第17話 可能性

「ちょっと待て、それ本当に正しいのか?陽菜の妄想が混じってる可能性はないのか?」

 妄想というのはあんまりだと思うが、晋也の危惧もわからなくはない。俺にしてもタイムリープしているからこそ陽菜の言う事に賭ける、というのが近いのだ。

「な、なに〜!妄想なんか混じってないよ!タイムトラベルの能力だってあるし、これが作り話しなら私SF作家になってるよ!」

「別に喧嘩を売ってるわけじゃないんだ。ただ、疑問なんだ。そもそもどうして陽菜は直也が持っている力や、この時代に俺や直也や龍二がいる事を知っているんだ?」

 改めて晋也に言われてみれば……たしかにそうだ。なぜ陽菜はこんな事を知っているんだ?

 全員の視線が集まる中、陽菜は小さくつぶやいた。

「私のタイムトラベルを決意したのは、Mに殺された家族の遺書を読んだから。そこに全部書いてあったんだ。直也のことも、この学校の事も、何もかも」

「だが、お前の家族は行方不明だったはずじゃないのか?」

 直也の問いかけに、うん、と陽菜は頷く。

「私の家族は私が所属してる反政府組織の設立メンバーの一人で、Mとは別にタイムマシンの研究をしてたの。未来を変えるための研究をね。でも、その父さんも母さんも、Mに殺されて……だから、私は父さんと母さんの意思を継いで、ここにいる」

「すまん……」

 申し訳なさそうにする晋也を、陽菜を見ようとしなかった。


 晋也はMに協力するような積極的に協力する人間じゃない。それは俺もよく知っている。だがやはり晋也の存在は、陽菜にとっては両親の死が元凶なのだ。

 もちろん今の晋也にはなんの責任は無い。

 いや、むしろタイムトラベルして来た陽菜が晋也の前で大人しくしていることの方がすごい。陽菜の立場にしてみたら。極端な話、今ここで晋也を始末してしまえば、未来でタイムマシンが開発されることもMに支配されることもなく、もちろん陽菜の両親も殺されず、ある意味平和になったりするのでは………

 とそこで一つの可能性に気づく、俺の経験と、今聞いたばかりの話。

 世界の結果はある一定範囲に収束する。未来では晋也は崇められている事が確定している。

 それはつまり………殺せない、と言う事か。

 俺がどうあがいてもループから抜け出せないように、ボロボロの俺がなぜか水曜日にタイムリープしてしまうように、陽菜はどうあがいても、晋也を殺す事が出来ないのでは……?

 だから次善の策として、こうして俺に全てを話した、のだろうか。

 そうした俺の思考に気づいているのかいないのか、陽菜はわざとらしく咳払いした。


「両親の遺書によれば、Mが『時の祠』に接触した事で、タイムマシン開発が加速した。それを阻止する方向に歴史を導く事が必要なんだよ」

 それまでずっと口を挿むことのなかった龍二が、手を挙げた。

「質問。開発阻止つってもよ陽菜、具体的にどうすりゃいいんだよ?」

「Mは君たちの存在に気づいている」

 その龍二に、陽菜がじっと視線を向けた。

「その原因は、君たちが最初に『時の祠』を探検した時の事だと思う。私の両親はそう予測していた。Mと666人委員会はファントムを利用して、世界規模で監視しているの。そこで、『時の祠』を探検した事が見つかったんじゃないかって」

「ファントムだと……!?本当に、実在していたのか!」

 世界は監視されている、という内容の映画がある。実はこの世界には高度な通信傍受システムが構築されており、軍事用通信電波から個人のケータイ電話の電波まで、あらゆる情報を蓄積、分析している───というやつだ。ファントムというのは、その国際通信傍受システムの名称を指す。

 ………という映画は陰謀論をかじった奴なら誰でも観た事はあるはずだが、他の幼馴染達はファントムがなんなのかすら理解していないようだった。驚いているのは俺だけ。慌てて解説してやるが………どこで何が役に立つかわからないものだが、ちょっと恥ずかしくなった。

「だが、あの探検とはな……」

「探検ってあれか?晋也が提案して、俺が直也を誘った奴」

 あの時はまだタイムリープこそしなかったが、全員気絶をした。 

「Mと666人委員会は、自分達以外のタイムトラベル研究について、ファントムで常にアンテナを張って監視してるんだよ」

 つまり、最初からバレていたということか?

 確かに、“水曜日にタイムリープする能力を持った人間“などが存在すれば、ファントムが見逃すはずがない、というわけか。

「でも、Mと666人委員会はそのデータを常に解析してるわけじゃないんだ。世界中の通信を傍受してるから調査する対象も膨大になる。将来的には通信そのものが規制されるけど、現時点ではMと666人委員会も全てのデータを把握する事は出来ていないはずなんだよね。今だって、まだ君たちが『時の祠』に行った時のことはデータとしては保存されてるだけで解析はされてないと思う」

「それならまだ希望はあるってことか………」

 いつの間にか、また一人でくるくるとペンを回していた晋也がポツリと呟いた。


「どういうことだ?」

「つまり、Mと666人委員会には嗅ぎつけられてないって事だ」

「………晋也の言う通りだよ。私の両親の計画はこういうこと」

 ぴた、とペンを回すのをやめた晋也に、少しだけ驚きの目を向けつつ───

 陽菜は、声に力を込めた。

「ファントムに捉えられた『時の祠』を探検した事をタイムリープして“なかった“ことにしてしまえば、未来のMと666人委員会は君たちには気付かない。タイムマシンが未来に完成することもなくなる。それどころか、タイムマシン開発そのものが頓挫するかもしれない。両親や私はその可能性に賭けているんだよ」

 ファントムに保存されてるデータを消去する事で、“Mと666人委員会によってタイムマシンが作られない可能性世界“へと、世界線収束面レベルでの大分岐を誘導できるかもしれない、というか。

 それは、つまり……今ならまだ間に合う、ということだ!

 無意識のうちに、何度もなんども握り拳を固めていた。まだ、全体像が掴めてない。濃い霧の中で、ようやく見つけた順路灯を見上げてるような気分。まだぬか喜びするな、その探検した日にちが、わからないだろ、と理性の声がしている。

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