第18話 探索

「そういや、『時の祠』の探検って晋也が提案したんだから、スケジュールとか残ってないん?」

 龍二がふと思い出して尋ねると、晋也は眉をひそめた。

「ああ!あの手帳か、夏休みに入った直後に記入した、まさか陽菜、あれか!」

「大当たり。その手帳の中に、きっと手がかりがあるはずだよ」

 今度こそ、頭の中の霧が晴れてくる。これから何をすればいいかが、くっきりしてきた。

 くっ、晋也。なんで手帳の事をもっと早く言わなかったんだ!と怒鳴りつけようとして思い止まる。そうだ。あれは世界線収束面理論によれば別の世界線の出来事だ。“なかった“ことになったんだ。今いるこの世界線では、俺たちは晋也の手帳を手に入れていない………

 これから俺は晋也の手帳を探し出さなくてはいけないのか!

 だが、歯噛みする俺の心を見透かすようにして、おもむろに告げた。

「そして私の役割はさ、君たちに晋也の手帳を託す事なんだよ」

 ともかく、陽菜に晋也の手帳を手に入れて来てくれれば、全てに光明が見えるのだ。

 俺たちはMと666人委員会に存在がバレる事もなく、タイムマシンが開発されない可能性世界へと分岐し───今いる世界線の収束範囲の外から出て、ループから脱出することができる。

「よし……!善は急げだ。陽菜には今すぐにでも晋也の手帳を取ってきてもらおう」

「……そうしたいのは山々なんだけど」

 陽菜は申し訳なさそうにうなだれた。包帯の巻かれた手を、きゅっと握る。そこはうっすらと血が滲み出ていた。見てて痛々しい。早いところ病院に連れて行くべきかもしれない。


「そ、そうか。タイムトラベルの回数が無くなっているんだったんだな……」

 増やせないのか?と聞く晋也に、陽菜は力無く首を振る。

「………無理。私は、両親にもらったタイムトラベルの能力を使って来ただけだから。仕組みそのものは、完璧に暗記してるけど……」

 仕組みを知っているのと、実物を触るのとでは天と地の差があるだろう。

 かといって現代の技術でタイムトラベルができるわけないし………ああ、晋也の手帳さえあれば全てにケリがつくというのに!

 ふむ、と晋也が一つ頷いた。ソファから立ち上がって。

「直也がタイムリープして、タイムトラベルの回数が無くなる前まで戻るっていうのは?」

「ん。タイムリープってなんぞ?」

 ……ぐぬぬ。龍二までいらん事言い出しおって。

「それで陽菜。いつタイムトラルベルの回数が切れたかは分かるか?」

 無くなった日が水曜日なら、あるいは……だが、その願いも虚しく陽菜の答えは芳しくない。

「もともと、この時代に来た時にちょっとトラブルがあったんだ」

 トラブル?

「ものすごい衝撃にやられて、多分、座標の指定に失敗したんだと思う」

 ……なるほど、それでユキと陽菜は分離したのか。

 どっちにせよ、陽菜のタイムトラベルの回数が無くなったのは水曜日じゃない。明らかにタイムリープ射程範囲外だ。

「それに、タイムトラベルの能力を刻んだ所に怪我をしたのも良くなかった。………もとから不安定だったけど」

 怪我をしたというと、俺が陽菜のアパートに行った日のことか。

 だが、あれは何日のことだったろう……と思い出そうとする俺に、晋也があっさり答える。

「八月十日の月曜日だ。その日に陽菜は俺たちに相談を持ちかけた」

 さすがである。

 だが肝心のタイムリープ能力は水曜日、つまり他の曜日には跳べない。そして今日は八月十ニ日の水曜日……ということは、どれだけ頑張っても八月十日には跳べない。

「ダメだ、俺のタイムリープ能力じゃ届かない……!」

 だが、そうして頭を抱えてる俺の肩をぽんぽんと龍二が叩いた。

「なあ直也、どっちにしても手帳を探す努力はしてみるべきだと思うんだ。つーか、晋也の手帳とか興味ありまくりだし」

 探索か……

 龍二の言う通り、探索だけはしてみる、という手はあるかもしれない。少なくとも、闇雲に逃げ回るよりは余程建設的だ……だが、それならそれで別の問題が浮上する。

 わかっている。わかっていたが、一応確認する。

 苦々しい気持ちで確認したスマホの時間は、夜の十一時半過ぎを指していた。

 時間が無い。あと三十分でまた今日が始まってしまう。それならばいっその事、もう一度八月十二日の水曜日をやり直して、時間を有効的に使うべきかもしれない。

 よし、と一つ頷いて、ポケットから財布を抜き出した俺は、幼馴染たちに向き直る。


「では決まった。龍二、晋也。お前達に頼みたい事がある。やはり、俺たちでも手帳は探すべきだと思ってな。この一万円を使って探してこい」

 久しぶりに、でまかせを言った気がする。

 日頃見る事のない大金に龍二は目を輝かせ、すげーよ直也そこに痺れる憧れるなどと全開の世辞を言っていたが、残念だったな。その万札は今から“なかった“事になるのだ。

 龍二と晋也に手帳の探索に行かせた俺は、部屋に残った陽菜と向き直る。

「陽菜、よく聞け。俺は今から八月十二日の水曜日の始まりまでタイムリープする。そこで、改めて今の説明をする」

「なにか当てはあるの?」

「今から闇雲にもがくよりはマシ、という程度だ。無理だったらまた考える」

 いざとなれば、日にちなんて分からなくてもタイムリープを繰り返して何度でも水曜日をす、という手だってあるのだ。気絶を繰り返すのにはげんなりするが……。

「ごめん……私のために」

「陽菜。これはお前のためでも、未来のためでもない。あくまで、このループから脱出するために晋也の手帳を手に入れなければならない」

 かろうじて、笑顔を浮かべる事が出来た。最近どうも表情を作るのが難しい。

 だが、そのへったくそな俺の言葉に、うん、うん、と素直に頷きながら、陽菜は鼻を小さくすする。その様子はいつかにも見た光景だった。また、何かを勘違いしたのだろう。


 そうだ陽菜。それは全て勘違いだ。お前が謝る事は何もない。

 陽菜がこの時代に来てくれなければ、俺はいまだに光明を見出せず、晋也の助けを得たところで途方に暮れていたかもしれない。あるいは再び世界線の収束に抗えず、絶望の中でおかしくなっていたかもしれない。そこに光明をあたえてくれたのは陽菜、お前だ。

 感謝している。

「独善的だとそう思えばいいさ。俺はループを抜け出すために、晋也の手帳を探してくる」

 もちろんこれは俺の本音だ。晋也も陽菜も、力強く頷き、同意してくれた。

「よし、じゃあ始めよう。まずは八月十二日の始まりへタイムリープしてくる」

 俺は深呼吸し、スマホのタイマーが日をまたぐ瞬間を見つめていた。

時計の針が夜中の11時59分を指し、カウントダウンが始まる。緊張感が手に汗をかかせ、鼓動が一段と早まっていくのを感じる。息を整え、残り数秒を静かに待つ。


「5…4…3…2…1…」

 カチリ、と日付が変わる瞬間に合わせ、俺はタイムリープを開始した。視界がぼやけ、周囲の音が遠ざかっていく感覚に身を委ねる。そして、一瞬の浮遊感の後、足元にしっかりとした感触が戻ってきた。

──再び目を開けたとき、そこは八月十二日の早朝だった。

 空にはかすかに明るみが差し込み、街が新しい一日を迎えようとしている。何もかもが静まり返っていて、少し肌寒い朝の空気が肌に触れる。この日が、俺たちにとって新たな転機になるかもしれない。

 ふとポケットからスマホを取り出し、時間を確認する。午前5時。まだ誰も起きていない時間だ。俺は決意を胸に、手帳を探すための計画を頭の中で整理する。陽菜や晋也との約束を果たすためにも、ここで手がかりを掴まなくてはならない。

「よし……やるしかない」


 もう一度心を奮い立たせ、静かに歩き出した。まずは、手帳を見つけるための最初の手がかりを探しに行こう。

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"Wednesday's Loop"ループする水曜日 @kaiji2134

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