KAC20248 めがね

だんぞう

めがね

 昔から顔がデカいのが悩みだった。

 等身がおかしいとか、顔面バランスボールとか、こけしとか、リアルマルピザマンとか、リアルドラのすけとか、猫なら日本一のボス猫になれるとか散々な言われっぷり。

 ああでも野良猫はやたらと懐いてくれる――って、ボス猫じゃねぇっての。

 逆に言やぁ野良猫以外は寄ってこねぇ。たった一人、幼馴染みの陽都美ひとみ以外は。

 世間様にどう笑われようが、陽都美だけはずっと変わらず普通に接してくれていた。

 だから陽都美が突拍子もないことを言い出したときも、俺は受け入れて応援した。


「でね、このめがねをかけると、敵が見えるようになんの!」

「だからその敵を具体的に説明してくれって」

「敵は敵だよ。人類の敵。人類を脅かす連中。異世界から来たっぽいの」

「イマイチそれがわかんねぇっつの」

今太こんた君もめがねかけたらわかるんだってば!」

 そう言われてもなぁ。

 渡された極太赤フレームのめがねをさっきからかけようとはしているのだが、どうにもサイズが顔に合わねぇ。

 無理にかけようとしたらきっと壊れる。

「無理だよ。入らねぇ。壊しちまう」

「今太君の意気地なしッ!」

 陽都美は駆け出して行ってしまった。

 涙を流していたようにも見えた。

 その日以来、俺に寄ってくるのは本当に野良猫だけになっちまった。

 だから気がつかなかったんだ。

 世の中がどうなっちまっていたかなんて。




 陽都美と話さなくなってから一週間は経ったぐらいかな、俺がようやく違和感に気付いたのは。

 町で見かける人が全員眼鏡をかけていた。

 いや、正確には「めがね」。

 陽都美が俺に勧めた、あの極太赤フレームの何やら特別製らしいめがね。

 本当に漏れなく俺以外全員。

 疎外感には慣れていたつもりだが、陽都美がそばに居ないってだけでこんなにも不安になりやがるものなのか。

 そしてとうとう今日は指までさされた。

「あそこに敵への内通者がいるぞッ!」

「陽都美様のお誘いを断った不届き者だッ!」

「捕まえろッ!」

 さすがに変だと思ったよ。

 今まで気味悪がられたことはあったが、ここまで激しく攻撃的な仕打ちを受けることはなかった。

「ふざけるなッ! 俺がいつ断ったよ? めがねくらい何時でもかけてやらぁ! そんかわしどうなっても知らねえからな。手前らが責任取れよッ!」

 一番近くに居た奴のめがねを奪い取って無理やりかけた。

 当然めがねは壊れる。凄まじい絶叫と共に。

 ん?

 絶叫?

 壊しためがねを改めて見てみると、ブリッジのところで二つに裂けているのだが、その継ぎ目から赤い液体と、赤い触手のようなウネウネが。

 とっさに今度は横に居た奴のめがねを奪い、無理やりかける。

 めがねは断末魔と共に裂ける。

 ああ、そう言うことなら確かに俺は敵だろうよ。

 片っ端からめがねを奪ってはかけ、奪ってはかけ、十数匹のめがねを壊したところで、めがねをかけた警官が何人か応援に来やがった。

「無駄な抵抗はやめろッ!」

 銃を構える警官たち。

 いくら俺でも銃には勝てねぇ。

 顔がデカい分、当たり判定も大きいだろうし。

 俺の人生、こんな終わり方なのか――と天を仰いだそのとき、その空が急に黄色い煙に包まれた。

 周囲は一面もう真っ黄色。

「何やってんの! 逃げるよッ!」

 誰かが俺の手をつかみ、引っ張って走り出す。

 視界真っ黄色で何が何だか全くわからないが、銃声が響いたので俺は引っ張られるままに走り続けた。

 途中やたら臭い下水道を抜け、やがて古びた廃屋に到着する。

「あなた、すごいわ」

 俺の手を引いていた女が嬉しそうに言う。

 俺の人生、陽都美以外で微笑みかけてきたのはこいつで二人目。

 見慣れない「自分へ向けられた笑顔」ってやつが、やけに俺の心臓を揺らしやがる。

 いやこれはたくさん走ったからだし!

「あ、ありがとうございます!」

「私たちも助かりましたッ!」

 よくみりゃさっき俺がめがねを取り上げた連中も何人かついて来ていた。

「意識はあるのに自分の体を自分の意志ではほとんど動かせなかったんです」

 そういうことなら、めがねさえ引っ剥がして壊せさえすれば、めがね被害者を助けられるってことか?

「大丈夫ですよ! あんな連中、このますくをつければ!」

 俺を助けた女が、黄色いマスクを手渡してきた。

 妙に厚みと重さを感じるマスク。

 もちろんこの女も着けている。

「おかしいと思ったんだ。普通の人間は俺に微笑みかけたりしねぇから」

 俺は女の手からマスク――いや、「ますく」を受け取ると思いっきり強引にかけた。

 当然、ますくの紐は俺の顔のデカさに耐えきれず、紐部分がブチ切れる。

 噴出する黄色い液体と、紐の切り口はウネウネとしたやつ。

 案の定だ。

 俺はすぐに女の口からますくを剥がし、自分の口へと装着しようとする。

 ますくは壊れ、地面にのた打つ。

 女の後ろにあった大量のますくも全部床にガンガンに踏んで壊してやった。

「キモッ……この人、私の間接キス奪おうとした……」

 助けてやった第一声がそれか。

 いや確かに無理に装着しようとしないでそのままぶっ潰せば良かったのは確かなんだけどさ。

 女の目でそれに気付いて残りのますくは端っから踏んで壊したから、ただ単に女のますくだけ俺が着けたがったみたいになっちまった。

 まあ後悔しても始まらねぇ。

 それにそういう冷たい目で見られんのには慣れてんだ。

「めがねもますくも、片っ端から壊して回るんだな」

 捨て台詞を吐いて廃屋を独り飛び出す。

 街の連中は手前らで助けな。

 俺には俺で助けたいのが居るからな。

 陽都美もめがねに操られているのなら、どうにかして外してやらないと。

 とはいえ、陽都美様とか言われていたあいつに簡単に近づけるとは思えねぇ。

 そういや陽都美のめがねは特別に太かった気がする。

 せめてもう少し奴らの数を減らさないとだよな。

 そんな思案にふけっていた俺のズボンを誰かがつかんだ。

 ヤベェ、と振り返ったそこには、半泣きの幼児。

 しかもめがねもますくもかけていない。

「たすけて、マルピザマン……ママもパパもめがねかけてからおかしくなっちゃったの……」

 俺をからかうためではなく、本当にヒーローだと思って声をかけてきたのか?

「坊やはめがね、かけられなかったのかい?」

「めがね、おおきすぎておちちゃうの」

 なるほど。

 幼児はけっこうみんな無事ってことか。

 ということは、あの作戦なら、もしかするともしかするかも?

「ママとパパを助ける方法、教えてあげるよ。お友達にも教えてあげてね」

「うん! ぼく、やるよ! マルピザマン!」


 事態の終息は早かった。

 子供たちが親のめがねをかけされてとねだり、手渡された途端にめがねを尖った所に叩きつける作戦は、めがねから解放された人がその場で味方として復帰するため、最後のめがね――陽都美の女王めがねを破壊するまで二日とかからなかった。

 やつらの習性か知らんが「かけさせて」と伸ばした手は拒めないっぽく、驚くほどスムーズに掃討は完了した。

 もちろん、めがね同様にますくも駆逐した。

 花粉症や風邪などの本当のマスク装備者もかなりの数、被害にあったようだが、そこは緊急事態としてかなり強引に作業が進められたようだ。

 意外に苦労したのは突如として発見された第三の洗脳生命体「しーくれっとぶーつ」だったが、奴らが人体で好む場所が脳から遠かったため、洗脳された者への影響が「やたらと徒歩で移動したがる」のみにとどまり、一時期は共生も出来るのではと言われたほど。

 ただ、強烈な水虫を持つ者が履いたしーくれっとぶーつが無残な死に方をした途端、連中は自ら姿を消してしまった。

 共生って難しい。




「あれからもう一ヶ月かぁ」

 すっかり元気を取り戻した陽都美が、かつてのように俺の部屋でマンガを読んでいる。

「活躍だったみたいじゃない? マルピザマンさん?」

 そうなのだ。

 いまや俺は幼児たちと幼児の親世代から本当の笑顔を向けられるようになっていた。

「もう、独り占めできないんだなぁ……」

 陽都美がボソッとそんなことを言う。

 今日の陽都美はずっと様子が変で、そんな陽都美に俺はドキドキし続けている。

 だってさぁ。

「なぁ、聞いてもいいか?」

「なに?」

「陽都美のその……頭にかぶっているアフロのヅラっぽいやつ、何?」

 まさか「かつら」とか言い出さねぇよな?

「あ、やっとツッコんでくれた」

 笑顔で陽都美がアフロを外す。

「ヅラだよ」

 ホッとしたのもつかの間、俺は思わず咳き込んでしまった。

「な、なんだよソレ」

 アフロヅラを外した陽都美の頭は、尼さんかってくらいにつるっつるしてたから。

「今回、反省してさ。頭丸めたんだ」

 満面の笑みな陽都美の歯には見たことのない矯正器具。

 これは、どっちだ?




<終>

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