おめがねめがね

桃福 もも

一話完結 1500字の奇妙な世界

ケイコは、ため息をついた。

なんとなく、仕事も人間関係もうまくいかない。

「転職しようかなあ」


会社帰りだった。

いつものように駅に向かって歩いている時だ。

ふと、何かが気になって足を止めた。

「黄色?」


それは、見慣れない看板だった。

『メガネのOMEGANE』


「こんなところに、メガネ屋さんなんてあったかしら」

彼女は、自分のメガネをはずしてみる。

だいぶ、古ぼけて見えた。度も合わなくなってきている。


ケイコは、腕時計を見た。

「快速まで20分か」


彼女は、吸い込まれるように店内に入った。


「いらっしゃいませ」

まるで、バトラーのような店員だ。

「どのようなメガネをお探しですか?」


ケイコは店内を見回す。

カラーも豊富で、形も変わっているものが多い。


「当店のメガネは、お眼鏡にかなうものばかり、を取り扱っております」

「はあ。でも、どれも、これと言って」


「あら、いえいえ、逆でございますよ。メガネが、お眼鏡にかなうものを、お見せするんです」

「メガネが?なんです?」


「まあ、一度お試しに」

そう言って、店員はベルベットのトレーに、赤い縁のメガネを載せて差し出した。

「赤い縁ねえ」

自分には必要ないと思ったが、彼女は一応試してみることにした。


だが驚くことに、そのメガネは、ケイコの為にあつらえたかのようにぴったりである。

しかも、鏡に映る自分も、今までのメガネの中で一番しっくりしているのだ。不思議なことに、度まであっていた。


「いい。いいわ。本当にお眼鏡にかなうメガネよ」


その日から、ケイコの運はみるみるひらけた。


まず、ドレスメーカーに転職。そして、大手結婚式場に、念願のウエディングプランナーとして採用された。そこから、リッツプリンセスホテルにヘッドハンティングされたのだ。

そこでは、会場装飾の花から、フルコースのディナーまでをプロデュースするチーフプランナーとして活躍する。やがて、宴会やホール部門の部長に昇格。ホテルの一室を自宅として暮らすようになった。


美しいドレスに花、おいしい料理に、多くの部下を抱えて、それは素晴らしい躍進だった。


だが、華やかな活躍とは裏腹に、なんだかとても、体の芯が疲れている。

どうしてこんなに疲れているんだろう。


ケイコは、メガネを外して、テーブルに置いた。眼がしらに指を押し当て、ため息をつく。

その時、いい加減に置いたメガネが落ちてゆくのが見えた。


「あっ!」


パリン


「うそ。」


長年、劣化もしなかったのに、それは、あっけなく壊れる。


突然激しいめまいに襲われ、一瞬視界を失った。

徐々に、辺りが見え始めると、ケイコは驚きの声を上げる。


「え?どこ?」

ホテルの一室のはずだった自分の家は、日当たりの悪い四畳半の部屋だった。


「寮母さーん!」

そう呼んでいるのは、自分が部下だと思っていた女性だ。


そこは、縫製工場だった。

住み込みの従業員が18名。

ケイコは、そこの住み込み寮母。

お風呂、トイレ、共用部分の清掃。朝ご飯と晩御飯の用意。庭の手入れ、縫製あがりの服の整理が、主な仕事だった。


「メガネが、お眼鏡にかなうものをお見せするメガネ」


なるほど、そういう意味だったのか。

メガネを失ったから、真実が見えたのだ。


随分歳をとっている。

鏡の中の自分は、もはや初老だった。


浦島太郎も、こうだったのだろうか。

タイやヒラメの舞い踊り、玉手箱を開ければ、おじいさん。


そう、夢の中にいたのだ。たった一度の人生を、夢の中で過ごした。

残ったのは、老いた自分。


こんなのただのおとぎ話?

いいえ、あなただって、見ているかもしれませんよ。

例えば、のめり込んでいるそのギャンブル。

信じ合える親友の投資話。

イケメンで優しいその彼氏だって、もしかしたら本当は、ただのひも男かもしれません。


そのメガネ、一度、お外しになってみてはいかがでしょう?



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