第2話 めがね

 すっかり日も暮れ、街灯がポッと明かりを灯し始めた。

 再就職活動がうまくいかず、とぼとぼとアパートへ帰宅するオレ。


「そこのアンタ」


 突然、道端から声をかけられた。

 声のした方を向くと、道端に年配の男性が小さなテーブルを前に座っていた。駅前などでよく見かける易者さんっぽい感じだ。

 紫色の大きな布を頭からかぶった男。年の頃七十は超えているであろう顔に刻まれた深い堀。口元に不気味な笑みを浮かべているが、うつむき気味で目ははっきりと見えない。


「自分の行く末に心を痛めているようじゃな」


 突然のそんな言葉に驚くオレ。


「いっひっひっひ、驚くことはない。長く占い師なんぞをやっておると、自然に分かるもんなんじゃよ」


 でも、白い布が敷かれたテーブルの上には、占いの道具らしきものは何も出ていない。本当に占い師なのか?

 そのテーブルの下から小さなケースを取り出した占い師。めがねケースっぽいが……ケースをあけたら、本当にめがねが入っていた。ごく普通の黒縁のめがねだ。


「これはな、未来が見えるめがねなんじゃよ。自分の行く末が心配なお前さんには必要じゃないかと思ってね。いっひっひっひ」


 怪しさ大爆発。


「これを五千円でどうじゃ、安いじゃろ?」


 めがねの押し売りかよ! 買うか、こんなもん!

 ……でも占い師をよく見れば、頭からかぶった紫色の布は薄汚れており、鼻から下しか見えないけど、顔だって痩せ細っている。この爺さんも苦労を重ねているんだろう。


「……五千円でいいのかい?」

「あぁ、それ以上はいただかないよ」


 気まぐれってヤツなのかな。オレは五千円でめがねを買った。

 オレも生活に余裕は全然ないが、爺さんだって大変なのだろう。

 これで美味いもんでも食ってくれ。


 めがねをかけてみるオレ。

 度も入っていない伊達めがね。目つきの悪さ、多少でも隠せるかな……


「なぁ、ケースも一緒に……」


 ケースをもらおうと思ったら、占い師は姿を消していた。

 テーブルも無くなっている。

 いつの間に……腹でも減ってたのかな。まぁ、いいか。

 オレは、そのままアパートへ帰っていった。



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