第16話 一筋の光明

「因果の決定そのものが、その収束スイッチオンオフで切り替わるっていう事か?つまり、この世界が

誰にとっても同じに見える、という基本的な立場を放棄して、そのかわりスイッチのオンオフが延々と繋がった物が世界の認識を形成するって事か?」

 だが俺の懸念にも、うん、と陽菜は頷きを返し、晋也が眉間にシワを寄せて考えこむ。

「大胆だとは思うが、それって“なんでもあり“と紙一重だな。収束するなら、収束した物同士を繋ぐ何かが無ければいけないはず。それが“適当“の整備なんだと思うが、俺の直感では矛盾が埋められないはず、どうかな?」

「数理的には厳密的に整備されているはず。だけどその整備ってのが、実際の出来事における“収束“はもっとアバウトっていう理屈。だから量子論よりは決定論に近くなるかな。多世界解釈みたいに言われるけど、根本的にスタートが違う」

 晋也と陽菜の話が、俺の理解レベルを超えているので細かい内容はよくわからないので、なんだか面倒な事を言っているのはよくわかる。その理屈でいくと世界の頂点にはデッカいスイッチが一つ存在するはずだ。


「つまり、分岐はするが結末は同じ、ということをつきつめると結局は一つという事になるのか?」

「そういう事。で、その収束範囲内にある世界線の束が、世界線収束面。この世界線収束面もたくさんある。例えばこのストラップの紐は、世界線収束面α。範囲内にあるのは全部青い糸で出来たα世界線」

 今度は自分の髪の毛を二本抜いて指し示してそういうと、今度は白と茶色と青を絡ませた紐ができる。

「この白い一本がβで茶色がγだとするでしょ、それぞれには細かい世界線が絡まって出来ているの。それこそ何億って数のね」

 そして、陽菜は茶色の髪の毛と白い髪の毛と青いストラップの紐を絡み合わせて、茶色と白と青の“より糸“が出来る。一本のように見えるが、三つ編みのように茶色と白と青が独立して絡み合っている。

「世界線収束面も、こんな風に重ね合わせ状態になっているの。それぞれの世界線収束面ごとでは起きる事象も収束する結果も違う。それぞれ独立を保っているだけ。それぞれの世界線収束面は干渉しないっていうこと。これが世界線のオンとオフ。さっきも言ったスイッチは適当な所はあるけど、このレベルに達すると明確に切り替わる。元を辿れば一つだし、世界線収束面もマクロな視点で見れば収束するけど、そのスパンは何百年っていうレベルなの。より大きな分岐、と見ればいいかな」


 つまりこの理屈だと……

 俺がどう足掻いてもループから抜け出せなかった理由は、ループから抜け出せないという出来事が、茶色や白といったそのものに含まれていた、という事になるのか?ストラップ一本レベルの、大規模な世界線収束面の全てにループから抜け出せないという事実が含まれていたから、ループから抜け出せなかった……?

 俺と同じ事を考えたのか、龍二が口を挟んだ。

「じゃあさ、それじゃ未来を変えるなんて無理じゃね?何をしたって結果は変わらねーって事じゃね?」

 そうだ、だから何度タイムリープしてもループから抜け出せなかった。

「今、私たちがいる世界線収束面aにいる限りはね。だから、その範囲外に出るの。つまり、世界線収束面βにいくの」

 その陽菜の言葉に、晋也が指摘を入れた。

「世界線は独立してて、干渉できないはずだろ?」

「世界線収束面同士が完全に分岐したらね。でも、まさに分岐しようとした瞬間なら“揺らぐ“可能性はある」

「分岐する瞬間……それが今だっていうのか?」

「世界線が大きく変動する分岐点は、この時代にあるって教わった」

 アルミホイルを噛み締めたような表情で、晋也は陽菜に質問した。

「もう一つだけ疑問だ。世界線収束面で重ね合わせ状態にある世界線とは並行世界っわけじゃないんだな?オンオフなんだな?」

「違うよ。あくまで“可能性世界線が同時に存在している“だけ」

「だったら世界線の観測はどうするんだ?未来を変えるために過去を変えて、未来が変わったとして、それを誰が見るわけだ?今の世界線にいる俺達じゃ不可能だよな。神でもなきゃ無理じゃないか?」

「普通ならね。でも……」

 と、そこで陽菜は俺を見た。


「俺のタイムリープ能力か!?」

「直也には水曜日をタイムリープしてそれを観測出来る特殊な能力がある。そうだよね?」

 ああ、と頷く俺に、改めて陽菜が視線を向けてくる。どこかすがるような、捨てられた子犬のような目だった。

「それが鍵になる。直也の特殊な力が、世界をMの支配っていう呪縛から解き放つ鍵。気づいてる?直也、今の直也は神に等しい存在。世界線収束面αの範囲外、つまり世界線収束面βへ到達すれば、収束する結果も変わる」

 震えた。

 ほんの一筋の光明が見えた気がする。

「ループから抜け出せるのか?」

 俺に対し陽菜はきっぱりと頷き……

 興奮して叫び出しそうになった。


 ならばやってやるしかない。他にこれといった方法もないし、残された道もない。俺は陽菜の提案に乗る。いくらでも釣られてやる。

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