第16話


「潜る前に複製する物を買おうかな」


 ショップを開いてポーションと解毒薬、武器欄にあった1番安いナイフを購入して黒いドア枠をくぐった。

 ダンジョンの中は涼しい空気に満ちている。


 スライムが出ていかないよう、入り口との境に塩を盛っておこう。

 ダンジョン内だと一定時間で消えてしまうらしいので、外側に重点的に撒いておいた。


「おうちの人が既にスライムを攻撃しちゃったみたいだから、次の層から打撃に対する耐性は獲得しちゃうだろうね。この層は打撃を使ってみようか」


「それなら、今日買った物は複製する為に全部まとめておくと良い」


「そうだね」


 中古の大きくて頑丈なスーツケースを取り出し、購入した物と浦霧さんから貰った物、ゴブリンとポプレムのスキル結晶、ポーション、解毒薬、ナイフを入れる。

 ついでにスマホや家から持ってきた物も限界まで詰め込んでおく。

 これを武器にしてモンスターを倒せば、次の層からこのスーツケースが丸ごと複製されるはず……。


「それじゃあ、獲得ポイント増加の為にハイシンを開始するよ」


「ああ」


 僕と浦霧さんはハイシンを開始する。


「クボトミキだよ。今日は仲間と一緒に3メートルのダンジョン、僕が勝手に3等級ダンジョンと呼んでいるものを攻略していくよ」


「浦霧奏だ。よろしく頼む」


 お互いの配信向けに軽く自己紹介をした後、攻略の為に歩き出す。

 印を付けても消えてしまうので、試しに簡単な地図を書きながらダンジョンを進む。


「浦霧さんはハイシンにアバター使ってるの?」


「ああ。私の容姿に少しアレンジを加えたものをアバターとして使っている」


「そんなことも出来るんだね」


 アバターは自分の容姿を基準に作ることもできるのか。


「ところで、君のことはなんと呼べば良いだろうか」


 そういえば、僕はクボトミキと名乗っているのだった。


「えっと、ミキかな」


「よろしく、ミキくん。ちなみに漢字だとどう書くんだい?」


 うーん、久保戸美姫?

 いや、本名から遠い方が良いか。


「クボトは……凹凸の凹をクボと読んで、あ、ついでに凸もトと読んじゃって凹凸クボトかな。ミキはカタカナでいいや」


「分かった。随分とファンシーな名前じゃないか」


 凹凸ミキ。

 配信中はこの名前を使っていこう。


[安田14:初見です]


「初見さんありがとー。あ、迷宮の覇者を使って索敵するね」


 迷宮の覇者を有効化し、周囲のモンスターを索敵する。


 曲がり角の先にスライムがいるようだ。


[8901016:曲がり角の先、映像にスライムが映ってる]


「モンスターがいるね。いつもなら塩を掛けて倒すけど、既に誰かがスライムを殴ってしまったらしいので、今回は打撃でアイテムの複製を狙っていくよ」


 頑丈そうなスーツケースを後ろ手に構え、走り出す。

 スライムが何らかのアクションを起こす前に、標的に向かって鈍器と化したスーツケースを振り下ろした。


 スライムが潰れるのと同時に、腐蝕性の粘液が盛大に周囲に飛び散り、僕にも多量の液体がかかってしまう。

 同時に、嫌な音を立てて僕の服が溶け始める。


「わわわっ!?」


 幸いなことに、僕には高い腐蝕耐性があるのでダメージは無い。

 一帯に飛散したスライムの粘液は徐々に光の粒子となって消えていく。


「くぼッ、みみみミキくん!ふ、服!服!」


 慌てた様子の浦霧さんが何かを叫んでいる。


 視線を下へと向けると、腐蝕性の粘液によって溶けながらも辛うじて貼り付いていた何枚かの白い布切れが、粘液の消失とともに身体から剥がれていくところだった。

 そういえば、今の僕は浦霧さんからもらった白いワンピースを着ている、いや、着ていたのだった。

 不特定多数の誰かに女の子の格好を見られていると考えると、今更ながら猛烈に恥ずかさが込み上げる。

 というか今はその女の子の服すらほぼ布切れと化してるではないか。


「わ、わああああああああ!?」


 白いボロ布がするりと落ちるのと同時に、身体を手で隠しながら素早くその場にしゃがみ込む。


[みえ][ああああああああ][見え……][うおおおおおおお][きたあああああ][よっしゃあああ][おおおおおおおおお][ありがとうございます!][オレでなきゃ見逃しちゃうね][生きてて良かった……]


 こんなに視聴してる人居たんだとびっくりするような爆速でコメント群が流れていく。


「は、ハイシンを一旦切るんだ!」


 浦霧さんが僕の身体をなるべく覆い隠すように抱き付きながら、配信を切ることを提案してくる。

 大パニックになりながらハイシンの終了を選択し、記録を消して視聴者が映像を見返せないように処理する。


「うう……」


 羞恥のあまり涙目になりながら体育座りの姿勢でどんよりと落ち込む。


「ど、ドンマイ……」


 浦霧さんも何と声を掛けて良いのか分からないようで、当たり障りのない慰めの言葉しか出てこない。


『別に減るもんじゃねぇだろ』


(減るよ!僕の尊厳とか!)


「何でこんなに恥ずかしいんだ……。僕の本当の身体じゃないのに……」


「ふむ、ラバーハンドイリュージョンという現象があってな。偽物の体でも本物同様の刺激を受け続けていれば、本当の身体であると錯覚してしまうものだよ」


 確かに、この美少女の体を仮初の肉体などではなく、既に僕自身の身体と認識しつつある気がする。


「身も心も美少女になってしまったらどうしよう……」


「とりあえず着替えたらどうだい?」


 浦霧さんの指摘を受け、表面が溶け出したスーツケースの中から下着やジャージを取り出して着替えていく。

 ついでにブカブカの靴も新しい靴に履き替えた。


「ひどい目にあった……」


「スライムで複製を狙うのはちょっと難しそうだね」


「今度からは大人しく塩を撒くよ」


 外側が溶けかけたスーツケースを収納してしまい、再びハイシンを起動する。


「急に中断してごめんね。勢いよくスライムを潰すと酸みたいなのが飛び散るから、皆も気を付けよう」


[見逃した。何かあったの?][スライムの粘液まみれになって服が溶けた][マジかよ!?超見たかった!]


「お願いだからさっきのことは忘れて!」


 視聴者のコメントに軽く悲鳴をあげつつ、簡素な地図を描きながら1層の迷路を進む。

 スライムが居ない方向に進んだり、風を感じる方向を目指して進んでいく。


 どうしてもスライムの居る通路を通らねばならない時は、全力でダッシュしてスライムの横を通り過ぎる。


 そんなこんなで小一時間程で次の階層へと繋がる階段を発見した。



 長い長い螺旋階段を浦霧さんと降りていく。


 螺旋階段は真ん中が広めの空洞になっているので、上手く使えばショートカットできそうな気がする。

 羊のモンスターみたいに落下しても平気になればジャンプしてショートカットが可能かもしれない。


 そんなことを考えながら階段を降り切り、2層へと到達する。

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