得したのだろう。


『ただマミーは包帯が巻かれている限りは体の骨がバキバキに折れてようとも平気で戦えるから、打撃攻撃はやっぱおすすめできねぇな』


(そうなんだ)


 最寄りの2体のマミーが頑丈そうなスーツケースを振りかぶりながら走り出す。

 大した速さではない。変神スキルによって得られた以前の3倍を超える敏捷性により、集中すればマミーの動きが緩慢に見える。


 直上から振り下ろされる大雑把な攻撃に対して身を引いて躱わすと、空振りしたスーツケースは地面へと直撃して大破してしまう。

 新しく買った靴もよくフィットしていて機敏に動ける。


 地面へと直撃したスーツケースが一撃でバラバラに破壊されてしまったことから、マミーのステータスは筋力に比重が置いてあり、逆に敏捷は低いのだろう。

 振り切った体勢のマミーへと素早く肉薄し、ナイフにより首元を斬りつける。

 乾いた布を裂くような感触と共に、マミーの首から黒い瘴気が漏れ出した。

 直後、もう一体のマミーがスーツケースを振りかぶった為、バックステップで距離を空ける。


(筋力が高そうだし、生命力も高そうだな。反面、耐久と敏捷は低いかな)


 一歩間違えれば命が危ういこの状況で体の芯が熱くなる。


(ああ、楽しい……。今、人生で1番楽しい!)


 命を懸けた戦いにより、生きているという実感が湧いてくる。

 ただ漫然と過ごしていた平凡な人生に風穴が空き、生きるか死ぬかの2択を迫られる緊張感。

 日常を破壊して現れた超常の存在に脳が灼かれる。


 僕は今、生きている。


 油断なくナイフを構え、再度斬り込むべくタイミングをはかる。


 間を置かずマミーコンビが襲い来る。

 一方は武器を使い潰して徒手、もう一方はスーツケースを振り回そうと構えている。


(まずは頭数を減らしたいから、ダメージを負った個体から)


 僕は最初に首元を切った個体に狙いを付け、緩慢な動作から放たれる殴打を回避し、黒い煙が漏れ出す首の傷口へと再度ナイフを突き立てる。

 以前の僕より遥かに高まった腕力を用いてマミーの首を力任せに切り飛ばす。

 頭部を切断されたマミーが燐光に変じ始めたのを横目に、もう一体のマミーによるスーツケースの殴打を転がるようにして回避。

 素早く立ち上がり、重たいスーツケースを空振りしたことでよろめくマミーへと接近し、首を狙って斬撃を浴びせる。

 カラカラに乾燥した皮膚と肉を深く切り裂いたのを確認し、深追いはせずにさっと距離を取る。

 傷口から黒い瘴気が滲み出るマミー、その傍には最初に倒したマミーのスキル結晶が落ちている。


 ロキによればマミーの物理衝撃耐性は完全ではないんだったか。

 なら、今からでもスキル結晶の複製を狙えるだろうか。


(次元収納、マミーのスキル結晶を収納、即座に取出)


 地面に転がっていたスキル結晶が消え、すぐに手元へ現れる。

 右手にナイフを持ち、左手でスキル結晶を掴む。

 スキル結晶はサッカーボール程の大きさがあるものの、所々尖っているのでなんとか片手でも持つことができた。


 間髪入れずにマミーが乾いた体を軋ませながら、スーツケースを乱暴に振るう。

 大振りに振るわれたそれをひょいと躱し、そのままナイフでマミーの首を攻撃する。

 2度目の斬撃により黒いもやが吹き出るマミーはもはや首がなんとか繋がっている状態だ。

 トドメに虹色のスキル結晶でマミーの頭部を強く打つと、ついにミイラの首が切り離されて光の粒子へと変わっていく。


 ハラハラと何枚かの白いワンピースが舞い降り、マミーが消滅したことを告げた。

 マミーが新たにドロップした青い宝石のような物と複数のワンピースを収納し、周りを見渡す。

 マミーの動きはゆっくりなので次陣が来るまでに少し余裕がある。


 くるりと反対に向き直り、浦霧さんの様子を確認する。


「スキルはどう?」


「ああ、ありがたく覚えさせてもらったよ。ゴブリンからは投擲、暗視、連携、成長加速のスキルを。ポプレムからは崖登り、寒冷耐性、物理衝撃耐性、軌道予測のスキルを得たよ」 


「成長加速!強そう!」


「あくまでトレーニングの効果が出やすくなったり、理想の体型になりやすくなるものらしいよ」


「チートスキルではなかったか……」


 レベルの概念がある作品だと大体強スキルだけど、僕らのステータスにはレベルとか無さそうだしな。


「ふむ、軌道予測というスキルは少し面白そうかもしれない」


 恐らく説明文を熟読していると思われる浦霧さんが口元に手を当てながらそう溢した。


「どんなスキルなの?」


「遠距離攻撃の軌道の予測線が見えるというスキルで、自分が遠距離攻撃をする時や敵の遠距離攻撃が放たれる直前にその軌道が薄い赤色で視界に表示されるというものだ」


「飛び道具の命中率と回避率が上がりそうだね」


 ポプレムはせっかくこんなスキルを持っていたのに狭い穴蔵にいたからガンドを避けられなかったのだろう。


 浦霧さんとそんなやりとりをしていると、コメントで気になる投稿があった。


 [三年エタ郎:俺もゴブリンは倒したけどショップで成長加速なんてスキルは無かったな。投擲と暗視と連携は有ったけど]


「ゴブリンを倒してもショップに成長加速のスキル結晶は売ってない……?ちなみにスライムはどう?」


 [wing-glasses:ショップで売っているスライムのスキル結晶は悪食、腐蝕粘液、腐蝕耐性、物理破壊耐性、自然治癒だね]


「ありがとう」


(収納スキルは売っていない?と、なると成長加速と収納はスキル結晶・全でしか得られないのかな)


『モンスターのスキルの中には超低確率ドロップのスキル結晶からしか得られないレアスキルがあるな。ポプレムの軌道予測なんかもそうだな』


(ほえー、そうなんだ)


 どうやら一部のスキルはレアスキルとなっており、ショップから買うことができないらしい。


「ショップで買えないスキルもあるみたいだね」


「どうやらそうらしい」


 浦霧さんと情報交換をしていると、無視できないコメントが脳内を流れていく。


 [ShikijoMakoto:ところでマミーが壊したスーツケースから下着みたいなの見えてるけど]


「へ?み、見ちゃダメ!」


 顔が熱くなるのを自覚しながら、急いで散乱する荷物を収納するのだった。

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ワールド・ダンジョン・クライシス 〜現代にダンジョンが現れて世界の危機ですが気ままに冒険します〜 三瀬川 渡 @mitsusegawa

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