第15話


「浦霧さん、大丈夫?」


 寂しげな顔を見せた浦霧さんのことが心配になる。

 僕の物覚えが悪いせいで浦霧さんを悲しい気持ちにさせてしまったのだとしたら申し訳ない。


「すまない、少しお願いがあるんだが……」


 浦霧さんの腰に回していた手をそっと解いて、彼女の黒い双眸を見つめる。


「お願い?僕にできることなら何でも言って」


「……では、この服を着て、私の頭を撫で撫でしてくれないか?」


 浦霧さんはどこからともなく、漫画とかでしか見ないような純白のワンピースを取り出してそう言った。


 なんか、思ってたお願いと違うな……。


「このひと夏のアバンチュールが始まってしまいそうな服を僕が……?」


「た、頼む!」


 浦霧さんの必死な形相に負け、公園の物陰で着替えた僕は恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。

 ひらひらの白いワンピースだ。

 スカートであり、女装である。

 恥ずかしくない訳がない。


 なるべく丈が長くなるよう、火が吹き出しそうに熱い顔を俯かせながらスカートの端を伸ばすように抑える。


「ふふ、さっきのお返しだ」


 なんかもう既に回復しているようにしか見えない浦霧さんが素早く僕のお腹に顔を埋める。

 その勢いに押され、背後にあったベンチにすとんと腰を下ろした。


「浦霧さん……?」


「すうううううううううう」


「浦霧さん!?」


 お腹に顔を埋めた浦霧さんが凄まじい勢いで息を吸い込んでいる。


 この状態で頭を撫でろと!?


 顔から湯気が出そうな程の恥ずかしさに耐えながら、浦霧さんの頭を優しく撫でていく。


「ママ……」


 ま、ママ!?

 ママじゃないが……。


 僕より大きな浦霧さんが僕のお腹の辺りに一生懸命に顔を押し当てて、小動物のように丸まっているのを見ると何だかよく分からない感情が湧いてくる。


 も、もしや、母性……?


『好かれてるな』


(違うよ。浦霧さんは可愛いものが好きだから、今の僕に世話を焼いてくれるだけだよ)


『そうかぁ?』


 どこか呆れたようなロキの声を聞きながら、浦霧さんの頭を撫で続ける。


 ……。


 放っておいたら無限に撫でさせられそうなので、5分ほどで切り上げた。


「これ僕がスカート履く必要性あったかな?」


「迷宮だと壁や床からの光で魔力を回復できるようだし、脚部を布で塞がないスカートの方が魔力の回復の為に良いと思ったんだ。こういう機会が無いと履こうとも思わないだろう?」


 ホクホク顔の浦霧さんはもっともらしい理由を述べるが、絶対それだけじゃないよね……。


「あ、そうだ。ID交換しておこうよ」


「ああ、こちらからもお願いする。私の設定したIDは“uragirisou”だ」


 浦霧さんはIDとかに平気で本名使えるタイプなのか。


「僕は“kubotomiki”だよ」


 お互いにステータスの機能を呼び出し、IDをフォローし合うことにした。

 ついでにスマホの連絡先も交換しておく。


(ロキ、浦霧さんと冒険するってのはどうかな?)


『良いんじゃねぇか?複数人で探索するとモンスターも複数で出現するというデメリットはあるが、オマエなら3等級迷宮ならもう大丈夫だろうし、むしろポイント稼ぎやすくなるかもな』


 相変わらずダンジョンの特性が悪質すぎる……。


(ところで3等級迷宮って何?)


『あ、ワリぃ。ダンジョンコアに封じられた夢幻帯星の大きさによって迷宮の規模は異なるんだが、それをオイラ達なりにランク分けしたものだな』


(なんかダンジョンって大きさがあるんだっけ?)


『扉の高さが3メートルだと3層までしかないんだが、これを3等級迷宮と呼ぶ。高さが9メートルの物は2等級迷宮、27メートルの物は1等級迷宮、81メートルの物は0等級迷宮と呼ばれていたな』


 メートルという単位が普通に使われているのも、やはり神達が人類に干渉した結果なのだろう。


(3メートルの扉が3層までってことは、もしかして81メートルの扉は81層まである?)


『そうだな。まあ0等級迷宮は全世界でも300程しか無いだろうがな』


 1層ごとに耐性を獲得していく厄介な性質なのに、81層もあるなんて攻略は無理ゲーなのでは……。


 話が逸れたな。


「浦霧さん、良かったら僕とダンジョンに潜らない?」


「私とか?私では久保くんの足手纏いになってしまいそうだからやめておくよ」


(駄目だったか)


『もっと誘い方を工夫しろ。相手の服の端っこをそっと掴んで上目遣いで誘うんだよ』


(そんなので変わる訳がないと思うけど……)


 一応、駄目で元々の精神で試してみる。

 浦霧さんのスカートの端を申し訳なさそうにちょこんと摘み、不安そうな眼差しで浦霧さんの顔を見上げる。


「駄目、かな?」


「ん゛っ。しょ、しょうがないな」


 何故かはよく分からないが、唐突に浦霧さんが一緒に冒険してくれるようだ。

 ロキはすごいな。

 でも大切な何かを失った気がする。



 話がひと段落したところで、スマホが鳴動する。

 表示を確認すると、スライムを退治した時のおばちゃんからだ。


「はい。もしもし」


『あ、もしもしぃ?さっき助けてもらったお姉さんだけど、分かるぅ?』


 参ったな、一気に分からなくなったぞ……。

 とりあえず話を合わせておく。


「ああ、お姉さんでしたか」


『あらやだー!上手なんだから!もう、冗談よぅ!おばちゃんよおばちゃん!』


 スピーカーの向こうから弾むような声が聴こえてくる。

 話を切り出さなければ一生雑談してきそうな雰囲気を感じる。


「それで、どうかしましたか?」


『そうそう、あのダンジョン?のことなんだけどね、うちの近所でどうにかしたいっていう人が居るのよ〜』


 それから聞き取りをしたところ、家の中にダンジョンが出来て困っている人が居るらしい。

 警察に相談するも警察ではどうにも出来ないらしく、困っているそうだ。

 家の人にはダンジョンのことを調べてもらったが、その上で消して欲しいとのことだった。


「分かりました。住所を送っていただければ、お伺いします」


『じゃあ、住所を送るわね』


 という返事と共に通話が切られ、住所が送られてきた。


「さっきのおばちゃんからだったよ。近所に困っている人がいるからダンジョンを消して欲しいんだって」


「ふむ、行ってみよう」


 地図アプリを起動し、指定された住所まで2人で歩いていく。


「おうちの人に連絡とかはしといた方が良いかもね」


「大丈夫だ。父にメッセージを送っておいた」


 僕が電話している間にメッセージを送信していたようだ。


「僕の方から誘っておいてなんだけど、おうちの人に心配かけちゃいそうだね」


「父は研究者をやっていてね。家にはほとんど居らず、比較的放任主義なんだ。母は私の小さな頃に亡くなってしまっていてな」


 浦霧さんのお母さんは既に亡くなってしまっていたのか。

 僕も物心つく前に父が死んでしまっているので、その心中は察するものがあった。


「そうだったんだ」


「私の家は経済的な余裕があったのでそれほどの苦労はしなかったがね」


 浦霧さんは特段気にした様子はないが、僕に心配をかけまいと気丈に振る舞っているのかもしれない。

 僕にできることがあれば力になってあげたい。



 目的地であるお宅に着いた。

 時刻は午後5時を回っているが、夏の夕方はまだまだ明るい。


「ごめんください。黒い扉の件でお伺いしました」


「お待ちしていました。よろしくお願いします」


 どこか疲れた様子の中年の女性が出てきて話をした。


 ダンジョンは家の中に出現し、すぐに触れて開放してしまったそうだ。

 中に入った旦那さんがフライパンでスライムを叩いたところ、酸の反撃を受けて今は病院に行っているらしい。

 警察でもどうしようもないと言われ、困り果てていたようだ。


「避難はなさらないんですか?」


「実は避難所の学校などにも扉が複数現れたらしく、避難が出来ずに自宅待機の状態なんです」


「そうだったんですか。では、ダンジョン内に潜ってどうにかできないか調べてみます。少々お時間がかかるかもしれませんので、楽しにしてお待ちください」


「分かりました」


 ちなみに僕はコミュ障だけど、初対面の人とは普通に話せるタイプだ。

 逆に2回目以降だとだんだん話しにくくなってしまうが。


「それじゃあ行こうか、浦霧さん」


「ああ」


 僕と浦霧さんは奥に通路が伸びる黒いドア枠の前へと立つのだった。

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