第12話

 

 地震により散乱した小物と古めの漫画が立ち並ぶ本棚、簡素なベッド。

 ダンジョンから出ると、朝と寸分違わぬ僕の部屋だった。


「戻ってこれた……。でも、とりあえず──」


 感慨に耽る余裕はない。

 なぜなら。


「トイレえええ!」


 割と限界だったからだ。



 ──────────



 筆舌に尽くしがたい経験をした。

 途中、男だった頃との仕様の違いに戸惑い、ロキに泣き付きながらお手洗いを済ませた僕は自室のベッドにへなへなと座り込む。


『騒ぎすぎだろ』


「だって、だって……!拭き方を間違えると炎症を起こすとかロキが驚かせるから!」


『しょうがないだろ。悪かったって』


 やれやれと言った口調のロキが平謝りした。


 はぁ、と短くため息を吐きながら、心の中でロキにたずねる。


(それで、ハイシンやってみたけど、あんな感じで良かったの?)


『ああ。モンスターを倒していくだけでも、“モンスターは倒せる存在”という弱点をほんの少しずつ植え付けられるしな』


 問題はないようだが、ハイシンによる観測者効果は目に見えた成果が無いので実感が湧きにくい。


(うーん、本当に効いてるのかな)


『……オマエらが住むこの星にもかつて強大な怪物が居たが、神の力を借りた人間や力のある英雄に狩られ、終いにゃ“いなかった”ことにされたんだぜ?架空の存在と化した怪物は現実に干渉できなくなったんだ』


 地球にも昔はそういう存在が居たのか。

 それらの超常的存在が観測によって存在できなくなったのなら、同種である夢幻帯星にもきっと有効なのだろう。


『神秘は存在するかもしれないという余地にこそ存在し、観測という行為はその余地を奪う“神秘殺し”の効果がある。ついでに、複数の観測者らによる共通概念の普遍化もあるしな』


 そう言ってロキは観測という行為の強力さを説いた。


(というか、今更だけどロキってどんな立場なの?)


 ダンジョンのボスとして君臨し、同時にかつて滅ぼされたという神としても振る舞っているように見える。

 夢幻帯星ラスボスから産み出されたモンスターであり、夢幻帯星と敵対する神でもあるという矛盾する立場だ。


『オイラは神であり、モンスターでもある。簡単に言えば、かつては神だったが裏切って夢幻帯星側へ寝返った。おかげで他のボスとは違って自由意志が認められているがな』


 神を裏切ったのか。

 しかし、ロキの言動からすると夢幻帯星が倒されることを望んでいるようにも思えた。

 恐らくは環境や様々な要因が重なった結果なのだろうけど、今の僕が聞いてもよく分からなそうだ。


(もしかして、他のボスも神?)


『神だったり怪物だったりだな。全ての神は肉体を捨てて精神生命体になった訳だが、残された神の肉体は夢幻帯星に食われて迷宮のボスとして再利用されているだろうな』


 肉体だけとは言え、神の抜け殻とも戦わなければならないのか。


 ……神の抜け殻、蝉の抜け殻みたいだな。



「さて、やるべきことをやっていこうか」


 まずは部屋のど真ん中に馬鹿みたいに突っ立っているダンジョンの入り口の撤去だ。

 ダンジョンコアを取り出し、ダンジョンの最小化を選択する。


 ダンジョンの入り口はひゅばっと吸い込まれるようにダンジョンコアの中へ入っていった。

 あとはこのダンジョンコアを収納すればおしまいだ。


 次元収納スキルで収納し、今後使うかもしれないのでリストで名前を付けておく。

 3メートル級の1個目のダンジョンだから、「ダンジョンコア3-1」で良いか。


 次に、部屋を片付ける。

 というか、しばらく帰って来られなそうなので次元収納により片っ端から収納していく。

 最後にベッドと布団も収納し、部屋の中は空っぽになった。


 時間を確認しようとスマホの画面を見ると、緊急地震速報の通知や母親からの無事を報せるメッセージが届いている。

 お母さんも無事なようで安心した。


 今の時刻は午後2時ちょっと過ぎ。

 朝の8時からダンジョンに入っていたから、およそ6時間程潜っていたのか。

 お腹もかなり空いている。


 母はいつも朝早くから仕事に出掛け、帰りは夕方頃なので家には誰もいない。

 空腹を満たす為、冷蔵庫の中の作り置きしてあったチャーハンをチンしてもしゃもしゃ食べていく。


 自由を持て余すもう一方の手でステータスのショップ機能を開いた。

 ショップにはアイテム、武器、防具、素材、スキルの項目があるようだっ。

 とりあえずアイテムの項目を開けてみる。


 ──────────

 ・ポーション【300ポイント】

 軽傷用。体内の損傷には経口接種、外傷には塗布して使用する。あくまで傷口を塞ぐだけで、完治には至らない。


 ・マナポーション【300ポイント】

 マナを10回復する。ステータスの最大値を超えて回復することはできない。


 ・ハイポーション【3,000ポイント】

 重傷用。体内の損傷には経口接種、外傷には塗布して使用する。あくまで傷を治すだけで、身体の欠損は治らない。


 ・ハイマナポーション【3,000ポイント】

 マナを100回復し、マナの自然回復限界量を超えて、回復量を10分間2倍にする。ステータスの最大値を超えて回復することはできない。


 ・解毒薬【100ポイント】

 軽度の毒を治療する。猛毒、神毒は解毒できない。


 ・上級解毒薬【1,000ポイント】

 致命的猛毒を治療する。神毒は解毒できない。


 ・状態異常回復薬【5,000ポイント】

 様々な状態異常を回復する。神級状態異常は回復できない。


 ・ステータス振り直し権限【1,000ポイント】

 一度だけステータスに割り振られたポイントを全て元に戻す。


 ・ID変更権限【10,000ポイント】

 一度だけIDを再変更できる。

 ──────────


「おお、ポーションとか買っちゃおうかな」


『オマエは超然再生スキルあるだろ?マナポーションならまだしも』


(確かに)


『あと、迷宮の複製機能があるから、何ヶ月かしたら間違いなく値崩れが起こるぞ』


 そういえば、ショップ機能の他にもオークションとかトレードとかの機能もあるんだったな。

 迷宮の探索に使われたアイテムを複製する機能を利用して、ショップより低い値段で売ってポイントを稼ごうとする人が出てくるかもしれない。

 そういう人が沢山出てきたら価格も下がるか。


『だがまあ、複製したアイテムを取ってくるにしても最低限迷宮の1層を歩き、2層への長ーい階段を登り降りしなきゃならないから投げ売りにはならんだろうけどな』


 ふむ。

 確かにトレード機能とかは迷宮の外でしか使えないから、複製した物を持ち運ぶ手間暇を考えると値下げするにも限度はあるか。


 他の人が効率よくやるなら、迷宮を攻略して、その層のアイテムを拾ってダンジョンコアの最小化を繰り返せば1番効率が良いのかな。

 それでもちょっと歩くけど。

 でも、元手となる複製する為のアイテムをショップで購入してしまえば、ボス攻略の為のステータスが足りなくなりそうだなぁ。

 究極的には個々人に備わっている固有スキルの性能次第か。


 僕は色々と運が良かったからな。


『普通の奴なら、な。オマエには次元収納スキルが有るから持ち帰り放題だろ』


(あ)


 そういえばそうだった。

 今でも迷宮で複製された大量の塩とスライムのスキル結晶(全)があるんだった。


(というか、今からでもスライムのスキル結晶をオークションに出品しまくれば大儲けできる?)


『スキル結晶はやめとけ。今は大量のポイントを持ってる奴は少ないだろうから二束三文にしかならんし、特にスライムのスキル結晶は次元収納の優位が無くなる。あと、多用されると夢幻帯星が耐性を得かねない』


(そうなると、魔力が低い人ばかりの今はマナポーションの需要も低いし、ショップでポーションを買って複製して売る方が良いか)



 こうして、本格的ダンジョン攻略の前にポイント金策して強くなるぞ計画が誕生したのだった。

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