アンチ透視めがね

武海 進

アンチ透視めがね

 ドンっという衝撃と共に僕は地面に倒れていた。


 別に喧嘩をして殴られノックアウトされたわけでもなく、誰かとぶつかったのでもない。


 単純に解けた靴紐を踏んで転んだだけだ。


 塾の友人たちと別れた後でよかった。


「イタタ、思いっきり転んだな」


 溜め息を吐きながら立ち上がろうとすると、誰かが見下ろしているのか、影が僕を覆った。


「大丈夫かい少年。漫画みたいに大の字で転んだね」


 誰だか分からない影が差し出してきた手を取り、立ち上がる。


 礼を言うとした次の瞬間、僕は思わず目を背けてしまった。


 助けてくれたのが際どいビキニを着たナイスバディの女性だったからだ。


 きっと転んだ時にめがねが外れてしまったのだろう。


 僕のめがねにはとある秘密がある。


 発明家の父が開発してくれた特殊なめがねで、僕の能力を封じてくれているのだ。


 幼い頃に僕はとある能力に目覚めた。


 それは人が身につけている物が透けて見える能力。


 早い話、服が透けて全裸が見えてしまうのだ。


 例えどんなに厚着であってもだ。


 思春期真っ盛りの男子ならば垂涎ものであろう能力だが、何年もこの能力と付き合っていると嫌になる。


 そもそも誰彼構わず全裸が見えるので、見たくないものも見えてしまうのだから寧ろこんな能力、捨てられるのなら捨てたいくらいだ。


 そんなわけで慌ててめがねを探そうとしたが、耳につるが触れている感触に気づく。


 ならば、なぜ目の前の女性が全裸に近い格好に見えたのだろうか。


 僕の能力が強くなったのだろうか。


 いや、違う。


 それならビキニも見えないはずだ。


 恐らく彼女は最初からビキニ以外身につけていないのだ。


「ありがとうございます。……なんでそんな格好なんですか?」


 間違いなく礼だけ言って立ち去るのが懸命なのだろうが、好奇心には勝てず聞いてしまった。


「それはね、この私の素晴らしい、芸術的なほど美しい体を服なんかで隠すのはこの世界の損失だからさ」


 そう言って彼女は堂々と体を見せつけてくる。


 確かにナイスバディで美しいが、顔をよく見ると鼻水が出ている。


 真冬なのだから当たり前だ。


「またやってるのか露出女! こんな気温でそんなことしてたら凍死するぞ馬鹿! 取り敢えず交番に来てもらうぞ」


 遠くからお巡りさんが叫びながら走ってくるのが見える。


「な、何故また交番に行かねばならんのだ! 今回はちゃんと局部は隠しているぞ!」


「そんな際どい水着で道を彷徨いていいわけないだろうが!」


 もっともな話だ。


「ええい、またお父様に怒られるわけにはいかない! さらばだ少年!」


 露出女は全力疾走で逃げて行った。


「な、なんだったんだろうあの人」


 僕は混乱しながらも、何故か胸にときめきを感じていた。


 普通は人に裸を見られるのを嫌がるものなのに彼女は違った。


 こんな能力が無くならない内は誰かと付き合っても、能力がバレて仕舞えば振られてしまうものだと思っていた。


 だが、彼女はきっと違うだろう。


「あの人なら、僕の能力を受け入れたうえで付き合ってくれるかな」


 こうして僕の初恋は露出魔に奪われてしまったのだった。

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アンチ透視めがね 武海 進 @shin_takeumi

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