第11話


 高さにすると恐らく500mはあるのではないかという螺旋階段を登り切り、1層へとたどり着いた。


「ふー、登り降りが大変だ」


[堕悪内藤:お疲れ様]


「あ、ありがとうございます」


[Kugelschreiber3:敬語慣れてない感じ?もうちょっと砕けた喋り方でもいいんじゃない?]


 確かに、まだ敬語で話すべきなのか手探り感があった。


「実はその方がありがたかったり……皆さん的にはどうですか?」


 聞いてみたところ、意外にも視聴者はフランクな喋り方の方が良いという人が多く、僕としてもそっちの方が楽なので普段通りの口調で話すことにした。


「じゃあ、喋りやすい喋り方で話すね」


[後方腕組:うんうん、それで良い、それで良いんだよ。]


 何だろうこの人……。



 1層はいかにもダンジョンめいた石造りの通路がそこかしこへと伸びている。

 気温は涼しいが、動いていないとやや肌寒く感じてしまうかもしれない。


 う、意識したら尿意がじわじわと湧いて出てくる。


「ちなみに、ダンジョンに潜っている人って、トイレとかどうしてるんだろうね」


 僕の何気ない呟きに対し、途端にコメントが[トイレうおおおお]とか[ミキちゃんはトイレなんてしねぇよ!]とか喧嘩を始めている。


 いや、するよ!?

 ここではしないけど!


[catnyan𓃠:1層だとスライムが分解して綺麗になるって情報見たな。2層以降はそもそも情報無さすぎて分からないけど]


「そうなんだ。まあ、ダンジョンは今日の朝に発生したばかりだからね」


 でも1層でするなら外に出てからトイレに行くべきだよね……。

 もしくは、情報が判明するまでは携帯トイレとかを用意しておいた方がいいのかな。


[BSH ✄:帰り道は分かる?]


「帰り道は油性ペンで矢印付けてきたらから多分大丈夫です」


[takahashi25:油性ペンてw]


「あれ、でもところどころ消えちゃってるね。スライムに消されたのかな」


 いくつか角を曲がったが、油性ペンで描いた印が消えているところもある。

 しかし、T字路や三叉路ならば大体クラピカ理論を使ってきたので左に曲がれば戻れるはず。


(道標なら壁に傷とか付けた方が良いのかな)


『いや、迷宮の壁は一定時間で修復されるから無理だな』


 そうなるとまだ油性ペンの方がまだマシか。


(逆に大量の塩を撒いて道しるべにするのはどうだろう)


『その油性ペンとやらで描くよりは良いかもしれんが、迷宮は外から持ち込まれた非生物が一定時間放置されると取り込んで消化しちまうから長時間は無理だな』


 うーん駄目かぁ。

 あ、非生物が消えるのならトイレ問題は解決かも。

 ついでに地球環境を悩ませるゴミ問題も解決できちゃうのでは?


 いや、生物が残るのなら、菌類は残ってしまうだろうし不衛生だろうか。

 はたまた生物学的には死んでいるけど細胞が生きてるとかだとどうなるんだ。

 次元収納も非生物しか収納できないという制限があるので、気になるな。


『非生物と言ったが、重要なのはむしろ観測する力の方だな。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の感覚器官が弱く、思考する脳を持たない非観測者は迷宮と自己との境が曖昧になり、食われる』


 重要なのは五感と脳、か。

 ならば菌とかはダンジョンに吸収されそうだし大丈夫かな。

 あ、でもそれだと色んなセンサーと人工知能を搭載したロボットとかだとどうなるんだろう。

 考え出すと疑問は尽きないな。


 思考を切り替え、その場で少し歩みを止める。

 迷宮の覇者の索敵によると、次の曲がり角の先に敵の反応があるのだ。


 この層はスライムしか出ないみたいだが、念のために角からちらりと顔を覗かせる。

 丸くてぷよんとした水色の物体、スライムがすぐ近くにいた。


(『次元収納』、取出)


 即座に塩を取り出してスライムの真上に落とす。

 スライムは一瞬びくんと大きく反応した後、みるみるうちに水分が吸われて萎んでいく。

 2層にて大量の塩を確保できたので当分は塩が無くなる心配はない。


「やっぱりスライムには塩だよね」


[今何も無い空間から白い粉が落ちてこなかった?][スライムって塩が有効なの……][ナメクジかな]


 スライムがドロップしたピンポン玉より小さな宝石のようなものを拾い上げ、ポケットへ仕舞うふりをして次元収納で収納する。

 既に2層でビニール袋に詰め込むフリしてジャージを何着か収納しているが、特に違和感は持たれていない。

 次元収納はもう何度か見せているので今更感はあるが、手に持ってる物を直接シュッと消してしまったら怖がられそうなので。


 仕舞ったりフリや取り出すフリをするのに後で大きめのリュックサックとか欲しいかも。


 その後も何体かスライムが現れたが、塩により問題なく撃退していく。

 倒されたスライムはくすんだ水色の宝石のような物を落としてくれる。


 そのまま順調に進んでいき、迷宮の出口付近まで辿り着く。


「出口に着いたので、今回は一旦ここまでかな。次がいつになるかはちょっとわかんないや」


 最悪の場合、政府がダンジョンへの立ち入りを禁止する法律を作ってしまうかもしれないし。

 そうなったらパスポートとか使えなそうな僕は詰みだ。


 まあその場合だと迷宮内で増殖したモンスターが地上に溢れて国が滅びそうだけど。

 国内だけでもダンジョンの数があまりに多すぎて自衛隊では対処しきれないだろうし。


「それでは、ご視聴ありがとうございました!皆さんお気を付けてー」


 観測者達に別れを告げた後、ハイシンを終了し、つよさをみるで所有ポイントを確認する。


 ──────────

 名前:久保幹兎

 所有ポイント:499

 固有スキル:初回限定ドロップ

 スキル:次元収納、超然再生、物理破壊耐性、腐蝕耐性、超酸射出、悪食、大食い、詐術、猛毒耐性、古代北欧魔術、神話級鍛治、変神、迷宮の覇者

[機能]

 ──────────


 羊を9体、ゴブリンを30体、スライムを9体倒した今のポイントは499だった。

 やはりハイシン中は獲得ポイント2倍なのは大きいな。


 ……あれ?1ポイント多い?

 あ、ダーク†エンジェルさんから贈られた1ポイントか。


 そんなことを考えながら僕はダンジョンの外へと出るのだった。



 ────────────────────


 とある独裁小国家。


 大地震の直後に現れた黒い扉に世界中が動揺する中、総書記の肩書きを持つ男はチャンスであると考えた。

 どの国よりもダンジョンをいち早く攻略し、近ごろ蔑ろにされつつある我が国の威光を再び世界に知らしめる時が来たのだと。

 見栄えの為、迷宮の中でも最大級の81メートルの黒い扉の前に自国の大半の軍勢を集め、直立不動の姿勢で突入の合図を待たせている。


『進みなさい』


 合図を受けた軍人が黒い扉に触れるとたちまち煙のように消え去り、別空間へと繋がる巨大なドア枠だけが残される。

 先駆けの兵士が即座に内部を確認しようとするも、見えない壁のような物にぶつかって入れない。

 疑問に思った兵士は再度手を伸ばすと、見えない壁は消えていた。


 内部にはモンスターの姿は見えない。


『砲撃準備ぃ!』


 司令部からミサイルの使用を意味する命令が下され、兵士は巻き込まれないよう即座に道を開く。


 最早使用できるかどうか怪しいレベルの骨董品短距離ミサイルをこの際消費してしまおうと考えたのだ。


『撃てェ!』


 命令と共に、処分を待つばかりであった古いミサイルが迷宮内へと撃ち込まれてゆく。

 これでモンスターが隠れていたとしても一網打尽だろう、と軍の最高司令官を兼任する総書記は考える。


『進軍せよ』


『『『はっ!!!!』』』


 一糸乱れぬ美しい行軍で兵士達は続々と中へと入っていく。

 モンスターはミサイルにより全滅したのか、先遣隊は次の層への階段を易々と発見する。


『我らが偉大なる将軍様!次の階層への扉を発見した模様!』


『総員、進め』


『承りました!総員!進めェ!』


 命令を受けた兵士達が次の層への入り口に足を踏み入れる。


 直後、迷宮の奥の方で爆発音のような音が聞こえた。


『どうした?』


『た、直ちに確認します!』


 そんなやりとりをしている内にも、爆発音はどんどん入り口へと近づいてくる。

 その爆発音は先ほど自分達の手により使用された短距離ミサイルの爆発音とそっくりだった。


 間をおかず、ちょうど迷宮内に進軍しようとしていた部隊が突如起こった爆発により消し飛ぶ。


 辺り一帯に煙が充満した。


『な、何が……?』


 生き残った兵士が状況を確認しようと上を見上げると、迷宮の中から飛来した数多のミサイルが高速で頭上を通過する。

 凄まじい速さでよく見えなかったが、音や煙から判断する限り最初に使用したミサイルと同じものに思えた。


 あまりの出来事に呆然と虚空を見つめていると、地表付近を漂う煙の流れに不自然なところを見つける。

 ところどころ、球のような形で煙が無い場所があるのだ。

 兵士は自らの近くにあった煙の無い場所を触ろうとすると、ぶよぶよとした見えない壁があるようだった。


 それは、スライムだった。

 見上げる程に大きくて、目視困難な程に透明な。


 透明なスライムは待っていたのだ。

 自分たちではまだ足を踏み入れられない次層を、人類が解放してくれるのを。



 目論見通り、人間は次の階層を解放してくれた。

 だから、もういらない。


 透明なスライムは蹂躙を始めるのだった。

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