第13話

 


「まずは必要な物を買いに行こう」


 貨幣への信頼が揺らぎ始めてるみたいだし、なけなしの貯金をぱーっと全部使っちゃおう。


 出発、……の前にお母さんにメッセージを送らないとね。


 人類の為に戦ったり、男に戻ったりしなきゃいけないから──、


「──人助けをしながら男になる為の旅に出ることにしました。しばらく戻れません、と」


 これで良いか。

 学校もこの姿じゃ通えないし、どのみちしばらく休校だろう。


 外に出ようと玄関で靴を履いている途中で、靴が少し緩いことに気が付く。

 ダンジョン内では気にする余裕が無かったが、身体が割と縮んでしまっているのだ。

 ジャージの袖丈も萌え袖みたくなってしまっている。


(靴も新しく買うしかないか)


 靴には応急処置としてティッシュを隙間に詰め込み、父が存命だった頃に仮の住まいのつもりで購入したらしい我が家を出る。


 僕が住んでいるのはつくば市という町で、研究が盛んな研究学園都市と呼ばれたりしている。

 しかし、そんな大層な名前とは裏腹に自転車でちょっと走れば周りには芝生を売る為の芝畑と田んぼが広がる田舎である。

 僕の家はそんな芝畑のど真ん中に建っていた。


 自転車に乗り、漕ぎ出して1分も経たぬうちに道路のど真ん中にダンジョンの入り口があるのを見つける。


(こんなにポンポンあるようじゃ、完全に封鎖するのは無理だろうな)


 迷宮の覇者スキルによる探知もあまりに多くの反応があって頭が疲れてしまうので、慣れていない今はオフにしている。


 今はダンジョンよりも買い物をしなければならないので、見つけたダンジョンをスルーして先を急いだ。

 美少女になったことで得られた筋力をフル稼働し、都市部(当社比)へ向かってペダルを回す。

 町を見る限り、地震による被害はほとんど無さそうだが、往来の真ん中に出現したダンジョンの扉によって交通網が混乱をきたしているようだった。


 いくつものダンジョンを横目に通り過ぎていくと、道端に人だかりが出来ている。

 なんだろうと思って見てみると、人々が青いぶよぶよとしたものを囲んで右往左往しているようだ。

 見物人のおばちゃんの1人に話しかける。


「どうかしましたか?」


「あら、美人なお嬢ちゃんねぇ。あのよく分からない扉から変な生き物が出てきたから、警察が来るまで見張っているの」


 どうやら見物人達は一定の距離を空けてスライムを見張っているらしい。

 だが、こんな混乱状態だと警察が来るまで時間がかかるだろう。


「あの青いモンスターなら僕がなんとかできるかもしれません」


「そりゃあできるならやってもらいたいけど、あの青いのは変なのを飛ばしてきて、それに触れると化学火傷が起こるのよ?」


「大丈夫。任せてください」


 ガンドにしようか次元収納で塩をかけるか迷っていると、ロキから制止を受ける。


『待て、強い攻撃をするとコイツを生み出した迷宮で強いモンスターが生まれかねない』


 攻撃の学習は迷宮の外に出ても続くのか……。

 じゃあ、迷宮でモンスターが飽和し、大量のモンスターが出口から逃げ出して拡散したら一気に色んな耐性を獲得してやばそうだな。


 仕方ないから、とりあえずは塩で行くか。

 次元収納で両手に塩を握り込み、駆け出す。


 元の肉体より遥かに高い敏捷性を持つこの身体ならば、開けた場所で普通のスライムに遅れを取ることはない。

 僕の接近に気付いたスライムが何かを発射するよりも早く、両手の塩をぶちまける。

 体表面が塩まみれになったスライムはもがき苦しみ、体がどんどん縮んでいく。

 最後に残った核をぷちっと潰すと、青い宝石のような物を残して光の粒となり消え去った。


「あらぁ、足が速いのねぇ」


 これでも靴のサイズが合ってなくて走りにくかったのだが、周りの人にはかなり速く見えたらしい。


 あ、そうだ。

 私有地内に生成されたダンジョンであれば法的な問題もないし、困っている人が居るのなら力になれるかもしれない。


「今はちょっと用事があるのですが、3メートル位の黒い扉でお困りでしたら消せるかもしれません」


「えっ本当!?近所に結構困ってる人居るのよねぇ。もし警察の方でもなんとかならないようなら、後でご相談させていただくかも……」


 恐らくは長時間待っていたのだろうおばちゃんには警察への不信感がありありと見て取れた。

 こんな状況だと流石に警察の人が可哀想だが。


「ネットでダンジョンなんて呼ばれていますので、少し詳細を調べていただいて、それでも扉をどうにかしたい場合はぜひご連絡ください」


 ダンジョンが有するアイテムの複製機能を消された後で知ったらややこしいことになりそうなので、一応調べるように促しておく。


「やあ、少し良いかい」


「はい?」


 連絡先を教えてその場を立ち去ろうとしたところ、同い年位の黒髪長髪姫カットの少女に呼び止められて気の抜けた返事が出てしまった。

 なんかこの子、見覚えがあるような……。


「久保くん、女の子になっちゃったの?」


「えっ、う、うん……?」


 不意打ち気味に放たれた核心に迫る問いに、僕は思わず頷いてしまった。

 直後に自らの失態を悟る。


(まっず)


 今の僕より頭一個分は高そうな長身の彼女の顔をちらりと見上げる。

 澄まし顔の少女の黒目がちでぱっちりとした瞳と視線がかち合う。


「同じクラスの浦霧奏うらぎり そうだよ。憶えてないかい?」


 思い出した。

 僕のようになし崩し的にボッチをやってる弱者とは違い、ハイスペックでありながら自らの意思で孤高を貫く変人、クラスメイトの浦霧奏だ。


「どうして分かったの?」


 今から誤魔化すのは不可能と判断し、何をもって僕を僕だと断定したのかを問う。


「その歩き方、体重移動、姿勢、目線の動き、呼吸の仕方、イントネーション、人との距離の取り方は久保くんのものと一致する。物証的にはジャージのサイズ、久保くんの家の方向からやって来たこと、それにスマホと靴と自転車が久保くんのものだろう」


「ヒュッ」


 驚きのあまり気管がきゅっとなり、息が止まる。


(えっ、こわっ。マジでこわっ)


 トイレを済ませていなかったら、おしっこをちびってたかもしれない。


「……というのは冗談さ。実は私の固有スキルが鑑定でね。ステータスを見たら久保くんの名前が表示されたのだよ」


「なんだ、びっくりしたぁ」


 どうやら固有スキルによるものだったらしい。


『鑑定の固有スキルというのは嘘だな。オイラの変神スキルは鑑定で判別できるようなチャチなもんじゃねえ。恐らくは鑑定より上位の神眼か、それに類する固有スキルだ』


 ロキの台詞に気を引き締める。


(どこまで知られたかな?)


『保有スキル、ステータスは知られているだろうな。もしクソ兄貴オーディンの神眼なら、知識量すらオイラを上回ってるかもしれねぇ』


(ほぼ全部じゃん)


「ふむ、警戒させてしまったかな?お詫びと言ってはなんだが、私で良ければ買い物に付き合おう」


 濡烏ぬれがらすのように美しい髪をふわりと靡かせる浦霧さんには狼のような肉食獣特有のプレッシャーがある。


「僕なんかの為に時間を取らせるのは悪いし……」


「丁度時間が空いているから問題ないよ。それに、今はいくつかのお店は臨時休業してしまっていてね。普段通りに開いているお店を私は知っているし、女の子に必要な物も分かるけどどうだろう?無理にとは言わないがね」


 そう言われると弱いな。

 お店を探し回って時間をロスするのは避けたいし、女体化してしまった体で必要なものなど皆目見当もつかないし。

 そもそも根暗なのでこういう誘いを断るのが得意ではない。


「じ、じゃあ、お願いしようかな」


 僕が承諾したのを受けて、浦霧さんはクールな顔を崩してにこやかに笑う。


「こう見えて私は可愛いものに目がなくてね」


 そう言って有無を言わさず僕の頭に手を置くと、わしゃわしゃと頭を撫でた。


(まさかのそっち目的!?)


 僕は小動物のように撫で回されながら、身の危険を感じていた。

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