第9話


 ハイシンが開始された。


 これでもう後はモンスターをガンガン倒していけば良いだけだ。


 配信用のウインドウが現れ、ハイシン状況を確認する等の配信に関する様々な機能の他、緊急ボタンが付いているのが見えた。


(緊急ボタンとかもあるんだ)


『それは同じ迷宮の同じ階層に居る奴へ自分の現在地と救助要請を送るだけだから今はあんまり意味ないぞ』


 助けを求めるボタンか。

 まあ同じダンジョン内に人が居ないと無意味っぽいけど。


 中央に少量の水が流れる羊の谷を落下物に注意しながら歩いていると、ふとあることに気が付く。


(あれ?このハイシン映像ってもしかしてログ……後から他人が見られたりする?)


『何度でも見られるぞ。見られたくないのならハイシン終了後に記録を消せば見られなくなるけどな』


(このままだと誰かが見返したら、ただ無言でもりもり歩いてる人じゃん。挨拶位はしておかないと)


「えっと、あいさつとかしておいた方が良いよね。僕はクボ──」


 久保幹兎クボ ミキト

 そう自分の名前を言い掛けて本名は不味いと即座に思い至り、慌てて軌道修正を行う。


「……ト、ミキ。そう、クボト・ミキです!」


 咄嗟に自らのIDが“kubotomiki”だったのを思い出し、刹那の閃きでクボト・ミキと名乗った。


「君と僕とクボト・ミキ!です!」


 テンパって追加で変なことを口走ってしまったが、まあ良いだろう。



「今、僕は3層目から出口に向かって歩いているところでふ」


 噛んだ。

 こういうトークは慣れていないからね。


 うんうんと自分に言い訳をしていると、開いておいたハイシン状況確認画面の観測者(恐らく視聴者)の数が0から1になる。

 間を置かず、脳内でコメントを読み上げる音声が聴こえる。


 [Dark†Angel:詳細検索から来ました。今3層に居るみたいですが、危険なのですぐに脱出してください!]


 コメントにはIDが付くのか。

 ダーク†エンジェルさんはどうやら僕の心配をしてくれているらしい。

 読み上げと言う割に、コメントの内容が一瞬で頭の中にすっと入ってくるのでテレパシーみたいな感覚に近いかも。


「あ、ダークエンジェルさんこんにちは。今、出口へ向かってるところなので安心してください」


(ダークエンジェルさんは詳細検索から来たと言っていたが、何階層に居る人とかを調べて見に来ることもできるのか)


「む」


 迷宮の覇者の索敵により、もうすぐ羊のモンスターの真下を通過することが分かる。


(どうしよう。前は超酸射出で倒したけど、流石にグロすぎるからやめた方が良いよね……)


『どんな敵だ?』


(羊のモンスターで重い物を落としてくる。天井付近から落ちてきてもダメージが無さそうだった)


『ポプレムだな。人類の神話とか民話に組み込めなかったモンスターだ。高性能な物理衝撃耐性スキルを持ってるから、打撃系の攻撃は通じないぞ』


 羊のモンスターの名前はポプレムというらしい。

 神達によって夢幻帯星が産み出すモンスターの情報は人類の伝承の中に残っているが、当然状況が限定的過ぎて登場させられなかったり、途中で失伝してしまったモンスターも居るのだろう。


 [Dark†Angel:大丈夫ですか?]


 無言で立っていた為、ダークエンジェルさんを不安にさせてしまったらしい。

 凄く良い人そうだな。IDもかっこいいし。


『かっこいいか……?』


 ロキには暗黒天使ダークエンジェルのカッコ良さが分からないらしい。


「あ、大丈夫です。上にモンスターが居るのでどうしようかと」


 まあ超酸射出を使わないなら、次元収納で何かやるかガンドを撃つか。

 練習になりそうだし、ガンドを使ってみるか。


 指先に魔力を集めていく。


(ちなみに、物理衝撃耐性を持つ敵にガンドって効く?)


『相手に魔術系の耐性が無ければ効くぞ』


 その説明を受け、ふとこのダンジョンの特性を思い出す。


(そういえば、モンスターって攻撃に対する耐性をゲットしちゃうけど大丈夫?)


『大丈夫だ。モンスターが耐性を得るのは次の層から、しかも次の層が解放されていない場合だけだ。ボスだけは迷宮内の道中で使われた攻撃への耐性は得るがな。要するに、攻略しちまった迷宮なら耐性のことは気にしなくて良いぜ』


 お墨付きを得られたので、魔術に集中する。

 前に使った時は魔力を7込めれば岩壁を多少穿てたから、今回は少し多めに魔力を10込める。

 脳裏で魔力弾の軌道を描き、魔力を引き絞る。


「『ガンド』」


 解き放たれた魔力弾は高速で飛来し、ポプレムが顔を覗かせていた横穴を大きく抉る。


 数秒後、多少の瓦礫と共に落ちてきた羊が地面へと衝突する。

 ポプレム自身にも当たっていたらしく、前足の片方を消し飛ばしていた。

 相変わらず落下によるダメージは受けていないようだが、ガンドによって吹き飛んだ傷口からは黒い瘴気のようなものが滲み出ている。


(モンスターって血が出ないんだね)


『今までどんな戦い方してきたんだ?って聴くのが怖いぜ』


 ポプレムはよろよろと三つ足で何とか立ち上がり、こちらへ威嚇を行う。


「ぽむむ!」


「『ガンド』」


 先ほどと同じ要領で再び魔力弾を放ち、モンスターを光の粒子へと変えた。

 モンスターから白いモコモコしたものがドロップする。

 ポプレムの羊毛だろうか?


 [Dark†Angel:強くない!?]


 ダーク†エンジェルさんがそんなコメントを送ってくるが、他の人の戦いを見たこと無いのでよく分からない。


「そうなんですか?」


 [Dark†Angel:あっいや、それよりモンスターは攻撃を真似してきます。強い攻撃はそれだけモンスターを強化してしまうので気を付けてください]


「このダンジョンは攻略完了したので耐性のことは考えなくて大丈夫ですよ」


 [Dark†Angel:マジか……]


 ショックを受けている様子の暗黒天使ダークエンジェルさんは一先ず置いておき、ドロップアイテムを収納しようとして手を止める。


(次元収納って隠しといた方がいいかな?)


『いずれバレるかもしれんが、今は隠しておいた方が良いかもな』


 とりあえずビニール袋を取り出して、羊毛をぎゅむぎゅむっと詰めていく。


 [Dark†Angel:あの、こんな時に何なんですが、凄く可愛いですね。赤いカラコンも素敵です]


 どうやら赤い瞳はコンタクトだと思われているらしい。


「この姿になったのはつい最近というか、僕はどっちかっていうと隠キャでして……。あっ、というか良かったら外の状況とかって教えていただけませんか?」


 僕はダンジョンを見つけてすぐに入ってしまい、それ以降の外の情報などは知らないのだ。


 [Dark†Angel:私の知ってる限りですと──]


 そのままダークエンジェルさんと情報交換をしていく。

 ロキと相談ながら話しても構わない情報を吟味し、伝えるべきことは伝えていく。

 ダンジョンの厄介な特性、ダンジョンがしばらく攻略されないとモンスターが一斉に出てくること、モンスターとの戦いをハイシンすると大元の敵が弱体化するということ。等々。


 ダークエンジェルさんは1層でスライムを倒したらすぐに地上に戻り、ネットで情報収集をしていたらしい。


 ダークエンジェルさんによると、

 ・ダンジョンは世界中に同時多発的に大量発生し、どれだけあるかも把握できていない。

 ・政府はダンジョンに入らないよう自粛を呼び掛けているが、私有地内だと法的根拠が無く、今のところ何の罪にも問われることは無いらしい。

 ・貨幣や貴金属等の物質的に価値のある物は信頼性が損なわれ、大騒ぎになっている。

 ……とのことだった。


 暗黒天使さんと話している内に、ぽつりぽつりと他の観測者さんもやってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る